小鳥遊くんの心の声は、存外騒がしい

 オーダーしたランチはすぐに来たけれど、せっかくのコラボメニューだというのに、なんとなく味が分からないまま食べ終わってしまったような気がする。
 
 とはいえ別に天野に当て付けるような真似をされたわけでもなければ、小鳥遊くんに何か言われたわけでもない。
 むしろ天野は、俺にも積極的に話題を振ってくれていたように思うし。
 それに俺だって、子供みたいに拗ねて仏頂面をしていたわけでも、無言を貫いていたわけでもない。
 
 だけど天野は、大雑把なようでいて人の心の機微に敏い。だから俺が何となく面白くないと考えているのを、敏感に感じ取っているように思う。
 幸い小鳥遊くんは手に入れたコラボグッズとこれから観る映画に浮かれ、まるで気が付いていないようだったけれど。

 せっかく天野が、俺も誘ってくれたのだ。いつまでもこうやって、どうにもならないことをウジウジ考えている場合じゃねぇ!

 気持ちを切り替えて、小鳥遊くんがトイレに向かい、ふたりきりになったタイミングで天野に言った。

「……なんか、ごめん」

 すると天野はちょっと驚いたように瞳を見開き、それからニッと笑ってくれた。

「ううん。俺の方こそ、なんかすまんな。とはいえしぃちゃんと俺は、ほんと生まれた時から一緒の、双子の兄弟みたいなもんだから。普通の友達ともちょっと違う、特殊な関係なんだよな」

 やはり彼には、俺の不機嫌が伝わってしまっていたようだ。
 すると天野は、ククッと可笑しそうに笑った。

「最近凛音、なんかちょっと変わったよな」

 その言葉に驚き、今度は俺が目を見開く。

「あ、別に悪い意味じゃねぇから。あとしぃちゃんは鋼メンタルだけど、ひとりが好きなわけじゃない。だからアイツと仲良くしてくれたら、俺も嬉しい」

 鋼メンタル……? どちらかというと彼は、かなり繊細なイメージだけど。

 その困惑が、顔に出てしまったのだろう。彼はクスクスと笑いながら、何か言おうとした。
 でもそのタイミングで、小鳥遊くんが戻ってきた。

「ただいま。……ところで勝利、君なんか余計なこと言おうとしてなかった?」

 にっこりと微笑んで小鳥遊くんは聞いたけれど、思いの外圧が強い!
 ……もしかしたら俺の知らない一面が、まだ彼にはあるのかもしれない。

 慌てた様子で、早口で天野が言った。

「そ、そんなことねぇし! あ、そうだ。ドリンクとか買うなら、そろそろ並んだ方がいいんじゃないか? 割ともう、行列になってるみたいだし」

 その言葉を聞き、俺と小鳥遊くんは顔を見合わせて、ほぼ同時にプッと噴き出した。

***

 無事にドリンクとポップコーンを入手した俺達は、少し時間に余裕を持って劇場の中へ。
 前もって天野が予約しておいてくれたおかげで、かなりの良席に座ることが出来た。

 物販コーナーで買ったばかりのぬいぐるみを膝に抱き、キラキラと瞳を輝かせる小鳥遊くん。
 ……本当に、可愛いが過ぎる。

「はぁ……、楽しみ」

 うっとりとそう言ったのは、当然小鳥遊くんだ。

「うん、楽しみ。とはいえしぃちゃん、先に一度観たんじゃなかった?」

 天野の問いに、唇を尖らせる小鳥遊くん。

「観たよ。けど4DXでははじめてだし、それにパズバトの映画だよ? 何回観ても、楽しめるに決まってる!」

 これまで見たことがないくらい、キリッとした顔で小鳥遊くんが答えた。
 それがおかしくて、ついククッと笑う俺。
 その時ライトが落ちて、劇場内は暗闇に包まれた。

 映画の上映中。初見の天野だけでなく、リピーターなはずの小鳥遊くんの心の中も、終始大騒ぎだった。

 4DXの映画ははじめて観たけれど、通常のものより臨場感があり、元々やっていたゲームが元ネタになっていたことから、とても楽しむことが出来た。

 映画が終わり、劇場を出ると、天野は急にソワソワとし始めた。
 それを疑問に思っていたら、彼は思わぬことを言い始めた。

「えーっと……。じゃあ俺は、そろそろ。今日は付き合ってくれて、ありがとな。スッゲェ楽しかった!」

「え? 勝利、もう帰っちゃうの?」

 困惑顔で、小鳥遊くんが聞いた。この後の予定は決めていなかったけれど、俺もなんとなくカフェかどこかに寄って、もう少しまったりしてからの解散になるものだとばかり思っていた。

「うん。でもふたりは、お茶でもしてったら? 」

 そう言って天野は、俺に目配せをした。
 ……って、ちょっと待て天野。コイツ完全に、俺の気持ちに気付いてやがる!

「まったく……。ほんと勝利は、マイペースなんだから」

「あはは、すまんな。ちょっとおふくろに、用事を頼まれててさ」

 ちょっぴり不満そうに、頬を膨らませる小鳥遊くん。……男子高校生とは思えないあざと可愛さだけど、これが素なんだよな。
 
 だけど天野がせっかく気を遣い、こうしてフォローしようとしてくれているのだ。
 だからここは彼の厚意を、ありがたく受け取ることにした。

「了解。こっちこそ、誘ってくれてありがとな。小鳥遊くんに予定がないなら、もう少し寄り道してから帰ろっか?」

「うん、僕も大丈夫。勝利、夜はまた遊べる?」
 
 休日は、パズバトの勝利報酬が少し良くなる。……小鳥遊くん、意外と抜け目がないな。

「うん、大丈夫。んじゃ、また夜に!」

 笑顔でそう言うと、天野は俺の肩を軽く叩いた。
 コクリと小さくうなずき、こっそり拳を握りしめる俺。
 それを見た天野は、満足そうにニッと笑った。

***

 天野と別れ、そのまま俺と小鳥遊くんは劇場と同じ商業施設内にあるチェーン展開するカフェへ。
 俺はアイスコーヒーを、小鳥遊くんはぎっとんぎっとんに甘そうなキャラメルマキアートに、さらに追いシロップを注文した。

「……さすがにそれは、甘過ぎじゃね?」

 我慢出来ずに、軽く引きながら聞いた。だけど彼はそれをひと口ストローで飲み、幸せそうに笑って言った。

「甘い。でも、美味しいよ」

 その好みだけは理解出来そうにないが、嬉しそうに笑う彼を見て、俺まで幸せな気分になれた。
 だから俺も笑顔を返し、答えた。

「そっか、なら良かった」

『4DXでも観れて、本当に良かったぁ……。円盤が出たら絶対買おう! この間は売り切れで買えなかったぬいも買えたし、コラボメニューのグッズもふたりのおかげでコンプ出来た。本当にいい一日だったなぁ……』
 
 表面上は、穏やかな時間。だけど映画が終わってからも、彼の頭の中はずっと騒がしい。
 でもやっぱり彼の心の声だけは、不快じゃない。
 ……むしろ、もっと聞いていたい。

 そんなことを考えて幸せな気分に浸っていたら、彼の心の声はいきなり爆弾をぶち込んできた。

『結城くんと一緒にいると、本当に楽しい。これからも、ずっと仲良くして欲しいな』

 思わずブフォッと、アイスコーヒーを噴き出す俺。

「ちょ……、結城くん大丈夫!?」
 
 それを見た彼は慌てて手拭きを俺に差し出し、クスクスと可笑しそうに笑った。