それからは俺と黒川くん、そして浅野くんの三人で過ごすことが多くなった。
浅野くんはどこかの誰かと違って優しくていい人だった。ファッションの好みだけじゃなく、好きな音楽も似ていて話が盛り上がった。
黒川くんも三人でいる時には俺の過去の話をしない。一応気を遣ってくれているのか、それともバラすタイミングを窺っているのか。真意は定かじゃないけれど、ヒヤヒヤしつつも思ったより平和に毎日が過ぎていった。
「なあ、今日飯食って帰ろうよ」
五限の講義が終わって帰り支度をしていると、浅野くんがスマホの画面を向けてきた。
「ここ、最近できた焼肉屋なんだけど、オープン記念で割引してるんだって」
「へー、いいな。拓夢も行くか?」
「えっ……」
黒川くんに話を振られ、俺はつい言葉に詰まった。
「お前焼肉好きそうじゃん」
「ああ、うん……好きだけど……」
焼肉は大好物だし、正直めちゃくちゃ行きたい。しかし外食はどうしたって高カロリーだ。外食自体は禁止にはしていないが、いつも事前に計画を立てて調整してから行くようにしている。つまり、突発的に誘われると計算が狂うのだ。
「えーと……ごめん、俺今日は都合悪くて……」
冷や汗をかきながら誘いを断ると、浅野くんは少し残念そうな顔をした。
「そっか、じゃあまた今度」
「……うん」
もう絶対に太りたくない。太っていたことを知られたくない。
だからこれでいいはずなのに、俺の胸は小さく痛んだ。
その後も浅野くんから度々食事に誘われ、しかし俺はなかなか応えられない日が続いた。
浅野くんが誘ってくるのはいつも肉だのラーメンだの揚げ物だのと高カロリーなものが多い。一般的な男子大学生ならみんな喜んで食べるメニューだろうけど、うっかり食べすぎて太ってしまうのが怖い。毎回嘘をついてまで断るのは申し訳ないと思いつつ、俺はようやく手に入れた痩せた身体と充実したキャンパスライフを手放したくなかった。
そうして何度目かの断りを入れた後の、とある昼休み。
俺だけ二限の講義があり、終わったら学食で合流することになっていた。
いつものように十穀米と豆腐ハンバーグのセットを注文し、混雑している学食内を見回して黒川くんと浅野くんの姿を探す。すると奥の四人がけの席で先に食事をしている二人を見つけた。
そちらに近づき、声をかけようとした直前、浅野くんの声が聞こえた。
「持田ってさ、意外と付き合い悪くない?」
「……っ」
思わず足を止め、息を呑む。二人は俺に気づいていないようだった。
黒川くんは皿に落としていた視線を上げ、浅野くんの顔を見た。
「そうか? あんま気にしたことねえけど」
「何回も飯誘ってるのに一回も来てくれないじゃん」
「当日に誘うからじゃねえの」
「そうかもだけど……でも普通、そんなに用事なんてあるか? ほんとは迷惑だったりすんのかな」
違う、迷惑なんかじゃない。本当は俺も行きたいと思っている。でも……心の中で思っているだけじゃ、相手に伝わらないんだ。
聞こえなかったふりをして声をかけるか、それとも今日は別の席で一人で食べるか。もしかしたら、意地悪な黒川くんのことだから、この機に乗じて俺の過去をバラしてしまうかも——どうするべきか分からず立ち尽くしていると、黒川くんがさらりと言った。
「あいつ一人暮らしだから、バイトとかで忙しいだけじゃね?」
「えー、そういうもんかなぁ」
「そうだって。考えすぎだろ」
浅野くんはまだ納得していないようだったけれど、黒川くんはそれ以上話を広げず聞き流していた。
……今、庇ってくれた……?
驚きなのか、なんなのか、胸がとくとくと音を立て始める。いつもの彼なら、からかい混じりに浅野くんに同調するくらいのことはしそうなのに。それなのに、どうして……。
「お、拓夢じゃん。なに突っ立ってんだよ」
不意に黒川くんがこちらを向いて手招きしてきた。俺はなるべく平静を装い、ぎこちない笑顔を作る。
「ごめん、遅くなって」
「早く食えよ。次五号館だから、さっさと移動しないといい席なくなるだろ」
どちらの隣に座るかわずかに迷い、黒川くんの右隣にトレーを置く。浅野くんは一瞬だけ俺の顔を見ると目を逸らした。
「お前また豆腐ハンバーグかよ。そればっかだな」
「いいじゃん、おいしいよ」
先程の会話などなかったかのように、黒川くんは普段通りに喋ってくる。そのおかげで変な空気にはならず、食事を終える頃にはいつもの雰囲気に戻っていた。
「あ、あのさ、良かったら、来週あたりご飯行かない? 俺、来週だったら合わせられるから」
思い切ってそう切り出してみると、見開かれた四つの目が俺に向けられた。
俺はようやく、断ってばかりじゃダメだと気づいた。
浅野くんの言葉はショックだったけれど、元はと言えば俺が保身ばかり気にして、断られる側の気持ちを蔑ろにしたせいだ。
やっと友達ができたのだから、たまには外食くらい行きたい。だったら行けるように調整すればいい。
「拓夢の奢り?」
「ワリカンだよ!」
黒川くんはニヤニヤと口角を上げている。浅野くんはスマホで予定を確認し、「水曜日なら」と答えた。
「どこ行く?」
「えーと……」
なるべくヘルシーで、罪悪感少なめなものといえば……。
「豆腐専門店とか!」
頭に浮かんだ名案を口にすれば、二人は同時に吹き出した。
「どんだけ豆腐好きなんだよ、お前」
「いや、おいしいけどさ。持田の場合は極端すぎだって」
「ええっ……そ、そう?」
いい案だと思ったんだけどな……どうやら少しズレていたらしい。
結局、三人で話し合った結果、回転寿司に決まった。寿司なら食べる量やネタを調整しやすいから俺も安心だ。
食器を下げに行く時、俺は黒川くんに歩調を合わせ、彼だけに聞こえる小声で囁いた。
「なんでさっき、フォローしてくれたの?」
「何が?」
「浅野くんと二人で話してた時の……」
そう言うと、黒川くんは「ああ」と合点がいった様子で目線を宙に上げた。
「深い意味なんてないけど。つーか聞いてたのかよ」
「ごめん、たまたま……。俺てっきり、黒川くんがあのことバラしちゃうんじゃないかと思ってて」
「はあ? 俺信用されてねえのな」
「いや、それは……」
普段の言動のせいだと思うけど。しかしそうとは言えず語尾を濁すと、黒川くんはにやりと笑った。
「まだバラすには早いだろ。お楽しみは取っておかないと」
「え……!?」
それって、いつかはバラすってこと!?
「い、言わなくていいから!」
「はいはい。今は言わねえよ」
今は、ってなんだよ。ずっと言わないって約束してよ!
しかし彼は俺の動揺なんて物ともせず、軽く笑って浅野くんのもとへ行ってしまった。
黒川くんのこと、ちょっとだけ良いところもあるのかもと思ったけど、やっぱり俺の勘違いだったみたいだ。
浅野くんはどこかの誰かと違って優しくていい人だった。ファッションの好みだけじゃなく、好きな音楽も似ていて話が盛り上がった。
黒川くんも三人でいる時には俺の過去の話をしない。一応気を遣ってくれているのか、それともバラすタイミングを窺っているのか。真意は定かじゃないけれど、ヒヤヒヤしつつも思ったより平和に毎日が過ぎていった。
「なあ、今日飯食って帰ろうよ」
五限の講義が終わって帰り支度をしていると、浅野くんがスマホの画面を向けてきた。
「ここ、最近できた焼肉屋なんだけど、オープン記念で割引してるんだって」
「へー、いいな。拓夢も行くか?」
「えっ……」
黒川くんに話を振られ、俺はつい言葉に詰まった。
「お前焼肉好きそうじゃん」
「ああ、うん……好きだけど……」
焼肉は大好物だし、正直めちゃくちゃ行きたい。しかし外食はどうしたって高カロリーだ。外食自体は禁止にはしていないが、いつも事前に計画を立てて調整してから行くようにしている。つまり、突発的に誘われると計算が狂うのだ。
「えーと……ごめん、俺今日は都合悪くて……」
冷や汗をかきながら誘いを断ると、浅野くんは少し残念そうな顔をした。
「そっか、じゃあまた今度」
「……うん」
もう絶対に太りたくない。太っていたことを知られたくない。
だからこれでいいはずなのに、俺の胸は小さく痛んだ。
その後も浅野くんから度々食事に誘われ、しかし俺はなかなか応えられない日が続いた。
浅野くんが誘ってくるのはいつも肉だのラーメンだの揚げ物だのと高カロリーなものが多い。一般的な男子大学生ならみんな喜んで食べるメニューだろうけど、うっかり食べすぎて太ってしまうのが怖い。毎回嘘をついてまで断るのは申し訳ないと思いつつ、俺はようやく手に入れた痩せた身体と充実したキャンパスライフを手放したくなかった。
そうして何度目かの断りを入れた後の、とある昼休み。
俺だけ二限の講義があり、終わったら学食で合流することになっていた。
いつものように十穀米と豆腐ハンバーグのセットを注文し、混雑している学食内を見回して黒川くんと浅野くんの姿を探す。すると奥の四人がけの席で先に食事をしている二人を見つけた。
そちらに近づき、声をかけようとした直前、浅野くんの声が聞こえた。
「持田ってさ、意外と付き合い悪くない?」
「……っ」
思わず足を止め、息を呑む。二人は俺に気づいていないようだった。
黒川くんは皿に落としていた視線を上げ、浅野くんの顔を見た。
「そうか? あんま気にしたことねえけど」
「何回も飯誘ってるのに一回も来てくれないじゃん」
「当日に誘うからじゃねえの」
「そうかもだけど……でも普通、そんなに用事なんてあるか? ほんとは迷惑だったりすんのかな」
違う、迷惑なんかじゃない。本当は俺も行きたいと思っている。でも……心の中で思っているだけじゃ、相手に伝わらないんだ。
聞こえなかったふりをして声をかけるか、それとも今日は別の席で一人で食べるか。もしかしたら、意地悪な黒川くんのことだから、この機に乗じて俺の過去をバラしてしまうかも——どうするべきか分からず立ち尽くしていると、黒川くんがさらりと言った。
「あいつ一人暮らしだから、バイトとかで忙しいだけじゃね?」
「えー、そういうもんかなぁ」
「そうだって。考えすぎだろ」
浅野くんはまだ納得していないようだったけれど、黒川くんはそれ以上話を広げず聞き流していた。
……今、庇ってくれた……?
驚きなのか、なんなのか、胸がとくとくと音を立て始める。いつもの彼なら、からかい混じりに浅野くんに同調するくらいのことはしそうなのに。それなのに、どうして……。
「お、拓夢じゃん。なに突っ立ってんだよ」
不意に黒川くんがこちらを向いて手招きしてきた。俺はなるべく平静を装い、ぎこちない笑顔を作る。
「ごめん、遅くなって」
「早く食えよ。次五号館だから、さっさと移動しないといい席なくなるだろ」
どちらの隣に座るかわずかに迷い、黒川くんの右隣にトレーを置く。浅野くんは一瞬だけ俺の顔を見ると目を逸らした。
「お前また豆腐ハンバーグかよ。そればっかだな」
「いいじゃん、おいしいよ」
先程の会話などなかったかのように、黒川くんは普段通りに喋ってくる。そのおかげで変な空気にはならず、食事を終える頃にはいつもの雰囲気に戻っていた。
「あ、あのさ、良かったら、来週あたりご飯行かない? 俺、来週だったら合わせられるから」
思い切ってそう切り出してみると、見開かれた四つの目が俺に向けられた。
俺はようやく、断ってばかりじゃダメだと気づいた。
浅野くんの言葉はショックだったけれど、元はと言えば俺が保身ばかり気にして、断られる側の気持ちを蔑ろにしたせいだ。
やっと友達ができたのだから、たまには外食くらい行きたい。だったら行けるように調整すればいい。
「拓夢の奢り?」
「ワリカンだよ!」
黒川くんはニヤニヤと口角を上げている。浅野くんはスマホで予定を確認し、「水曜日なら」と答えた。
「どこ行く?」
「えーと……」
なるべくヘルシーで、罪悪感少なめなものといえば……。
「豆腐専門店とか!」
頭に浮かんだ名案を口にすれば、二人は同時に吹き出した。
「どんだけ豆腐好きなんだよ、お前」
「いや、おいしいけどさ。持田の場合は極端すぎだって」
「ええっ……そ、そう?」
いい案だと思ったんだけどな……どうやら少しズレていたらしい。
結局、三人で話し合った結果、回転寿司に決まった。寿司なら食べる量やネタを調整しやすいから俺も安心だ。
食器を下げに行く時、俺は黒川くんに歩調を合わせ、彼だけに聞こえる小声で囁いた。
「なんでさっき、フォローしてくれたの?」
「何が?」
「浅野くんと二人で話してた時の……」
そう言うと、黒川くんは「ああ」と合点がいった様子で目線を宙に上げた。
「深い意味なんてないけど。つーか聞いてたのかよ」
「ごめん、たまたま……。俺てっきり、黒川くんがあのことバラしちゃうんじゃないかと思ってて」
「はあ? 俺信用されてねえのな」
「いや、それは……」
普段の言動のせいだと思うけど。しかしそうとは言えず語尾を濁すと、黒川くんはにやりと笑った。
「まだバラすには早いだろ。お楽しみは取っておかないと」
「え……!?」
それって、いつかはバラすってこと!?
「い、言わなくていいから!」
「はいはい。今は言わねえよ」
今は、ってなんだよ。ずっと言わないって約束してよ!
しかし彼は俺の動揺なんて物ともせず、軽く笑って浅野くんのもとへ行ってしまった。
黒川くんのこと、ちょっとだけ良いところもあるのかもと思ったけど、やっぱり俺の勘違いだったみたいだ。



