こじらせ羽玖くん、こちらです


――誠斗と待ち合わせの約束をしているその駅は、羽玖の家から電車を乗り継ぎ、瑛汰の家へ向かう路線の途中にあった。

南駅の隣が瑛汰の最寄り駅。学校方面はまた別の路線であり、このルートは羽玖にとって、今年に入ってからはまったく使用していない路線でもあった。

母親同士が姉妹の塩野家と五藤家は、付き合いも普通にあり、年末年始やお盆でよくまとめて顔を合わせることも多い。そしてそういった場合は、親の運転する車に同乗することが多かった。

(…………)

なぜ羽玖が今、そんなどうでもいいことを考えているのか。

――緊張しすぎて、口から心臓もろとも色々飛び出てきそうだからである。

乗り継ぎの駅で電車を待っている間、駅のホームで、その柱にくっついている鏡を見やる。
キャップ、ちょっとオーバーサイズのTシャツ、ハーフパンツ……。

(……っが、ガキっぽい……?)

家を出る時、先輩とご飯行ってくる、とだけ母に言えば、相手が誰とも言っていないのに羽玖の周りをぐるりと二周ほどして「ヨシ!かわいいよ!」とだけ言われた。
なんのヨシだ。絶対あれ母親フィルター入ってるだろ。あと男に「かわいい」は禁句だと義務教育で習わなかったのか。

「…………」

耳の辺りの毛をちょい……と指先で直しながら、放送と共に滑り込んできた電車に羽玖が乗り込む。
別に、瑛汰の家に行くつもりでいればいいのだ。だって去年まではここから瑛汰の家まで遊びに行っていた。

乗り継ぎの電車は夏休みだというのにそこまで混んでいなくて、羽玖は空いている座席に座ってリュックを前に抱えた。

スマホを取り出し、画面を傾ける。もちろん、傾けたところで誠斗から連絡が来ているわけでもない。
むい、むい、と親指で画面を操作し、メッセージアプリを開く。トーク履歴から「高遠先輩」を探し出し、ルームを開いた。

「んーと……電車……」

『電車乗ったんで、あと十分くらいで着きます』

「…………」

……打ちながら、思わず頬がニヤケそうになる。すンごい待ち合わせしている感じである。
L&Aの課題で会うわけでもない。瑛汰や由之が間にいるわけでもない。
誠斗が自分に会うために南駅で待ち合わせをするという事実が、もう、ちょっとわけわからない。

冷静な顔を装って、すっと送信ボタンを押す。ぽしゅ、と送り出されていく文面。

(「おう」かな)

そっとホーム画面に戻り、気にしてないふりを貫く。この場の誰に対してそう装っているのかは定かではない。――ちら、と画面に目を向け、天気予報のアプリなどを開いてお茶を濁した。

(……既読無視もしそう)

……しそうである。だがまぁそれはそれ。今さら痛くも痒くもない。
天気予想は、太陽のマークばっかりだった。でしょうね暑いもの、と羽玖がそれを閉じる。

返事はない。

(……既読無視か……)

ふふん、と余裕ぶって、羽玖がもう一度トーク画面を開いた。さっき閉じたばかりのような気もするが、それでも開けば一応は"既読"がついていた。

ほらね、と思う。
見てくれた、とも思った。
よしよしと納得をしてスマホを伏せようとしたその時、――すぽっ、と画面が動く。

『ん』

(……――ッッ)

「ん」かぁ~~~~~!!……で、ある。
予想外の刃。家系図的には「うん」の系譜。じゃあ「う」も入れてあげてほしかった。
スマホを握りしめ、羽玖が膝の上のリュックに顔面を埋める。まだ無視された方が延命できたのに、という無言の抵抗にも見えた。なお無意味。

電車はたたんととんと、羽玖を容赦なく南駅まで運んでいく。

このまま通り過ぎて一旦瑛汰くんちに避難を――とは、実行する気ゼロの羽玖の逃げ道だった。





『南駅着いたんすけど』
『西口』
『どこすか。この駅降りたことないからわかんない』
『案内板みろやドベ』
『ねえそのドベって、僕まじ二十位っすから。先輩うちの全校生徒何人いるか知ってる?』
『どこいんだボケ』


――そんな妙に通常運転のやり取りののち、眉間に皺を寄せながら、誠斗はキヨスクの横まで羽玖を迎えに来てくれた。
こちらもしかめっ面で以てしてキヨスク横で仁王立ちをしていた羽玖が、誠斗を見とめてさらに顔をしかめる。

「案内板も読めねぇのか」
「だからこの駅初めてなんですって」
「チッ……だる」
「は?」
「あ?」

睨み合いながらも歩き出す誠斗の後ろを、羽玖が小走りで追う。わなわなと震えそうになる背中に、リュックサックをぎゅう、と背負った。

わざわざ駅構内まで迎えに来てくれたことも、もちろんヤバい。
一週間ぶりに会えたことも、当然ヤバい。
心臓は跳ねている。人波をかき分けていく背中が早い。それでもたまに、ちらりと羽玖を振り返ってくれる程度には……気にしてくれているのか。

「……おっそ」
「も、まじ思いやり!」
「足みじけぇ」
「僕は普通です!誠斗さんが長いの!!」
「ああ?」
「わっ!」

――ぴた、と誠斗が足を止め、半身を返したその腕に羽玖が危うくぶつかりかけた。
すんでのところで立ち止まれば、じっとこちらを見下ろす鋭い視線である。

「びっくりした、急に止まんないでください!」
「……、……文句ばっかだなお前」
「高遠先輩はいじわるばっかっすね!」

舌打ちをしそうに口を歪めた誠斗が、けれど途中でため息に切り替えて、また歩き出す。
羽玖もその後を再び追いながら、――あれ、ちょっと追いやすくなったな、なんて思っていた。

ズボンのポケットでスマホが震える。羽玖が取り出してちらりとだけ覗いてみれば、由之からだった。

『来週塩野の家で勉強会するけど、羽玖くんもどう?』
『行きます!』

二つ返事どころではない速度で返信をする。文字を打つ指先は、過去最高に早かったかもしれない。

勉強会はそれはそれ。でも今日のこの"誠斗さんと遊びました!!"を聞いてもらわねばならない。ナイスタイミング由之先輩、といった気分。


駅の西口を出れば、ぎらりと太陽が照り付けていた。
無造作にキャップを被る誠斗のシャツが眩しくて、……ちら、とまたこちらを見て顎だけで"あっち"をする仕草もなんだか近くて。

あれ、なんかめっちゃ夏っぽくない?――と、羽玖は思っていた。





駅前すぐのファミレスは、親子連れや中高生のグループ、奥様方でまぁまぁな賑わいで。

チーズハンバーグのランチセットを誠斗が選び、羽玖もチキンドリアなるものを選び。

「え、なんか注文QRコードなんすけど」
「今どこもそうだろ」
「まじすか。僕らのギガにタダ乗りじゃん」

なんてぼやきながら、手元のスマホでむいむいと注文を進め。

「高遠先輩、ドリンクバーいるすか」
「いらね」
「僕の奢りなんでつけまぁす」
「うっざ」

なんてやりとりなども挟みながら、注文確定ボタンを押し。

――コトリ、とスマホをテーブルに置き、羽玖は窺うようにして、正面の誠斗に視線をやっていた。

ソファの高い背もたれが仕切りも兼ねていて、テーブル席にはコの字型の壁でもあるかのよう。
間にあるテーブルは広くとも、のしりとソファに背中を預けた誠斗が身体も態度も大きくて、威圧感も相まって異様に狭く感じる。
しかめた眉間のまま、見下ろすように羽玖に向く眼差し。

「……なんだよ」
「……どっ、リンクバー……持ってきますけど、何飲みます、か」
「……、チッ、行くわ……」

ぎし、と立ち上がる誠斗に続いて、――行くんだ……?と、羽玖も立ち上がった。
いらねって言ったのに。いらねって言ったのに付き合ってくれるんだ。
ふたり並んでドリンクバーの前に立てば、グラスを手にしていた小学生キッズたちが誠斗を見て若干身体を引く。

「…………」
「…………」

ほんの少し笑いを堪えた羽玖が、手振りで以てして順番を譲れば、わらわらとドリンクバーの機械の前に集まっていくキッズたち。グラスを取りながらまた一歩引いて、ドリンクメニューを……眺めながら……。

「……先輩ちっちゃい子にびびられてやんの」
「ぶっ飛ばすぞ」

小声で交わされたやりとりに、近くの女子中学生が慌てて一歩だけ遠ざかっていた。



席に戻り、ジュースを飲みながら、料理を待つ。

「先輩進学すか」
「……県外」

「バイトしないんすか」
「だりぃ」

「僕の名前覚えました?」
「ドベ」
「も~~~」

一問一答にも近い会話は、それでも無視されることなく交わされていく。
電車に乗っていた時は緊張で死にかけていた羽玖も、いざ誠斗を前にすれば、良くも悪くも"いつもの"調子だ。

料理が運ばれてきても、そんな会話はぽつぽつと続いていって。

中学の同級生の中で、うちの高校に受かったのは自分だけだ、という話を……羽玖がする。
誠斗からは、小さく鼻を鳴らすような返事だけがあった。

ばあちゃんちの子犬すべてに、勝手に名前を付けた、という話もする。
……ふ、と誠斗の口の端が、わずかに緩んだようにも見えた。

「休み明けからL&Aの課題めっちゃ多いですよね」
「……だるいしかねぇ」
「えー、いいじゃないすか。評価つくんですよ」
「お前のせいで手も抜けねぇ」
「えー」

そんな言いがかりをつけられる筋合いは、と羽玖がかすかに笑う。――と同時に、

(…………)

――……んっ、それはペア加算があるからかな……?と、ドリアにスプーンを突き立てた。

自分一人なら手を抜いたと聞こえる。
羽玖がいるから手は抜けない、とも聞こえる。

もち……とドリアをすくったスプーンを持ち上げて、羽玖が伸びたチーズを器の端でちぎった。

「……なに、を、手ェ抜くつもりだったんすか」
「体育祭」
「あっ、そうだそれ、体育祭ってなんかL&Aの課題あるんです?運営とか?」

思い出したように顔を上げた羽玖に、誠斗がやや顎を引いた。
一瞬だけ目を丸くしたようにも見えるが、その表情はすぐに煩わしそうな顔になる。

「……課題じゃねぇ、L&Aの競技だ」
「競技……な、なにすんの……?」
「知らね」

――以上、終了である。情報提供終了。由之ならもっと詳しく教えてくれるのに。
だがそうか、体育祭ではどうやらL&A所属生向けの何かしらが……?
それは連携を見るのか、それともリード対アテンドのように分かれて競うのか……??

むむ、と顔をしかめる羽玖に、誠斗も眉の片方を吊り上げる。
めんどくせぇ……となるほどわからん……のしかめっ面が揃ったこのテーブルは、一見すればやや治安が悪い。

けれどもすぐに羽玖も顔を上げ、誠斗に向き直る。せっかくの貴重な飯の時間に、数か月も向こうの学校行事に割くリソースはない。

「先輩先輩」
「ンだよ」
「僕のドリア、チーズもちーでうまいっすけどちょっと食います?」
「いらねぇ」

すげなく返される言葉に、「えー」と羽玖がおどけたように顎を引く。

「ドリアのこっち側、僕スプーンつけてないっすよ。新しいスプーンもここにあるし」
「……なんなんだお前」
「ちがうまじチーズもちーだから」
「なん……、……はぁ、お前さ」

カン、と音がしたのは、誠斗がハンバーグの鉄板にフォークを突いた音だった。
ぴく、と羽玖が肩を揺らす。――さすがにしつこかったか、と。

けれども次に来たのは、

「まじだりぃ、聞かねぇのか」

――そんな、何の脈絡もない言葉で。

きょと、と羽玖も目を丸めた。

「な、何をですか」
「……瑛汰のことだろ」
「……?」

(……瑛汰くん……?)

――はて?……と首を傾げた羽玖に、誠斗も怪訝そうに眉を寄せる。

瑛汰とは、別に何も約束をしていない。由之から先ほど瑛汰宅での勉強の誘いはあったが、あれは誠斗に関係のない誘いのはず。
ぱちくりと瞬きをする羽玖の瞳は、疑問符をまるきり映し出していた。

「瑛……塩野先輩がなんです?」
「……瑛汰のこと知りたくて俺呼んだんじゃねぇのか」
「なんで……?」

むしろ逆――誠斗のことが知りたくて瑛汰を最大限利用してまいりましたが……??
素っ頓狂に答えた直後、羽玖は思わずハッと肩を引いた。

(――違う、そういう"設定"だった……!!)


幸い、身体のびくつきは表面にはほぼ出ていない。
そうだ、元はと言えば、「瑛汰のアテンドになりたくて選考落ちして誠斗に……」という筋書だった。この飯が楽しくてすっかり吹っ飛んでいた。何でだ僕の頭。全校成績二十位はどこ行った。

しかし、同時にひくりと喉も震えた。

(……て、ことは、さ……?)

――じゃあ誠斗さんは、僕が瑛汰くんのことを聞き出すために呼んだと思ってんの?
めんどくせぇって顔をして、それに律儀にこたえるために、ここにいんの……?

カン、カン、とフォークが鉄板を打つ。鋭い眼差しは、相変わらず怪訝そうに、というか意味がわからなさそうな顔をしている。

……むす、と羽玖の頬が膨れた。

「……そ、ゆうのは、僕は由之先輩に聞くし」
「あ゙?」

羽玖のその仏頂面は、……恥ずかしいかな、自分は昨夜半べそかいてまで勇気を出して誘ったのに、その相手には全く違う方向に受け取られていたのか、という拗ね。

だが、誠斗が悪いのではなく、そういうシナリオに仕立て上げた自分が悪いんだな、とも……当然、わかっていた。何故なら二十位なので。

ただ、まともに言うと、また昨夜の二の舞になりそうだった。

「……ッ僕、高遠先輩と喋りたかっただけだしィ~~~~」
「……、……はぁ?」
「せっかくかわいい後輩が慕ろうとしてんのにぃ?」
「なん……、……、……"慕ろうと"じゃねぇ"慕おうと"な」
「うわまじそういうとこ!」

び、と指さされ、誠斗が特大の舌打ちを落とす。
逸らした睨みの先はカトラリーケースに向いていて、ため息まじりにスプーンを手に取り、乱暴に羽玖のドリアに突き立てた。

「かわいくねーやつ」
「アッ!もっ、残念でしたね、僕みたいなかわいくねーアテンドで!」
「残念だったな、誰かみたいに優しくねぇリードで」
「なに言っ、ちょまじドリア一口でっかい!!」

テーブルの上の小さな攻防に、グラスに注がれた炭酸ジュースの泡がぷるぷるとあがっていく。
もち、と伸びたチーズのすじが、やっぱりドリアの器の端に引っかかっていた。