結局、小児誘導では瑛汰と由之のペアは得点できず、由之が困ったように笑いながら、幼い少女を抱いてゴール地点まで連れて行っていた。
羽玖と誠斗は誰よりも先にお宝を手に戻り、賭けていた三年生から遠巻きの歓声を浴びる。
その後、全クラス対抗の選抜リレーで、運動部を多く抱えている二年の由之のクラスが大幅に得点を得て。
しかしながら羽玖と誠斗のL&Aペアにかけていた三年生のクラス、そして羽玖のクラスもなかなかに勝ち点が多く、もう皆なにがなにやら。
最終的に、全体優勝は三年生のクラス。
羽玖のクラスは学年優勝となり、クラスメイトたちが担任にアイスのフレーバーをまくしたてる騒ぎとなった。
クラスの連中と肩を組んで力が抜けたように笑う羽玖は、嬉しさと疲労が半々といったところ。
賑わいの中でムムン、とポケットの中のスマホが鳴って、取り出して見てみれば瑛汰からであった。
『おつー クラスで打ち上げすんの?』
『おつかれ ううん、みんな帰るって』
送信マークを押しながら視線を巡らせれば、グラウンドの向こうにある二年生の応援席も、ぞろぞろと解散が始まっている。
ム、とまたスマホが震えて、羽玖も画面を見下ろした。
『母さんがうちで焼肉するから羽玖もおいでーって』
『まじ??』
『あと泊まってけばいいよ』
ほほう……と羽玖が画面を見下ろした。なんてこった、肉である。とんでもない。
すぐさま母親にメッセを送れば、すでに知っていたのか、両腕で丸をつくったスタンプだけ返ってきた。祭りだ。
じゃあもうすぐにでも家に帰って、さっさと着替えて、準備して行かなければ。
「あれっ、五藤帰んの?」
「うん帰る。焼肉だって」
「は?ヤバ、祭りじゃん」
「うち今日手巻き寿司だわ」
「俺んち、びっくらドンキー行くわ」
わはわはと笑い混じりに別れ、どこか浮かれた帰路につく。
足取りの軽い羽玖の背中に、学園祭の名残が溶けていった。
「……ッ……!!」
「お、羽玖おつかれー」
「あら羽玖ちゃん、早かったわねぇ」
勝手知ったる兄の家、のように瑛汰の家の玄関を上がり、ホットプレートが支度されたリビングダイニングへ足を踏み入れた羽玖は――。
――ソファに腰かけてスマホをいじっている誠斗に、絶句していた。
「っ、な、なん」
何故いるのか……?恐らく瑛汰が呼んだのだ。
「ッ……、……」
何故呼んだのか。あっちはあっちで家族ぐるみの幼なじみだからだ。
目を白黒させる羽玖を、可笑しそうに瑛汰と伯母が見やる。だからと言って、余計なことを言ったりしないのがこの親子である。何故なら余計なことなど言わずとも面白い。
顔を上げて視線を向けてきた誠斗に、……やがて羽玖も、諦めたようにぺこりと会釈をした。
「……おつざす……」
「おう」
――そして沈黙である……。
右手にビニール袋をぶら下げていた羽玖が、緩く踵を返して台所へと向かい、伯母にその袋を手渡した。
「……伯母さん、これ母さんから葡萄……」
「あらっやったぁ。焼肉のあとに食べましょ」
「手伝うことある?」
「ないから座ってていいわよ~ソファに」
……ソファに。で意味ありげににこりとしてきた伯母に、羽玖も頬を引きつらせる。思わず肩をいからせ顔面でアピールをすれば、とぼけたように肩をすくめる伯母。
羽玖の母や瑛汰との血のつながりを感じた。ちくしょう。
リュックを腕に抱え直しながら、羽玖がソファへと向かう。
妙にラフな服装の誠斗は、L字に置いてあるソファの二人掛けのほうに腰かけていた。……ので、羽玖は三人掛けのほうに座る。まかり間違っても隣は無理である。
「…………」
今日、L&Aの競技お疲れ様でした、と切り出そうかと思ったが、……教室の窓際に追い詰められた件が、まざまざと蘇ってしまい、それは失敗に終わった。
よくよく考えたらあの場は自分たちふたりだけで、伯母はもちろん瑛汰や、っていうか他の誰も知らないんだよな、と思って……余計にダメ。無理だった。
「まこちゃん、ゆりさんに泊まるって連絡したぁ?」
「ああ、うん」
俯いていた羽玖が、――……ゆっくりと目を閉じる。伯母の声で、なんか一瞬とんでもない事を聞いた気がする。何かの手違いだ。何かの手違いだよな??
「瑛汰の部屋にふたりのお布団出すわね~」
「いいよ母さん、俺やっとくから」
――羽玖、死……。
頭を抱えるわけにもいかず、羽玖はまるで眠ったように、ソファで目を閉じて俯いていた。……魂は、天井辺りにいた。
肉の味など覚えてない。分厚いカルビが美味かったことくらいしか覚えていない。
あと結局牛肉より豚肉のほうが好きだなと思ったことくらいしか覚えていない。
風呂も済ませ、瑛汰の部屋に敷かれた布団にちょこんと座り込む。
瑛汰はベッドでスマホをいじっていて、誠斗は敷かれた布団に横たわり、その辺にあったファッション雑誌を読んでいた。……ので、羽玖も手近な雑誌を広げてみる。
「にしても疲れたなぁ……」
「んん」
ぼやく瑛汰に、誠斗の唸りが返っていた。文化祭の準備から、L&Aとしての課題。今日は体育祭までやって、さっきたらふく肉を食った。もうパンパンだ。
羽玖が、ちらりと瑛汰に顔を向ける。
「そういえば、由之先輩は呼ばなかったの?」
「声はかけたんだけど、向こうは向こうで家族と飯の約束あったんだと」
「ふぅん」
小さく口元を尖らせながら、羽玖もスマホを取り出した。メッセージアプリで由之とのトーク履歴を出して、ぴえんな絵文字を送る。
すぐさま既読がついて、『ごめんね』の一言と笑顔の絵文字が返ってきた。……絶対に色々をわかった上で面白がっている……。
そのうちに、誰ともなく欠伸を一つ。
初めのうちはどうなることやらと思っていた羽玖も、疲れと、慣れ親しんだ瑛汰の部屋、そして満腹と風呂上がりの心地よさで、まぶたが重くなってきていた。
ころんと布団に横になれば、スマホが震えてクラスメイトからのメッセ。その上で、赤くなっている電池残量。
「瑛汰くん充電器かしてぇ」
「誠斗の後ろ」
「マコチャン充電器とって」
「ンだとこら」
ぴし、と充電コードが羽玖の額に当たり、見ていた瑛汰がへらへらと笑う。
文句を言い、横やりを入れ、それでもだらだらと溶けるように布団に沈んでいく男子高校生各位。
律儀におやすみ、など誰も言わなかったが、それでも部屋の電気はいつの間にか落とされていた。
ベッドの上に眠る瑛汰の影があって、そのすぐ下に、誠斗に背を向けて寝ている羽玖がいる。眠たい頭でバイクの画像なんかを見ながら、誠斗はそろそろ寝ようかといったところだった。
スマホの充電が二割くらいしかない。頭上のコードを引っ張って、ずるずると釣れた羽玖のスマホを外し、自分のほうに繋げる。――フォン、と小さく音がした。
欠伸を一つ。夜半を過ぎた窓の外はひどく静かで、どこかの犬の鳴き声が聞こえていた。
すぅ、……と深く息を吸うような音がして隣に目をやれば、羽玖が寝返りを打つところ。ころりと転がる身体は、無造作にこちらのわきに入り込んでくる。
「…………」
――すぅすぅと寝息を取り戻す顔に、つい目が行く。
手が伸びたのは無意識で、その頭をなでたのも無意識だった。
けれど指の間をさらりと髪が滑り、……いつもわし掴みにはしていたが、こんな手触りだったか、と思った。
ふ、と知らずのうちに頬が緩んで、かしょー、という音に顔を上げる。
「…………」
「…………」
ベッドの上、横たわったまま、スマホを構えている瑛汰である。
「…………」
「……てめ、」
「オヤスミィ」
目の前で羽玖が寝ている手前、怒鳴るわけにもいかず――、瑛汰への物理的な鉄槌が下ったのは、翌朝のことだった。
画像は消去された。
文化祭、体育祭、そして各所から悲鳴の聞こえた期末テスト。
わずかな秋休みを挟んで、後学期が始まった十月。
過ぎ行く十月半ば。そして月末――。
L&Aの課題がないとこんなにも会えないもんかね……?と、……羽玖はもはや茫然自失としていた。
L&Aの課題がないわけではない。順番的に、自分たちに振られる課題がないというだけ。
ましてや学園祭であれだけペア行動していたものだから、ことさら会えていないように感じる。
帰る方向も違えば、日ごろ利用する駅も違う。教室も二年生は校舎の反対側の上階で、偶然教室の前を通りがかることすらない。
話す用事もなければ、メッセもなんかのやりとりから止まったっきり。
(……は?……推しが足りませんが……?)
供給が枯渇しながらも、秋休み前の期末テストでは、しっかりとクラスで一番の成績を収めた。クラスの成績を底上げしたからと奉納されたパンやらお菓子は、昼休みにみんなで食ってなくなった。
それでもどこか険しい表情をする羽玖に、クラスメイトから向けられる眼差しはやはり尊敬の色を宿している。
「五藤、"無"だ……」
「L&A生はやっぱり次の中間を見据えてんだよ……」
「中間で順位落ちたらL&Aからも除名になるらしいからな……」
「…………」
机に肘をついていた羽玖が、――……ゆっくりと目を閉じる。あれっ、今なんか一瞬とんでもない事を聞いた気がする。何かの手違いだ。何かの手違いであれ??
されども全校二十位、動揺を顔に出すことはない。こっくりと、頷く。おお……とどよめくような友人たちの声。
放課後、校門で待ってくれていた由之に駆け寄る足は速かった。
「……あ、羽玖くん、久しぶ」
「お久しぶりです先輩ちょっと一大事なんでこっち来てもらってよろしいでしょうか先輩」
疑問すらも許さず、慌てて由之を引きずり込んだ物陰で、羽玖はもう縋りつく勢いである。
「こっ、あのっ、ここ後期の中間で順位下がったらL&A除名なんすか……!?」
「あ、うん。塩野とか高遠から聞いてない?」
ぷるぷるぷると羽玖が首を振る。意外そうに首を傾げながら、それでも由之はにこりと笑った。
「そうかぁ。でも羽玖くんなら大丈夫だよ」
「僕二十位っすよ……!一番崖っぷち……!!」
「あはは、そんなぁ。じゃあ高遠に教えてもらえばいいじゃない」
「……なっ、にを……?ベンキョ……?」
「うん。頼めば教えてくれるんじゃないかな」
あまりにあっけらかんと言う由之に、羽玖も言葉を失う。ぱくぱくと空回る口からは、もう何も出てこない。
そんな、あの傍若無人男が教えてくれるわけがない。
あっでもこれで連絡する用事ができたじゃん僕ゥ。
その場合ってふたりっきりでおベンキョするのでしょうか……?
等々が羽玖の脳内をぐるぐると回っていて……家に帰るまでの記憶は、もうなかった。



