店について、店頭の端末であーだこーだと注文をして、今日はなんとか誠斗に奢ることができて。
まるで積年の恨みを晴らしたかのようなムフン顔で羽玖がテーブル席にかけ、その向かい側に誠斗も座る。
「あの量の焼きそば食ってチーズバーガー二個は頭おかしいっすね」
「ほっとけ」
「は?」
「あ゙?」
などといういつものやりとりのうちに、番号での呼び出しを受け、出来上がったバーガーを取りに行く。
再びテーブルに戻って、ドリンクの飲み口を開けたり、バーガーの包み紙などを剥いたりしながら、羽玖がちらりと正面を見た。
ちっちゃいテーブルに両肘をつき、がさがさと紙をめくっている大きな手。
足は相変わらずこっちの両脇にあるし、その"交流する気ゼロ"の眉間も、ほんと見る人が見たらびびり散らかしますよ、なんて……思う。
(……僕はびびんないもんね)
奢ってやったしね、とバーガーをひと口。たかられてません、僕が割り込んで払いました……と言っても誰も信じてくれなさそう。
「……クラスの奴らから」
「ん、はい」
ぼそ、と正面から低い声が落ちて、羽玖が咄嗟に顔を上げた。誠斗は片手でバーガーを口にしながら、もう片手でつい、とスマホを操作していた。
「……焼きそばの請求メッセが来た」
「ぶは、まじすか!いくらでした!?」
「三千円」
「ええ!あはは、たっけぇ!」
五倍料金だ、と羽玖が笑う。本当に誠斗に請求すると思わなかった。その上、本当に五倍料金を吹っ掛けるとも。
――そういう冗談を、クラスの人たちは誠斗に言えるんだな、と思った部分もあった。
「え、払うんすか?」
「払わねぇ」
「食い逃げじゃん」
「おめぇもな」
それは確かに。そう納得してしまって、羽玖が可笑しそうに肩を揺らした。
焼きそばを貰って来たのは自分で、半分食べたのも自分。共犯じゃん、と。
けれど笑い混じりに正面を向けば、片眉を上げた誠斗がこちらを見ていて、――思わず目を伏せる。
(……いや大口あけて笑ってた……はっず……)
……もぐ、とバーガーをひと口。口にものが入っている時はお喋りしちゃいけませんとは母の教え。なので、黙る。
「……そういや、あいつらになんか言われたか」
「んっ?」
もぐ……?と羽玖が、そちらを見やる。誠斗は一つ目の包み紙をくしゃりと丸めていて、トレイの端に置いたところだった。
もう一つのチーズバーガーに手を伸ばしながら、その眼差しが羽玖を見る。
「なんかって?」
「……俺のこと」
「ま、ことさんのことすか……?」
なんのことやら、羽玖が怪訝そうにして虚空に視線を流す。
誠斗のクラスメイトに言われたことといえば、走り回ってたな、とか、高遠怖くないか、とか。
「……いじめられたら俺らに言えよ、とか?」
「は?」
「あ、でも助けらんないけどなって言ってました。うける」
「……んだそりゃ」
は、と小さく笑みを零す誠斗に、羽玖も思わず動きを止めた。
その表情にはどこか、――安堵のような色が見えて、……ああ、違うんだと思った。
きっとそういうことを聞きたかったんじゃないのだ。
なにか、言われたくないこととかあったんじゃなかろうか。
(……年齢の、こととか……?)
背中が、ひやりとした気がした。
(僕に聞かれたくないことあった……?)
(……わざわざ……マック連れてきて、聞き出すくらい……?)
羽玖の口元に張り付いた笑みが、ちょっとだけぎこちなくなる。
頭の中は疑問符でいっぱいだ。誠斗からは、はあ、とため息が一つ。
そんなことにすら、軽く動揺する。
(何のため息……?あん、安心の……?)
「……っおい、なんだ」
「え……?」
トン、とテーブルを指先で叩かれ、羽玖が顔を上げる。顔を上げた動きで、ぱたりと手元に涙が落ちた。
「あれっ、ちが、」
慌ててそばのペーパーを手に取った。かさかさとした手触りのそれを目に押し付ければ、……なおさら、溢れてきてしまった。
バーガーをテーブルに置く。
目にゴミが、とか、ちょっと欠伸を、とか、そんな誤魔化しも出てこない。喉がツンとして、まともな声が出てこなさそうだった。
――まずい、完璧におかしい奴じゃん。
――まずい、困らしてるかな。
急に泣いて、何も言えなくて黙って、まじガキだ。
「…………」
「……やっぱなんか言われたか」
ふる、と首を振る。何も言われてない。
高遠使いじゃんって言われたし、めっちゃ口げんかしてたって言われたし、ウチらより強そうって言われた。でも、何も、……言われてない。
「…………」
「……羽玖」
「……、……いない……」
「ボケこら」
ぺん、と頭に手のひらが乗る。
ぺし、とその手のひらを払う。
いやまじ今僕いないんです。ちょっと今は閉店。見ないでいただきたい。
宥められたら余計にガキみたいで、ほんと無理。
――でも誠斗さんからすれば、突然泣き出して、理不尽に黙り込んで、意味わかんないよな、と……羽玖はそうも、思っていた。
ペーパーに埋まったまま、ふう……と静かに息を吐く。せめて、声が震えないように。
「…………」
「……ぼく、実は誠斗さんが、めちゃ年上なの、知ってたりして……」
「……ん」
「なん、でなのかな、とか思ったけど、でもぼく関係ないしぃ?」
おどけた声を出せば、案外声って震えないもんだな、と思考が滑る。
……こういうのを、カラ元気って言うのかなぁ、なんて。
「でもさっき、なんか、いわ、言われたかって言うから……」
「…………」
ふつ、とそれきり会話が途絶えて、羽玖はもうだめだった。閉店。
めんどくせぇと思われてるかもしれない。何言ってんだと思われてるかもしれない。
それこそお前に関係ねぇだろ、とか、とか。
正面からはもう手のひらも伸びてこない。舌打ちもため息もない。だって顔も上げられない。
だからか知らないけど、足の両側からごす、と膝がぶつかってきた。
「いって」
「なんだ、ンなことか」
「な、なん、」
べちん、と頭に手のひら。……そのままぺんぺんと叩いてくる手つきは、"顔上げろ"に聞こえた。
……つったって僕ガチ泣きなんですが……と羽玖が小さく視線を上げる。
滲んだペーパー越しに、いつも通り、眉間に皺を寄せている誠斗。
「……ドン引きするぞお前」
「……えっ、」
「俺が休学した理由聞いたらドン引きするぞって」
「……、……え、誰か半殺しにしたとか……?」
ごす、とまた膝が当たってきて、いた、と羽玖が小さく唸る。
顔面に追加のペーパーが押し付けられて、その向こうに呆れたような笑みが見えた。
原形も留めず、ものの見事に大破した中型バイクと、ぐしゃりとへこんだワゴン車のフロント。
数十メートルに渡って飛び散ったバイクの残骸の画像を、誠斗のスマホで見て――、
――テーブルに身を乗り出していた羽玖、ドン引き。
「これっ、こっ、なんっ、まッ誠斗さんバイク側……!?」
「おう。十六ん時な」
「な、……えっ、入院ッ!?」
「当然」
どこかけろりと言う誠斗に、羽玖ももう、涙なんて遥か彼方に吹っ飛んだ。
さっきまでめそめそしてたのがバカみたいで、すい、とスライドした誠斗の指先で、次の画像に目が行く。
病室で、もンのすごい仏頂面で不機嫌そうにベッドに座っている誠斗と、それを自撮りしている瑛汰。
「あっ――」
「あ?」
「っいや、」
――この画像見たことあるーー!!……と、羽玖は思わず叫びだすところだった。
昔、まだ羽玖が中学に通っていたころ、瑛汰に見せてもらった中にあった画像だ。あの時に見せてもらったものはトリミングされていて、病室だとは気づけなかった。
……なんかこの人しかめっ面で、妙にシブいな、かっこいいなと……そう思っていたのに。
(……け、怪我してて仏頂面だった……!?)
写真では腰から下に布団を被っていてよく見えないが、足と腕にギプスが見えた。胸元には包帯。
「…………」
「…………」
「……え、全治何か月……?」
スマホの画面から、羽玖がそろりと顔を上げた。同じようにテーブルに身を乗り出していた誠斗と眼前でかち合い、……互いに、ゆっくりと身を引く。
身を引きながらも、誠斗は記憶をたどるように視線を動かしていた。
「……確か、骨盤と両脚と内臓やってICUからの入院半年」
「ひえ……」
「リハビリだの再手術だので学校行けねぇで丸二年」
「ひいい……」
口元に手を当てて唸る羽玖に、ふん、と誠斗が一つ鼻を鳴らす。羽玖の反応がよほど予想通りだったのか、どこか可笑しそうに口元を歪めた表情だった。
別に自分を腫れ物と思っているわけでもないし、隠しているわけでもない。クラスメイトはほとんどが知っているし、休学の理由を知っている生徒もちらほらといるようだ。
そのどれもが誠斗から話したものではなく、いつの間にか勝手に知られていったもの。
何より、自分は今こうして復学して普通に通学できている。……ならば何をどう解釈されていても、別に構わないとすら思っていた。
「ぁえっ、じゃあ体育祭とかだいじょぶなんすか……?」
「さすがにリレーとかはまだ怒られるな」
「だっだれに……?」
「かかりつけの外科」
――あ、ああ……と何やら頷く羽玖に、誠斗も頷きを返す。
いつの間にか、店の外の夕焼けは夜になっていた。
トレイの上でドリンクの氷が溶けきって、カップの下に水たまりができている。冷めたポテトは、ちょっと乾いてカサついているように見えた。
「……教師連中も知ってるから、走るようなことはやらされねぇよ」
「……今も病院行ってんすか……?」
「盆明けに行った。でももういいんだと」
「そ……、……へぇ……」
その一言で、あからさまに安心したように、羽玖が緩く肩を落とす。まだ目尻がわずかに赤くて、けれども口の端がほんのわずかに緩んでしまった。
「……そんで今瑛汰くんと同級生なんだ」
「ああ」
「……入院で暇だったから勉強したんすか?」
「成績いいのは元々だな」
「うわ感じわるゥ」
小さく笑みを浮かべながら、羽玖が誠斗を見る。仏頂面は相変わらず、テーブルに片肘をついて、その眼差しが自分を見ていた。
けれど何事かを思い出すように視線を横に流した誠斗が、瞬きを一つ。
「……たッけぇバイクだったんだけどな……」
「……いや絶対それより高い治療費だったっしょ……」
「あ?そりゃ慰謝料だろ」
「うわあ……でもそれはそう」
それきり、……会話は明日の体育祭のことに戻って、まるで思い出したように、互いに食べ残していたバーガーやポテトに手を伸ばした。
明日の競技に向けて早く風呂に入って寝たいのに、誠斗とこうしている時間がまだ続けばいいのに、と思ってしまう。
油っぽく干からびたポテトを食べて、わずかに眉間に皺を寄せた羽玖を、誠斗も目を細めて見ていた。
駅前の横断歩道で、ぺこりと頭を下げてから改札に入っていく羽玖を見送り、誠斗はひとり、踵を返す。
クラスの奴らに会ったようだったから、何やら妙なことを吹き込まれていないかと少し確認をするだけのつもりで。
……それがまさか泣かれるとはな、と言わんばかりの、しかめっ面の横顔。
年齢については、学校の噂か、瑛汰辺りから聞いたか。
のくせ自分は関係ないと言って、勝手に引っ込んでいきやがる。
挙句こっちの身体の状態を聞いて、あからさまに安心したような顔までして。
「…………」
暗い夜道を歩く。そんな変な意味で「何かを言われたか」と聞いたわけではない。
『高遠さん、塩野んちの犬画像見すぎ』
『かわいいけどぉ』
『るせぇ』
『あ、これ写ってんの高遠さんのアテンドくん?』
『まじ?従兄弟ってホントだったんだな』
『もちゃもちゃにされてる~!かわいいね、"ウチのアテンド"~』
『…………』
『黙っちゃった』
『かわいいは図星だった顔だ』
『……チッ』
『やべぇ殴られる』
『わはは逃げろ逃げろ』
「…………」
――そりゃあ、なぁ……と、誠斗が顔面をしかめる。"余計なこと"は吹き込まれていないようで、何よりではあるものの。
夜道に響いた舌打ちは、やっぱり近くの通行人をびくりとさせていた。



