こじらせ羽玖くん、こちらです


多感な高校生にとって、恋の自覚など一大事である。それはもう男女関係なく。

内なる自分から無許可で飛び出てしまった"誠斗さんが好き"括弧かもしれない括弧閉じに、羽玖も漏れなく大被弾。
翌日の文化祭二日目の朝も、死にそうになりながら学校へと向かった。

されども羽玖とてL&A制度所属の二十位男、外面はちょっと険しい無表情。
心の揺らぎを外部に出すなど言語道断。L&A生にそんな規則なんてないけれど。


「午前はステージ周りですね」
「……チッ……」

集合場所の空き教室で、各々のペアで今日の持ち回りを確認する。羽玖と誠斗は、まずは体育館やステージ周辺の補助から。
羽玖の肩の辺りから割り振り表を覗き込んでいる誠斗が、……昨日の今日では異様に近く感じる。
羽玖の気の持ちようである。わりと普通に接することができている自分を褒めたい。

「高遠先輩ちゃんとリードの役割してくださいよ。どうすんですか、僕だけめっちゃ評価良かったら」
「…………」

そして、無視。
いや、視線はやっぱり羽玖に向いている。


じと、と羽玖がその強面を睨み上げた。……またあれだ、"誠斗さん"じゃないと受け付けてないやつ。
L&A生のペア同士、がやがやと賑わう教室内で、ここだけに沈黙が訪れる。

(……ちくしょう……)

――ガキか、と思う自分と、そんなに名前にこだわんの?と崩れそうになる自分が、羽玖の中にいた。後者の割合がだいぶ強い。九割九分くらい。ほぼだな。

されどもこちとら恋心を自覚したてほやほや男子である。逆にハッズい。

「…………」
「……、……ひとっ、人前では、"先輩"じゃダメっすか……?」

潜めた声としかめっ面の羽玖によるお伺いに、――ぴくりと誠斗の眉が動いた。
続く沈黙。ゆっくりと誠斗が顎を上げて、その視線がゆるりと教室内を一巡した。……そののち、再び顔を下げて羽玖のところへ戻ってくる。

「ダメだな」
「このやろう……!!」

んぐっ――と喉の奥から変な声が出そうになり、羽玖が誠斗の腹にひょろひょろの拳を入れる。舌打ちや文句は返ってこないが、代わりに頭をむんずと掴まれた。

「じゃあ、各ペア移動~」

担当教師の声に、皆がぞろぞろと課題にかかる。

まるで荷物のように頭を把持された羽玖も、横合いの脇腹にチョップを入れながら文化祭の二日目を始めていった。





「おい、次の2-3の連中遅れてる」
「っはい、呼んできます!」

「まこっ、誠斗さん、外の待機列若干膨れてます」
「カラーコーンとバー在庫あったか資材庫見てこい」
「はい!」

「……演目押してますね」
「……チッ、次の奴らに巻けるか確認取れ」
「はいッ」

「高遠ペア、悪いんだが本部補助回ってくれー!」
「っはーい!」



「お疲れさまです、L&Aです」
「ああ!ごめんだけど備品貸し出しリストがもうわけわかんなくなってて!タイムテーブルも予定通り行ってないしィ~!」
「……チッ、リストは都度ダブルチェックしろや」
「ちょっ先輩!すみません、じゃあチェックリスト引き継ぎますね!」

「おい、そっちにリールコードの番号七のやつあるか」
「なんっ、なにどれ!?……ないっすよ!」
「くそが、どこの誰が持っていきやがった……」
「ねえもうガラ悪い!」

「十一時からのステージ審査員の方って、もういらっしゃってんですかね……?」
「……知らね、来賓一覧にはねぇぞ」
「…………」
「……受付走ってこい」
「んもぉぉ~~!!」

「羽玖」
「っは、はい!?」
「休憩だ、飯行くぞ」
「はっはいぃ」



――いや無理……!!!……と。

焼きそばの屋台に並びながら、羽玖は片手で額を抱えていた。


昨日は正直、受付周りと巡回のみで平和だった。巡回中も特にトラブルもなく、ほぼ校内をぐるぐると歩き回っただけ。
対して今日のこれはなんだ。なにがなんだかもうドタバタで、されども初めて、すごくリード&アテンドのようなことをしている。

忙しさが無理、とかではない。
誠斗に指示をされるのが無理、である。

当然、言うことを聞きたくない、という意味でもない。
自分の好――推しが、思いのほかデキる奴で無理、である。

(……ちくしょう……出力は全然優しくないのに……)


「お、高遠さんのアテンドくんじゃん」
「え」

ぱ、と顔をあげれば、いつの間にやら焼きそばの目の前。屋台で売り子をしていた上級生たちが、わらわらと鉄板のそばまでやってきていた。

「おつかれぇ。めっちゃ走り回ってたな」
「ねぇ高遠さんこわくなぁい?だいじょぶそ?」
「でもアテンドくんさ、こないだめっちゃ口げんかしてたよな」
「焼きそばオマケしてやろ」

羽玖が何事かを答える前に、もりもりと透明の容器に焼きそばが盛られていく。慌てて羽玖が視線を巡らせて表示板を見やれば、誠斗と瑛汰のクラスの屋台であった。

「アテンドくんちっちゃいね……いっぱい食べな……?」
「高遠さんにいじめられたら俺らに言いな……?助けてあげらんないけど」
「でもウチらより強そう」
「高遠使いだもんね」

(なにそれ……!?)

かわるがわる肩やら頭やらをぽんぽんと"お疲れ"され、手に山盛りの焼きそばと割り箸を押し付けられる。
羽玖が答える暇もない。集団になった上級生は、文化祭の空気に当てられ暴徒と化している。焼きそばを山盛りにしてくる暴徒。

「あっ、えとありがとうございます、お金二倍すか……!?」
「三倍だな」
「五倍かな」
「高遠さんに請求するのでアテンドくんからはとりませんな」

それな~~~なんて内輪で盛り上がる上級生に、……苦い顔をした羽玖が、ぺこりと頭を下げた。
なんか知らんがそれでいいならあとはそちらでやってください、のぺこり。笑い声と妙にテンションの高い見送りの声を背に、羽玖も苦笑いでその場を後にする。

(……、ふ……)

――あの人たち、誠斗さんに舌打ちされても知ーらね、なんて、わずかに頬が緩んでしまった昼休みであった。





詳細を伏せたてんこ盛りの焼きそばは、結局誠斗に半分以上を食ってもらい。


午後からのふたりは、学祭のトラブル一次対応。
名前は無駄に手練れっぽいが、実態は現場や巡回組、本部から飛んできた軽い案件にその都度即応していく、"何でも屋"担当であった。


「お化け屋敷の延長コード使えなくなったって!」

「そこのL&A!迷子送ってきて!」

「ねえ、垂れ幕外れてる!」

「寄りかかって窓外れたって!確認行ってー!」

「ちょっと手ェ空いてるL&A呼んできて!」


――そんなんいるかー!!と……羽玖も中庭を走る。何でも屋だと思って何でも下ろして来やがって、こちとら腹いっぱい焼きそば食ったあとだぞ、と。

誠斗は現在別行動、今は教師へ案件をあげに行っている。
さしあたっては「ちょっと寄っかかったら窓が外れて落下粉砕しちゃいました」案件と、「よその生徒がうちの女子生徒にしつこくちょっかいだして誠斗さんに睨まれちゃいました」案件。どちらも怪我人はなく、大ごとにもなってない。

なお羽玖は、「ちょっとトイレに行ったら迷子になっちゃった来賓」の案内に行くために走っている。

「……くくっ……」

なんだこれ、と思う。L&Aってこんなことするんだな、なんかだいぶてんやわんやじゃないか、と。
頬に笑みを浮かべたまま、羽玖が正面玄関まで行けば、ふくよかなご婦人が困ったようにきょろきょろしていた。その隣では、実行委員がせかせかと腕時計なども見ている。

「ああ、L&Aさん!この方です、お願いしますね!」
「はい、引き継ぎます」

急いで走り去っていく実行委員の生徒を見送り、羽玖がその来賓客ににこりと笑みを向ける。ご婦人からも、ちょっと照れたような笑み。

「ごめんなさいね、助かるわぁ」
「いえ、ご案内しますね、こちらです」


華の高校生活、その初めての文化祭――にしては、色気もくそもないかもしれない。

なのに、羽玖とっては妙に、充足感に満ちた二日間であった。





夕方、ぐったりと疲れ切ったL&A生たちが集まった、空き教室。

「全員ご苦労。明日は体育祭の競技もあるから、今日は早く帰って休めよ」

――なんていう担当教師の間延びした労いに、どこか気の抜けた返事があちらこちらから上がっていた。

「クラス競技もあんだろ……?」
「声枯れたわ……」

L&Aの"洗礼"を受けて撃沈している初見組を、教師が愉快げに見やる。けれどその視線はすぐに手元のファイルに流れて、そちらをぱらりと開いて一瞥。

「明日の競技は、L&Aの評価以外にも勝ったペアそれぞれのクラスに得点が入るから、クラスごと背負ってると思えー」
「ええええ」
「運動には自信ないぃ!」
「あとはなぁ、三年生だな」

ぱたん、とファイルを閉じ、鼻をかく教師。
――三年生……?と初見組が硬直した。

L&A制度は一、二年生を対象とした制度であり、進学や就職を控えた三年生はその対象から外れる。その三年生が、何……?と。

「三年生はクラスごとに応援ペアを二組ずつ指名できてなぁ、そいつらが得点を取れば三年クラスにも得点が入る。上級生の応援団だなぁ、がんばれよ~」
「え、めっちゃやだ……」
「なにそれ手ェ抜けねぇじゃん……」
「手ェ抜いたら制度評価でねぇぞ~」

(……まじ……?)

そろ……と顔をしかめた羽玖に見上げられ、隣の誠斗が顔をしかめて返す。"まじ"らしい。

人命救助模擬、小児誘導、宝探し……のどれか……。

なんかもうどれが当たってもてぇへんなことになる予感しかせず、羽玖は椅子に背をもたれて小さく天井を仰いでいた。……今日早く寝よ……。





「おい」
「はぇっ」


――帰り道、いつもの校門を抜けた羽玖の背後から、……いつもの不機嫌そうな声が降ってきて、羽玖は二ミリほど地面から跳ねていた。

振り返れば、面倒そうに歩いてきている誠斗である。

「――おっ、お疲れさまっす、どしたんですか」
「マック」
「えっ」
「マック」

問答無用で頭をむんずされ、正面を向かされる。しかしその手はすぐにぺいっと離れ、無言の進行。

(――ッえ、)

「……もっ、と優しく誘ってくれてもいいじゃないっすかぁ~」

思わずおどけて動揺を隠す。
文化祭の終わりに、帰る方向も逆なのに、わざわざこっちを追いかけてきて、推しが隣を歩いている。
なんか用事があったんだろうか。それともめっちゃ腹減ってたとか。

(……昼に焼きそば山盛り食ったのに……?)

全校二十位の脳みそが、腹減ってた疑惑をぱちんと閉じる。頭が回るのも時に考えものだ。
誠斗から返事はなく、ふん、と鼻を鳴らした返しが一つだけ。

「…………」

なんだろう、とその横顔を見上げつつ、羽玖はそれきり黙って歩を進めていった。