こじらせ羽玖くん、こちらです


L&A制度所属生は、よっぽど外せない用事ではない限り、文化祭の出し物より制度側の課題を優先する。これはもちろん強制されてのことではなく、多少なりとも評価に響いてくるからだ。

文化祭自体は、制度の対象を外れた三年時に楽しむこともできる。
対してL&Aの評価は、あとから取り返すことは不可能。

せっかく死ぬ気で勉強をして成績を上げ、将来的に恩恵にあずかれる制度に入っているのであれば、とれる評価はとれるうちにとる。

――それが、一般的なL&A生の所感である。一般的な。


一日目の午後、羽玖と誠斗は校内の巡回にあたっていた。
羽玖のクラスの出し物は和装カフェ。準備にも携わったし、メニューの案出しもしたが、シフトは皆に断って免除してもらっている。

昨日の帰り際、クラスの皆に

『L&A生大変なんだな……!』
『なんか裏の機動隊みたいね』
『がんばってね五藤くん』

なんて送り出され、……現在は誠斗と廊下を歩いている次第である。


「…………」
「…………」


――いやもう実質誠斗さんと文化祭回ってるよねコレ……??とは、表面だけは鋭い顔つきをした羽玖の心の声である。

違うけど違わない。回っているけど回っているわけではない。
楽しむためじゃない、巡回のために回っている。でも明確にペア行動している。
午前中は校門前で来客対応に追われていたから実感が薄かったが、もう、ほんとにずっと一緒である。

朝きて。空き教室に集まって。ペアで集合して。
「おはざす」「ん」、なんてして。
担当の教師から今日の割り振り表を渡されて。
その紙ぺらを顔を突き合わせて覗き込んで、「僕ら校門からっすね」「チッ」なんてやりとりをして。

それからもうずっと一緒である。飯もさっき一緒に食った。

(……過剰供給だ……)

「すみませーん待機列もう少し廊下端に寄ってくださーい。通路空けてー」

脳内の推し活が漏れないように険しい顔をした羽玖が、教室横の膨らんだ列に手をかざす。
脳内は祭。出力は実務。羽玖はそれができる男である。何故なら以下略。
ちなみに腕に【L&A所属員】なる紺色の腕章をつけており、生徒たちもそれを見てああ、と納得したようにしている。何よりその後ろにいた誠斗の存在もでかかった。

「あっ、おーいそこのL&A!迷子いるんだけど!」
「あっはーい引き継ぎまーす!」

廊下の向こうから聞こえてきた声に、羽玖も声を張り上げて返す。
三年らしき先輩が連れてきた幼い男の子は、不安げに羽玖を見上げたのち、その後ろの仁王を発見してびしりと石のように固まってしまった。

「……おっ、オニ……!!」
「あ゙?」
「あっこら先輩!」
「あ゙あ゙?」

びええ、と泣きだす子どもと、不機嫌そうな誠斗、なんだなんだと視線を向けてくる周囲の生徒と、"高遠だったか"とでもいうように額を抱える三年生。

なんともカオスな状況に、――羽玖はもはや、口の端にひくりと笑みを浮かべてすらいた。



その子を何とか案内所の迷子センターまで送り届ければ、実行委員の三年生らしきが、泣く子どもとそれを連れた羽玖を見て、誠斗の姿を探し、……ああ、といった風な得心顔をした。
子どもを係へ引き渡し、羽玖にも軽く手を上げてくれる。

「お疲れ、高遠さんのペアの五藤くんだよね」
「あ、はい、お疲れさまっす」
「高遠さんはあの子に泣かれて離脱?」
「離脱、というか……まあ、巡回継続っすね」

世間話のように答えながら、羽玖がわずかに顎を引く。
……こうして三年生に『高遠さん』と呼ばれているのを聞くと、……そういえば自分より三つも年上なんだった、と再認識する。
自分どころか、目の前の三年生よりも上。

でもこうして敬称込みで呼ぶ生徒もいれば、……噂話なんかはわりと呼び捨てだったりもする。

(……全員が知ってるわけじゃないのか……)

――誠斗が、年上だということを。

(……瑛汰くんは、その理由も知ってんだろうな)

メッセージアプリで『誠斗タメじゃないよ』と言われた時、留年かと思えば瑛汰からは『違う』と返ってきた。
あの場では年齢差にひっくり返っていてそれどころじゃなく、あれ以上話題も広がらなかったが、……瑛汰のあれは、多分知っている側の反応だ。

「……じゃ、戻りますね」
「うん、よろしく」

ぺこ、と目の前の三年生に会釈をして、羽玖が校内へと踵を返す。
戻りしな、廊下の向こうに、PTAか来賓か、ちょっと整った服装をしたおじさん方を引き連れて歩く瑛汰と由之が目に入った。

あちらは恐らく来賓対応。丁寧な物腰でにこやかに対応する二人に、同じくにこやかについていく来賓方。

ちら、と目が合った由之が、小さく手を振ってくれた。

「…………」

羽玖も、小さく手を振り返す。……あの二人はいいな、とちょっとだけ思った。

随分と仲もいいみたいだ。お互いのことを何でも知っていたりして。
瑛汰は、由之にとても気を許しているように見える。……あの誠斗でさえ。

(……僕誠斗さんのこと……何知ってんだろ……?)

廊下を歩く。視野は広く。何故なら巡回中ですので。

(……瑛汰くんの幼なじみで……いっつも仏頂面で……)

滞留している列を見つける。聞けば、教室の中が混雑しているらしかった。……軽く列の整理をして離れる。

(呼んだら意外と来てくれるとか……事前説明ゼロで守ってくれるとか……?)

階段を上がれば、踊り場の隅にゴミが落ちていた。ため息まじりに拾い上げ、また階段を上がる。近くの教室で捨ててもらおう。

(意外と話も聞いてくれるとか……?……誠斗さんって呼ばそうとしてくるとかさ)


(……、……)


「……。ってかどこいんだ誠斗さん」
「あ゙?後ろ」
「アッ!?」

びくんと肩を跳ねさせて、羽玖が弾かれるように振り返る。真後ろに立っていた誠斗は、なんとも怪訝そうな表情で首を傾げていた。

「な、ん、いつから!?」
「……一緒に階段上がってきたろが」
「そなの!?」

思考に九割、巡回に一割で全リソースを費やしていたことにより背後からの推しの接近に気づかなかった羽玖、一生の不覚。どうやら階段を仲良く上がってきていたらしい。
どっこんどっこんと心臓が跳ねる。考えていた内容も内容なだけに、絶妙に恥ずかしい。

「……なんだアホづらぶらさげて」
「っ……その"アホづら"スマホに保存してるくせに……」
「……、……ありゃ犬だろ」
「ほ……ほぉ~~ん??」

挑発するようにとぼけた羽玖に、誠斗が鬱陶しそうに顔を逸らした。舌打ち混じりに歩き出す長い脚を、慌てて追いかける。
ちょっと勝ったぞヘヘ、なんて頬を緩めるが、――ってことは誠斗さん、僕の画像、保存したんだ?……と、今さらながら思った。

(え、ぅ……、ええ……?)

じわじわと頬が熱くなる。ちょっとだけ背中に汗も。
されども巡回はしっかりと行う。何故なら、何故なら――……。

(……む、むりかも……!!)


全校二十位、無理である。形無し。

前を歩いていく背中が、なんでか妙に眩しく見えた。





『答えないでください。あなたは誠斗さんが何で高二なのかを知っていますか』
『すみません、意味がよくわかりません』


夜の風呂の後、羽玖が瑛汰に送ったメッセには、そんな至極当然の返信が返ってきていた。
いや文脈でわかるだろ、と羽玖がサメの抱き枕にひょろいパンチを入れる。理不尽である。

『理由とかは聞きたくない。でも理由知ってんのかなと思って』
『そら知ってるよ』
『だよね~~~~~~~~~~』

バカみたいに、波線を連打する。理由知ってるかどうかなんて、幼なじみだもの、そりゃそう。

「うわめっちゃ気になる……」

めっちゃ気になるのも、そりゃそう。何故なら推しだから。
瑛汰からは返信もない。なんで?とも、知りたい?とも。

きっとわかっているのだ、それは本人から聞きたいと、羽玖が思っているということを。

「…………」
『よしの先輩知ってんのかな』
『えー俺から言ったことはないけど』『よしのそういうゴシップ興味ないし』
「ゴッ……」

――ゴシップ……!そうかそうなるか……!!……もすんと羽玖が、サメに顔を埋めた。
だが確かに羽玖も、たとえばクラスの連中が『高遠先輩ってなんで三つも年上なんだろうな』とか言い出したらほっとけよと思ってしまいそうである。十中八九そう思う。

けれど、なんでだろう、という疑問は尽きない。

「…………」

留年は、瑛汰が違うと言っていた。

(……病気……?)
(怪我とか……)
(……帰国子女……??)

うーーーんという唸りが、サメに吸い込まれていく。めっちゃ気になる。だがゴシップ好きとは思われたくない。
でも、……思われても仕方ない。だってこんなにも知りたい。

欲を言えば、別にもっと普通のことも知りたい。

朝ごはんはパンすかご飯すか。それとも食わねぇとか。
チーズ以外に好きなもんありますか。牛乳飲める?僕は苦手。

ちっちゃい時から顔怖かったんすか。瑛汰くんとは幼稚園で出会ったの?
暑いのと寒いのどっちが苦手?僕は寒いのが無理。

犬が好き?猫が好き?それとも鳥とか爬虫類?


(大穴で僕?……――)


「…………」


――んっ、なんで今自分をそこに陳列した、と……羽玖がむくりと顔を上げる。……いや、違う、今のはペットの文脈で。
誠斗が最近、犬と言いつつ羽玖の写真でからかってくるからで。

(…………動画もあるっつってたし……)

……うん、言ってたかもな……と、羽玖がじわじわと沈没していく。サメにである。

あるってことは、見たってことだ。なんの、なに、ど、どの動画だろう。瑛汰くんが撮ったやつだろどうせ。

「はっ……」

『そうだ!!ねえ!誠斗さんに僕のなんか送ったっしょ!!』

だだだだと文字を打ち込み、瑛汰へ送信。羽玖の動きは早かった。
メッセはすぐに既読になり、返事もすぐに来る。

『え~ 誠斗と由之に送ったんだよ?』
『動画ってなんのやつ!』
『ヤキニクスシラーメンに潰されてるやつ』
『どれだよ!!』

ムカムカの絵文字もついでにつけてやる。届けこの怒り。あと恥。

(大体さあ!間抜けな写真と動画を好きな人に送られて怒んない奴いな――……)

……い、だろ……なんて勢いは、急激に立ち消えた。

待て待て今僕何言った。なんてこったとんでもない。
僕って誠斗さんのことすっ……、すぅー……ッ?

(……まじ……?)

ピロン、と瑛汰からメッセが送られてきて、呆然とした羽玖が見てみれば動画ファイルである。……再生。

茶色と白の毛玉軍団に襲われて、馬鹿みたいに笑っている自分。撮っている瑛汰も笑っていて、ぐらぐらとぶれている画面。
仕上げに瑛汰の母親のちょっとぉーがあって、笑い声の途中でぶつりと切れた動画。

(……ええ……こんなん送ったの……?)

センスねぇな瑛汰くん、と思う。画面もぶれぶれ、音も割れてて、肝心の子犬はもちゃもちゃで見えないし、ずっと自分が笑ってた。

(……これを、――)

あの人は保存してんの……?


「……、……」


――推しにガチ恋はファンの風上にも置けないぜサメちゃん、……なんていう羽玖の赤面は、幸いなことにサメ以外誰も見ていなかった。