こじらせ羽玖くん、こちらです


暦も九月に入り、学園祭シーズン。

この高校では、一週間まるごとを学園祭に当て、文化祭と体育祭と合同で執り行う。
週の初めに準備が本格化し、水曜、木曜の二日間に渡る文化祭。
翌日の金曜日に舞台をグラウンドに移して体育祭を開催するという、いわば学園祭ウィークがあるのだ。

その高校生活の華ともいえる二大イベントで大忙しになるのが、生徒会、各実行委員会、そしてL&A制度所属生である。


手渡された紙には、文化祭でのL&A所属生の"課題"。

来校者案内、紛失物や迷子の一次対応。
校内の巡回やステージ周りの進行確認、誘導、観客の整理。
来賓対応に実行委員本部補助にあらゆるトラブルの対応……。

「……多……」
「やば……」
「L&Aこれ全部すんの……?」


放課後に集合がかかった空き教室で、悲壮感溢れる嘆きを零していたのは、今年初めてL&A制度に所属となったいわゆる"初見"の生徒たちだった。

もっと華々しい制度だと思っていた。
陣頭指揮を執り、人を動かし、素早く判断をして、尊敬されるような。

「基本的には、二日間の午前と午後に分かれてペアごとの持ち回り変えるぞー。あくまで運営は実行委員や担当者だから、現場見ながら適宜そっちの指示を聞くようにな」

L&A制度の担当となっている教師が、ぺらりと手元の紙を見下ろしながら、どこか間延びした声で言う。

「ちなみに評価については、生徒会役員や実行委員、場合よってはその辺歩いてた生徒にも聞くから、教師の目がねぇからって気ィ抜くなー」

ええ……と、無様などよめきなど起きない。何故なら成績上位勢、腹を括るのも早かった。

「突発的な対応も見るからな、持ち回りは当日のその場で知らせる。自クラスの出し物でどうしても外せない場合はその時間だけ免除もある、後日申請するように」


手に持っていた紙を教卓に置き、教師が次の紙を配り始める。
そちらは文化祭のすぐ翌日に行われる、体育祭のものであった。

「翌日の体育祭は運営には触らんが、クラスごとの競技の他にお前たちだけの競技があるぞ~」
「え……」
「まじ……?」

――こちらには少々どよめきがあり、……教室の後ろの席に座っていた羽玖も、配られてきた紙を覗き込んだ。

人命救助模擬、小児誘導、宝探し。

(……は……?)

はぁ?……と、思わず出た表情そっくりそのまま、……隣に座っていた誠斗に顔を向ける。
誠斗もまた、心底面倒そうな顔でその紙を覗き込んでいた。

「人命救助に四組、小児誘導に三組、宝探しに三組割り振って一斉競技だ」

どこからか、うわぁ、なんて淡いぼやきも聞こえてくる。
もちろん種目は選べないのだろう。中には頭を抱えているペアもいた。
そろり、とリードの一人が手を上げる。

「小児誘導ってなんですか……?」
「詳細は当日教えるが、まあ対人伝達だなぁ」
「でたよ当日……」
「ははは」

乾いたような教師の笑いに、皆の肩が落ちた。
とはいえ、文化祭の補助も体育祭の競技も、いずれは巡り巡って評価になるのだ。

「……足引っ張んなよドベ」
「小児誘導と迷子対応無理そうっすね先輩」

教室の後ろの方から聞こえてきたやりとりに、瑛汰と由之が思わず肩を震わせていた。



ところで、校内ではすっかり従兄弟だということがバレた瑛汰と羽玖であるが。

「羽玖このまま帰んの?」
「はい。なんで由之先輩いただいていきますね」
「ええ!?いや由之は羽玖方面だけどさぁ!」

――などという度重なる羽玖の塩対応が功を奏したのか、耽美的な噂はもちろんのこと、瑛汰目当てに羽玖に話しかけてくる人間もぱたりと途絶えた。

なんだ、従兄弟っつったって特別仲いいわけじゃねぇのか。
なんだ、五藤はどっちかと言えば由之と仲がいいのか。
じゃあ、最初に塩野のアテンドを狙っていたのは、親族でやりやすかったからか――等々。

噂はやはり、勝手に流れていく。だがこの粒度ならばなんの問題もない。
何より、普段裏で誠斗について転がり散らかしている羽玖を知る瑛汰からすれば、まぁちょうどいい落としどころなんじゃなかろうか、といったところであった。

「ね、一緒帰りましょ由之先輩!」
「いいけど……僕?」
「ぼっ……」

――にこりと羽玖に向けられた笑顔に、羽玖もにこりとしたまま固まる。
当然ながら、何のことを言っているのかは手に取るようにわかる。……「高遠じゃなくて?」の顔である。

だがそれが言えれば苦労しねぇ羽玖、すぐ横で帰り支度をしている誠斗に顔を向けることすらできない。

わちゃわちゃと騒ぐのは結構。突っかかることもできる。
でもやっぱり、わざわざ帰りの方向も違うのに「一緒に帰りませんか」は、難易度がバカ高すぎて無理寄りの無理からの無理。遊びに行くのとは全然違うのだ。

「――っ由之先輩と帰りたいっすなぁ……!」
「んっく、ふふ、いいけどさ」

妙な語尾になってしまったあげく、それを由之に笑われてしまい、羽玖も笑顔が剥がれない。この先輩たまにこういう一刺しあるんだよな……!!の笑顔であった。


やがて帰り支度を終え、

「じゃあね、塩野と高遠」

と由之が声をかければ、こちらも帰り支度を終えた二人が顔を向けてくる。
瑛汰はわざとらしく半べそのような表情で、手を振るだけ。
誠斗も眉を寄せて小さく顎を引き、

「気をつけて帰れ」

――とだけ言った。
手を振る由之の横で、羽玖もわずかに会釈を一つ。

「由之もな」

ついでのように、誠斗のぼそりがもう一つ。


ンゆぅーー……っくりと羽玖が身体を反転させ、廊下の向こうへと顔を向ける。
聞き間違いでなければ、今背後にいるあのでっかい強面男は、自分に向かって「気を付けて帰れ」と言ったような気がする。そのあとオマケのように「由之もな」が降ってきた。
そんな気がして、……隣の由之のベストを掴む。

「ん、どうしたの羽玖くん」
「帰りましょ先輩ぼくもう無理むりムリむり」

――からの、ほぼ走りに近い駆け足である。

「わッ、あははっわかったわかった!待って羽玖くん行くから、あははは」
「はやくはやく無理もう先輩まじで」

ばたばたと足音をさせて脱兎のごとく逃げていく羽玖と、引きずられるようにして連れていかれる由之。

怪訝そうにそれを見送った誠斗の横で、瑛汰が腹を抱えて笑いを堪えていた。

周りのL&A生たちは、……やはりどこか唖然とそれを眺めていた。







気持ちがいいほどに晴れた秋空に、乾いた花火が打ちあがったのは朝のこと。

どこかからソースの匂いや甘い匂い、客寄せの声も漂ってきている。

普段は生徒たちで賑わう校舎も、今日は外部からの来校者や来賓の姿が多い。

装飾されたアーチで彩られた校門前に立っていた羽玖と誠斗も、文化祭のパンフレットや校内マップを手に、次々と訪れる来校者たちに笑顔を向けていた。

「正面まっすぐの場所に案内所がありまーす!」
「…………」
「ようこそー!十時からはステージで演劇部のイベントがありますよー!」
「…………」

――訂正、笑顔を向けていたのは羽玖のみである。

校門前、羽玖とは反対側に立っている誠斗は、まるで口を結んだ仁王像のような仏頂面で以てして、群衆にパンフレットを差し出していた。
必要なことは羽玖が全部喋っている、なら自分は喋らんでいいだろう、とでも言いたげな眉間。

無造作にパンフレットを差し出された通行人も、びくりと肩を揺らしてからそろりとそれを受け取る。
……その顔面圧により、配布物のはけ具合だけは異様によかった。

「っ先輩、もっとこう、――」

笑みのまま、額に若干の青筋を浮かせた羽玖が誠斗を見やるが、すぐに別の来校者がありそちらへ笑顔を向ける。
ちら、とそちらへ視線をやった誠斗も、また正面に向き直ってそのまま通常運転。

来校者案内と来賓対応――。
文化祭一日目でのL&Aとして持ち回りはそうして始まったが、……どうやら前途多難のようである。


――とはいえ、開催と同時にどやどやと訪れていた来校者も、しばらくすれば軽く一息をつける程度にはなる。

人波が途切れるたびに羽玖から誠斗へ"睨み"が飛ぶが、当然誠斗にとってはへでもない。
それでもサボったり悪態をつくわけではないものだから、羽玖もどうにも怒り切れない、といったところ。

実際羽玖の胸中も、『リードなんだからちゃんと来校者対応して』という真っ当な意見と、『誰に対しても等しく不愛想なのロックが過ぎない???』……という推しへの評価で真っ二つである。

「っ……高遠先輩ちゃんとやって……!」

――羽玖、なんとか表向きの訴えをひねり出すことに成功。表情は苦渋。心中は多分違う。
しかし誠斗も一切の無視である。

(むっ、無視だとぅーー!!)

愕然とした顔をしつつ、目の前にやってきた可愛い女子にはしっかりと来校案内をかます羽玖。仕事はきちんとできる男。何故なら全校二十位なので。

(隣の人は四位のはずなんですけどね……!!)

肩をわずかにいからせながら、羽玖が再び誠斗を睨む。
……なお、視線は一応こちらへは向く。返事が無視なだけだ。

「……先輩やる気ないの……!?」
「…………」
「もっ、なに……」

(……いやっ、……)

ひらめきの羽玖、さながら頭上に電球がついたような唖然顔になる。無視をされるいわれはない。だがもしかしての覚えはちょっとだけある。

「――ッ誠斗さんちゃんとやって……!?」
「やってる」
「やっ……」

やってねぇから言ってんの――!!……という羽玖の叫びと、
やっぱり名前呼ばねぇから返事しないんだ……!?という転がりたくなる衝動は、
……秋の空が受け付けてくれなかったため羽玖の腹の底へ消えていった。

前途多難。