こじらせ羽玖くん、こちらです


――夏休みとは、なんと儚いのでしょうか――。

国の特別天然記念物に登録されるべきだ、と思いながら、羽玖はおおよそ一か月ぶりの通学路を歩いていた。

なんだかんだ言って、たっぷりと夏休みは楽しんでしまった。
街の夏祭りや花火大会には鬼混みの電車が嫌で行けなかったが、ばあちゃんちに帰省した際に向こうのちっちゃい夏祭りには行った。

じいちゃんの浴衣をピッタリと着こなした瑛汰の写真を何枚も撮り、由之に送りつけたりなどした。
自分は浴衣の丈がちょっと合わず、やや大きめの甚平を着せられて、……夏祭りが催されていた神社に身長ニ十センチを拝んできたりもした。賽銭は五十円で。

そういえば、瑛汰は由之と夏祭り行ったんだっけか、うわぁみんな夏だねぇ、なんて思ったりして。


――そんで太陽、なぜお前は登校日になった途端やる気を出すのか……。


「あち……」

朝からじわじわと照り付ける陽射しの下、羽玖が昇降口をくぐる。
行き交う生徒たちは物理的にも精神的にも一皮むけたような顔をしていて、けれどちらちらと羽玖のほうを見つめる眼差しが多かった。

「……?」

ひそ、と何かしらを喋っているような声も聞こえるが、雑踏に紛れて聞こえない。わりかし女子からの視線が多いような気もするが、羽玖自身、特にモテるようなことをした記憶もない。

(なによ……)

少しばかり居心地の悪さを感じ、羽玖は教室へと急いだ。



しかし、階段を上がって自分の教室へと入っていっても、その視線は相変わらずであった。

「……おはよー」
「おお、おはよ……」
「おはよう五藤くん……」

羽玖が挨拶をすれば、挨拶は返ってくる。……ということは、悪い意味の視線ではない、のか……?

怪訝そうにしながら羽玖が自席へと腰を下ろせば、それを見計らったのか、クラスメイトの女子が数人、机周りに集まってきた。

「……あの、五藤くん」
「……なに……?」
「塩野先輩と従兄弟って聞いたんだけど……?」


――羽玖、ああ~~~はいはいはいそれね~~~、である。

そんなことか。休み明け早々、自分は何をやらかしたのかと思った。
にっこり、笑みを作る。

「……うん、親戚だよ」
「そ!そうなんだ!」
「ええ~!知らなかったぁ!」

きゃあ、と盛り上がった女子に、ぴくり、と羽玖の頬が引きつった。
これだ、これである。これがいらなかった。
もしやこの流れで、瑛汰を紹介しろだなんだと言われるんじゃなかろうな、と羽玖は――

「え、じゃあさ、小さい頃から仲いいの!?」
「えっ?……うん、まあ」
「ねっねえ、お互いのことなんて呼んでるの!?」
「……うん……?」
「塩野先輩のアテンドのさ、由之先輩っているじゃん!どうなの!?」
「ど……?」

――どうとは……?

怪訝そうにした羽玖が、すっかりと怪訝そうな顔のまま、怪訝そうに首を傾げる。
いつの間にか集まっていた女子連中も、どう伝えればいいものか、といった表情で互いに目配せをしていた。

「っだから、ほら、五藤くんは最初塩野先輩のL&A狙いだったわけでしょ……?」
「……うん」
「なのにっ、由之先輩に取られっ、いや、こう、選考落ちして、あの怖い先輩のほうに流れてっ!」
「……うん……?」
「そんでそのリードの先輩とは喧嘩ばっかだって聞いてるし、やっぱりまだ塩野先輩のことが、……ねぇっ!?」

同意を求めるように振り返った女子生徒に対して、周囲のクラスメイトがうんうんと頷く。
一体何がどういった筋書きになっているのか、当初の「瑛汰を指名しようとしたけど誠斗のアテンドになりました」の骨格はそのままに、なんだか妙に耽美な脚色がついているように思えてならない。

全校二十位の優秀な頭を以て察するに、想い通じ合う羽玖と瑛汰を由之が引き裂き、押しのけられた羽玖が誠斗に粗雑に扱われている――といったところ、か……?

(……なんで……?)

まずもって「瑛汰と従兄弟である」はどこから漏れたのか、と思ったが、そういえば図書館の帰りに駅前の広場で従兄弟だと叫んだのは自分である。じゃあもうそれはいい。
ならばそこから噂が伝聞していくにしたがって、なんかこう尾ひれがついたのか。見たことねぇ尾ひれだ。

「……僕高遠先輩と仲いいよ……?」

括弧その予定括弧閉じだけど。

「由之先輩ともテス勉したし……」

こっちは事実だ。

え……と固まったクラスメイト一同、そろりと顔を見合わせる。

「……そ、そうなの……?」
「塩野先輩とは……?」
「……なんかあるわけなくない……?赤ちゃんから一緒の親戚だよ……?」
「…………」

……女子群、閉口……そんなまともな正論パンチを食らっては、きゃあきゃあ言っていた自分たちが恥ずかしくなる。

だがしかしそうか、と、羽玖も一つ肩で息をついていた。
今さらながら、その場の勢いで適当な小細工をするんじゃなかった。こんなにも面倒なことになるなんて、……あの時の自分は本当に誠斗しか見えていなかったのだな、と。

「……L&Aってさ、別に仲良しこよしの制度じゃないよ?」
「そっ、そう、よね!!」
「塩野先輩が聞いたらがっかりしそうだね」
「――ご、ごめんね……!」

そそくさ、と蜘蛛の子を散らしたように席へと戻っていくクラスメイトたち。
無事になに言ってんだオブザイヤーを決め込んだ羽玖も、荷物を整えていく。……もちろん、それは自分が一番わかってはいたが。

(……この噂、……誠斗さんに聞かれてないかな……)

……聞かれてるだろうな、と机に肘を置いて重くため息をつく。

このクラス一の頭脳を持つ男にため息をつかせてしまった、と……クラスメイトが遠巻きに、その背中を見やっていた。





翌日の昼休み、羽玖はカバンから弁当を取り出していた。

――もう、噂が全然消えていない。
いや、わかっている。昨日このクラスで訂正しただけで、そんな一日二日で「羽玖と瑛汰の耽美な噂」が消えるとは思えない。
それはわかってはいるが、事あるごとにクラスの出入り口から覗いてくる野次馬がたいへんに鬱陶しい。

だからと言って実害もないからと、誠斗はもちろん瑛汰や由之にも連絡はしていない。噂なんて所詮いつかは消えるのだ。

(……でも煩わしいな……)

僕は見世物じゃないんですが、とお茶のボトルを手に取る。しかしながら自分が蒔いた種でもある。
やらかしたな過去の僕。まだ相手が瑛汰くんでよかった。ごめんね、いいよで済みそうな相手で。


「――きゃ……」

ざわ、と廊下側から女子の小さな悲鳴が聞こえて、羽玖がちらりとそちらを向く。
何事か、と思った人垣の向こうに、頭一つ抜けた仏頂面が見えた。


「羽玖」


「――……」

……っっえ、それボクデスカ……??と、羽玖があんぐりと口を開けて、そちらを凝視した。
女子生徒の頭の上で来い、と手招きをしている――誠斗に、……抗う術など、羽玖にはない……。
ぎくしゃくと、ぎこちない動きで立ち上がる。

(っ――は、"羽玖"……!?どどドベじゃなくて……!?)
(!?……!?!?)

歩み寄る動きもぎこちない。いつの間にか群衆は割れていて、すっかりと道などが出来上がってしまっている。誠斗の手には、スマホ。

(……すま、スマホ持っとる……?)

まだ"羽玖"すら咀嚼できていない羽玖がそばまで来れば、誠斗は教室の出入り口のドア枠に肩を預けて、スマホの画面を傾けて見せた。

「見ろ」
「え、なんすか――」

どきどきと心臓を跳ね散らかしながら、羽玖が覗き込むように身を乗り出す。
誠斗のスマホには、……ヤキとニクとスシラーメンに揉まれる羽玖の画像。

「ンッ!?」
「犬」
「犬じゃなくない!?なんでそれ持っ、あっ瑛汰くんだな!?」
「犬だろ」

バッと手を伸ばした羽玖に、誠斗がスマホを頭上に掲げて遠ざける。当然そうなっては届いたもんじゃなく、羽玖も誠斗の胸に縋りつくような形になった。

「ちょまじ性格わるい!アホづら恥ずかしいから消して!」
「ンだよ、犬かわいいだろ」
「かわッ、っ、も、誠斗さん!!」

ざわ……とどよめく周囲など、羽玖にはもう見えてない。
誠斗のスマホに自分の画像がある。かっこよくキメたやつとかじゃなく、ばあちゃんちで瑛汰相手に気の抜けたアホづらで笑っている自分。死ぬ。

「由之にも送られてたぞ」
「由之先輩はいいの!」
「は?」
「あ!?」

結局のいつものやりとりで、ふん、と鼻を鳴らした誠斗が、むんずと羽玖の頭を掴んでぐるりと教室方面へ向きを変えた。そのまま、ぐい、と羽玖を押し出しながら。

「由之と飯食うが」
「っえ、僕も行く!」
「……食堂な」

それだけを言って、トンと頭を放す。かと言って歩き始めるでもなく、そのまま扉に肩を預けてだるそうに待つ大柄な男。

慌てて弁当とお茶を手にした羽玖も、すぐに踵を返して誠斗の元へと駆けて行った。

「ねえ!さっきのまじ消して!」
「俺の親にも見せたぞ、犬」
「だぁっ、犬じゃなくて!!よ、余計なのが写ってん――……」


――のまま、ぎゃあぎゃあと遠ざかっていく、羽玖と誠斗。

取り残されたのは、噂の張本人を見てみようと、教室前に集まっていた野次馬各位。

「……あれ……?」
「なん……仲良くね……?」
「"高遠使い"だ……」

合っているのか合っていないのか、耽美な噂が霧散していきそうなやりとりに、静まり返る群衆。


また、食堂でも。


「……ああ、あれね、僕も持ってるよ、写真」

と正面の由之ににこりと言われ、羽玖沈没。正確には、食堂のテーブルにごちりと額を置いた。

なんてこった。誠斗との売り言葉に買い言葉だと思ったら、本当に由之のスマホに自分が子犬にもみくちゃにされている画像が存在するらしい。
むいむいとスマホを操作していた由之が、画像一覧から例のソレを開いて見せてくれる。

「ほら」
「うわあ……やだあ……」
「おめーさっきは由之はいいって言ってたろが」
「そりゃ高遠先輩よりは由之先輩のほうがまだいいっすけどぉ」

隣で背もたれに身体を預けていた誠斗が、ごん、と膝を当ててくる。いてっ、と羽玖が小さく言うのと同じタイミングで、身を屈めるようにして誠斗が顔を寄せてきた。

「おい、"誠斗さん"だろが」
「アッ!?ンッ!?」
「あはは、羽玖くんそっちで呼んじゃったの」
「えっ、んん!?」

赤くなったり青くなったりと忙しい羽玖の眼前に、横合いからまた誠斗のスマホが伸びてくる。

「動画もあるぞ」
「ぐっ……ねえほんっとまじ一回黙って……!!」
「羽玖くん、子犬たちの名前教えてよ」
「あっはいそれは、でも待って先にこっちの傍若無人のスマホぶっ壊していいですか……!」
「あ゙?」
「は!?」

バチバチと言い合う羽玖と誠斗、そしてその向かいで楽しそうに肩を揺らす由之に、食堂の視線もやや集まる。

――この日を境に、耽美でちょっとくだらない噂は、あまり聞かれなくなったらしかった。