こじらせ羽玖くん、こちらです【全22話】


五藤羽玖(ごとうはく)はこの春から、晴れて従兄弟の瑛汰(えいた)と同じ高校に進学することができた。

瑛汰はいわゆる優等生というもので、顔も良くて優しく、羽玖にとっては親戚ながらに自慢の兄貴分。
けれど羽玖の目的は、その瑛汰ではなく――瑛汰のインスタによく出てきていた誠斗(まこと)だった。

この誠斗という男がまた、羽玖いわく『名前からしてシブい』。
瑛汰の幼なじみであり、しかしインスタではいつもしかめっ面で、常にすべてがつまらなさそうな強面。
硬派を通り越して人嫌いの面倒くさがりらしく、それなのになぜ仲良しなのかと羽玖が瑛汰に聞けば――。

『趣味も性格も違うけど、気が合っちゃうんだよなぁ』

――と、羽玖にとってみればなんとも羨ましい返事。
ならば自分もこの"誠斗さん"と仲良くなりたい、と羽玖が瑛汰に猛アプローチをかけたのが中二のこと。

『じゃあうちの高校おいでよ』と瑛汰に言われ、死ぬほど勉強頑張ったのが去年のこと。

成績が全校一位の瑛汰に勉強を教えてもらったことにより、ギリギリ滑り込み――どころか、めちゃくちゃ余裕でお受験に合格できてしまったのが今年の春。

念願の高校一年、六月の中間テストで羽玖の成績が全校二十位に入り込み、誠斗の目の前に立っているのが今。

「誠斗のアテンドにどうかな。アテンド無しのリードは評価に響くし」
「あ゙?いらね」

――訂正、こちらの目も見ずに"いらね"判定されてしまったのが、今である。

「誠斗ぉ~……去年も一人だったんだから……」
「おめぇが無理やり制度に入れたんだろうが。俺は入るつもり無かった。アテンドもいらねぇ」
「…………」

瑛汰が、申し訳なさそうに羽玖を見る。……羽玖は、もう肩をプルプルとさせて俯いていた。

「――ぼ、僕だってアンタみたいな奴……!」
「羽玖……!?」

チッ、と盛大に舌打ちをして、誠斗が踵を返していく。その足音はいかにも機嫌が悪そうで、やはり羽玖を気にかける様子もなくて。

ぽつんと取り残された廊下で、瑛汰がわずかに肩を落とし、羽玖を覗き込むようにして身を屈めた。

「……ごめん羽玖。アイツ誰にでも――」
「かっ――こいいね……!?」
「んんんブレないね……!?」

鼻息荒く見上げた羽玖と、やや呆れたように笑う瑛汰の目線が合う。

シブい、男前、かっこいい……!
無造作に後ろに流している髪も、常に皺の寄った眉間も、誰も近づくな、みたいなあの態度も!
不良っぽいくせに実は全校四位の成績も、プリンス的な瑛汰くんと並んでも見劣りしないスタイルも、ちょっと掠れた声も全部かっこいい……!!

ふんふんと息巻く羽玖は、二年間スマホの画像越しに眺めてきた"推し"の生の声と姿に、……大変、興奮しきっていた。

「声もかっこよかった!」
「うんうん」
「全然僕のこと見てくれなかった!」
「うん……うん?」
「絶対こっち見てもらうんだ……!!」
「ブレないね〜」

盛り上がる中、近くを他の生徒が通りかかって、パッと羽玖が瑛汰のそばから離れる。
自分たちが親戚だということを、誰かに言うつもりは無い。何故なら瑛汰が、男女問わず大変おモテになるためである。

羽玖の高校生活は"誠斗さんと仲良くなるため"に存在するのだ。貴重な時間を"親戚なら紹介して"やら"仲取り持って"の仲人として消費するつもりはゼロ。

(僕らは他人……!)

ちら、と隣の瑛汰に目配せすれば、……はいはいとでも言うかのように瑛汰が肩をすくめる。
羽玖は、誠斗が去っていった廊下の向こうに視線をやっていた。

――ひとまず今日は会えた。
僕の顔は見てもらえなかったけど!
多分名前も知ってもらえなかったけど!

緊張しすぎてすんごい印象悪いこと言っちゃった気がするけど……!!

L&A(エルエー)制度】の紙を手に、羽玖は一年の学年棟へ、るんるんと廊下を戻って行った。



この高校には、【L&A制度】なるものがある。

教室へ戻って席についたあとも、羽玖はその案内の紙を机の上へ置いたまま、授業が始まる直前まで眺めていた。

――礼法・規律・対人対応・統率・補佐などを学ぶ学内制度。うーん、固い。
――全校成績一位~十位が"先導生"で、これが通称リード。うん、これはわかる。
――成績十一位~二十位が"補佐生"で、こっちがアテンド。うんうん、わかる。

(リードとアテンドは一対一……アテンド側からリードを指名して、希望者が重なれば選考……)

選考に落ちた場合は別のリードを選び直すか、最悪制度への参加を諦めてもいい。
口は閉じたまま、羽玖は頭の中で制度案内を読み進めていた。

この制度については、瑛汰から前にも聞いていた。
けれど、こうして自分が所属資格を満たしてから読むと、書いてあることの意味が全然違って見えた。

羽玖は二十位。制度への所属ぎりぎりである。それもこれも、すべて瑛汰との猛勉強のおかげ。

(とはいえ全校で二十位だよ。めっちゃすごくない?僕)

ふん、と羽玖が小さく鼻を鳴らす。
これにより、目的はもう半分くらい達成したと言っていい。

(あとは誠斗さんのアテンドになれれば……)

そこまで考えて、羽玖の脳裏にさっきの「いらね」が蘇ってきた。
低くてちょっと掠れた声だったな、と一瞬思考が滑りかけて、いやそうじゃない、と紙へ視線を戻す。

この制度、成績が所属条件に達したからといって、必ず参加しなければいけないものではない。部活のようなものでもなければ、生徒会のようなものでもない。

それでも誠斗が所属しているのは、瑛汰が「誠斗に協調性を学ばせるため」と教師らを説得したんだそうな。
結果、アテンドなんかいらねぇリードが爆誕しているわけである。

(……うける……)

大変うける。羽玖の口元が緩んでしまう。
アテンドが欲しくても指名されないリードもいるだろうに、所属しておきながらアテンドなんかいらねぇってことある……?と。

去年もいなかったということは、恐らく本当にいらないのだ。
瑛汰からも「去年も希望者ゼロだった」と聞いているし、羽玖のことだって一度もまともに見なかった。

ううむ、と羽玖が唇を引き結ぶ。

……されどこちらとて、齢十六のか弱い男。
あれだけはっきり「いらね」と言われておいて、数日後に正式に指名しました、よろしくお願いします、と正面から行けるほど心臓は強くない。

(……もっかい断られたらどうしよう)

そこだけを考えると、さっきまで上向きだった気分が一気にしぼんだ。

だって、さっきすでにお断りされた。
とすれば愚直にもう一度突撃していったとして、誠斗が頷いてくれるかどうかなんて全然わからないということ。

一応制度上はアテンドがリードを選ぶのだから、誠斗の意思は……、

(……関係あるのかないのかちょっとわかんないけど……)

……でも彼なら、そんな決まりなど関係なく、普通に「いらね」と言いそうだ。
今日の感じでは、羽玖の話なんて聞いてくれそうにもない。

(うわぁ……それは嫌だなぁ……)

せっかくここまで来たのに、始まる前から終わるのは嫌だ。

授業開始のチャイムが鳴って、羽玖は慌てて紙を教科書の下へ滑り込ませた。


数学の担当教員が教室へ入ってきて、前の黒板に今日の日付を書き始める。羽玖もノートを開いてペンを持ったものの、気づけばページの端に小さく「L&A」と書いていた。

その下に「指名」。

さらに少し間を空けて、「瑛汰くん」。


……――ハッ、うん!!


思いついた瞬間、羽玖はぴたりと手を止めていた。

(瑛汰くんを指名するふりをしてみるとか……!)


我ながら何を思いついたのかと、羽玖は思った。

もちろん、本当に瑛汰のアテンドになるわけではない。
瑛汰は去年も人気があったらしいし、今年だって希望者はたくさんいるはず。表向きだけでもそこへ混ざっていき、普通に選考を落ちるふりをする。

そのあとで、まだアテンドの決まっていないだろう誠斗へ、瑛汰から勧めてもらえばいい。
誠斗のL&A制度への所属を押し通した瑛汰の推薦だ。これは――通る。

(……そうすれば僕は、自分から表立って誠斗さんを指名していない……!)

自分は瑛汰を希望したけれど選考に落ちて、渋々誠斗のところへ回された一年生。

誠斗はアテンドなんかいらなくても、一位の幼なじみにアテンドを押し付けられて渋々引き受けてくれる……かも。

(……完璧では!?)

かなり完璧。さすが僕。秀才。全校二十位。――羽玖が、こくこくと頷いた。

これなら誠斗にまた「いらね」と言われても、僕の意思じゃありません、一位先輩に言われたからです、と堂々としていればいい。
少なくとも、羽玖が二年以上も前から写真を見て、かっこいいかっこいいと言っていたことはバレない。

そこまで考えたところで、先生が黒板の前からこちらを振り返ったので、羽玖は慌ててノートの端を手で隠した。

授業が終わるまでの残り時間で、きちんと数学の問題も解いたし、先生に当てられた問いにも答えた。何故なら全校二十位なので。このクラスではかなりデキるほうなので。

でも頭の片隅ではずっと、さっき思いついた方法を転がしていた。

(瑛汰くんなら協力してくれる)

中二のときから羽玖が『誠斗さんと仲良くなりたい』と転げまわっているのを知っているし、この高校へ来れば会えると教えてくれたのも、L&A制度のことを教えてくれたのも瑛汰だ。

(……問題があるとすれば……)

どうやって瑛汰と作戦会議をするか、だ……。

親戚だとはバレたくない。校内で瑛汰のところへ行くのが一番手っ取り早いが、羽玖にとっては無理寄りの無理。

ただでさえ、瑛汰は目立つ。
今日だって廊下で少し話しただけなのに、近くを通った生徒がこっちを見ていた。
あれを何度もやっていたら、そのうち自分たちが知り合いだと気づかれてしまう。……まして親戚だと知られたら面倒くさい。

自分は誠斗と仲良くなるためにこの高校へ来たのであって、瑛汰に近づきたい者たちの受付係になるために来たわけではないのだ。

「…………」

――まぁ、無難にメッセかな、と……羽玖は一つ、肩を落としていた。