元ヤンの血が騒ぐのは鈍感な先輩のせい

 もやもやした感情のまま、気づけば金曜日になり撮影は終了した。

 俺はぼんやりとしたまま泉水の言葉を聞いていた。
 他の人も彼女の子の撮影にかけていた必死の熱意を語り、涙を流して感極まっていた。

 泉水の後は主人公の梅浦君が短い挨拶をし、続いてヒロイン役の藤門が言葉をつづる。

 達成感に包まれた中、俺だけどこかもどかしい感情でいっぱいだった。

 泉水が俺のことを好きかもしれない、梅浦君が好きだと言ってくれた。
 泉水は女の子、梅浦君は男の子。
 泉水は去年から知っている、梅浦君は今年から。

 二人を比較してもなんにもならないのに、今はとりあえず何かを考えていないと気が収まらない。

「小栗はこのあと打ち上げ行く?」

 後ろから泉水が声をかけてくれる。
 彼女はさっき前に立った時に、感極まって泣いていたから目がまだ腫れている。
 必死に頑張っていたもんな。スケジュール調整から役者の指導、やりたかったことを全部頑張ってやって見せた。

 この人は立派だと強く思う。

「行くよ」
「そっか。ねぇ小栗」
「ん?」
「打ち上げの後、話があるんだ」
「……帰りでいい?」
「うん」

 彼女は緊張した様子でそう言っていた。
 この時の俺は、さすがに何かを察してしまった。

 いつもの明るい彼女ではなく、何かを決意したけれど不安そうなあの表情は、多分……

「緋色さん!」

 今度は梅浦君が前からやってきた。

 彼の手には大量のお菓子で溢れている。

「それ、みんなからもらったの?」
「はい、緋色さんにあげます」
「いや、俺はなにもしてないよ」

 遠慮して彼が渡してくれるお菓子を手に取れない。
 彼は不服そうに、一つのお菓子の包みを破いてチョコレートを取り出す。

 それを食べるのかと思いきや、俺の口の中にすばやく入れてしまう。

「っめうらくん!」
「俺が緋色さんにあげたいんすよ! もっと食ってください」

 梅浦君は容赦なく、お菓子を取り出しては俺の口に放り投げてくれる。

 口の中がチョコレートでいっぱいになり、甘い香りに包まれる。

 俺はこの状況がなんだかおもしろくて自然と笑いがこぼれた。
 梅浦君もつられて笑っていた。

 二人でしばらく笑っていると、打ち上げ場所に向かうため泉水に呼ばれる。
 二人で横に並んで歩き、バスに乗る。

 他の人がたくさんいるというのに、俺はずっと梅浦君と話していた。

 打ち上げは焼肉の食べ放題だった。
 四人席が四つあり、お店に入った順番で奥から席を詰めていく。

 自然と俺と梅浦君は隣になる。
 まだ話せると嬉しくて、おそらく表情に漏れていた。

「小栗君! 君はこっち」

 藤門の声ですっと、テンションが下がった。

 彼女はいつものように上品に笑っていて、周りから見たら可愛いって思われるのだろう。
 しかし、俺からしたら意地悪に微笑む悪魔のように見えた。

「天音と小栗君は隣でしょ。監督と助監督なんだから」
「でも、別に席だし」
「小栗君の席は準備されてるよ!」

 藤門はすっと一つの席を指さした。

 たしかに二つの席がまだ空いている。他の席はすべて埋まっていた。
 泉水は店員さんと立ってやり取りをしているからまだ座っていない。

 これは藤門がやったことなのだろうか。

「小栗さんはあっちの席の方が楽しいんじゃないでしょうか?」

 悪意なく、目の前に座っている後輩の一人がそう言う。
 この子とは確かにあまり話したことがない、けどだからこそ今話せるっていうのもあるんじゃないのか。

「桜子ー、席決まったー?」

 店員と一緒にこちらにやってくる泉水。

「うんー、天音はそこで、となりが小栗君ね」

 さらっとそう言うと、泉水は「おっけ」と軽く言って席に座る。

「ほら」

 藤門の目の圧にやられて、俺は力なく立ち上がってしまった。
 隣の梅浦君の顔を見れなかった。

 ただ無意識に彼の手を、最後まで握っていたのを離れるときに自覚した。

 手が離れるときに、やっと梅浦君と目が合う。

 彼は自分の手を大切そうに自分で握って微笑んでいた。

 そのあとどうやって席まで座って、なにを泉水と話していたかはあまり記憶がない。

 お肉がたくさん机に運ばれて、ひたすら焼いて食べて、泉水から話題を振られて適当に答えてそれから……

 藤門のとなりで笑って話す梅浦君から目を離せなかった。

 他の一年生もいるから笑っているだけなのだろうか。
 いつも藤門には冷たい反応をして表情が硬いのに、今日は穏やかに見える。

 何楽しそうに話してるんだよ……

 あー…すっごく嫌な気分だ。
 
 なんでこんなに腹が立つのだろう。
 焼肉の味がしないのもイライラするし、藤門と話している梅浦君を見るだけで、頭が割れるくらい痛くなる。

「小栗、大丈夫?」

 隣の泉水が心配そうに顔を覗いてくる。
 それすらも今は鬱陶しいと感じてしまった。

「大丈夫だよ」
「そ、っか」

 泉水は何も悪くないのに、俺の態度が失礼すぎる。

 あーどうしてこんなにイライラするんだろう。
 他の人が会話を盛り上げてくれるのに、全く会話に集中できない。

 ただただ梅浦君と藤門を見てしまう。

 藤門は梅浦君と付き合いたいと言っていた。
 さっきの目の圧は「協力しろ」と訴えているように見えた。

 あんなかわいい人に言い寄られたらさすがに梅浦君も……
 徐々に好きになっちゃうのかな……

 そんな考えが頭に浮かんできて、どんどん胸が苦しくなっていく。
 なんだよこれ……本当に最悪。


 ***


 食べ放題の時間が終わり、ぞろぞろと店から出ていく。
 泉水だけ会計のためにお店に残り、なんとなく店の駐車場で溜まっていた。

 梅浦君は相変わらず藤門にロックオンされている。

 彼女はお酒を飲んでいたのか頬がほんのり赤く、いつもより色気をむんむん出している。
 梅浦君がさっきと変わらず、二人きりだというのに普通に接していた。

 やっぱり気が変わったのだろうか。
 俺じゃなくて藤門の方が、多分お似合いなんだろうな。

「みんな今日はありがとー! じゃあ解散ー!」

 泉水がそう言い、他の人は各々駅へ向かう。

 俺はぼんやり梅浦君を見つめている。

 彼はまだ藤門と喋っていて、まだ帰る気配はない。