元ヤンの血が騒ぐのは鈍感な先輩のせい

「え、脚本変えたの?」
「うん、最初は男女のイチャイチャを書きたかったけど、梅浦君初めてなのにハードルが高いの要求しちゃった。だからピュア物語にします!」

 梅浦君の家を出てバス停で待っていると泉水から電話がかかってきた。
 脚本を変えたから演技の練習はちょっと待ってというものだったが、今日は演技の練習をせずに帰ってきたことを伝える。

 彼女はひどく驚いて理由を聞いてきたが、俺自身もなぜ帰らされたのかよくわかっていない。

 ただ梅浦君は怒ったように「今日は一旦帰ってください! また明日からお願いします!」と鋭い目つきで言ってきた。
 彼を不快な思いにさせてしまったのは悪かったと思うが、一体どこが彼の地雷だったのだろう。

 帰り際は怒っているのにちゃんとお辞儀をしてくれた。
 怒っていても礼儀正しさが残る彼の姿は正直面白くて笑いそうになってしまった。
 
 とっても不思議な子が入ってきてしまった……

 その話を泉水に話すと彼女は壺にはまったのか、しばらく笑い続けていた。
 やっぱり攻めた発言は無くして、完成したらラインで送ると伝えて電話は終わった。

 帰宅してすぐにお風呂に入り、ご飯を食べているときに泉水からできあがった脚本が送られる。
 すぐに内容を確認すると、母親に「スマホを見ながらご飯を食べるな」と怒られる。
 すぐにスマホをしまってご飯を口に放り込み、まっすぐ自分の部屋に向かっていった。
 ベッドの上でスマホを開いて送られてきたファイルを確認する。

 題名が【白い彼岸花】と変更されていた。
 前の題名は少女漫画にありがちで可愛いかったのに、急に路線変更していてさすがに驚いた。

 中身を読むと、大まかな流れはあまり変わっていない。
 ただ主人公の性格が随分変わっている。前はヒロインを口説くような甘いセリフばかり述べていたのに、今度は奥手で控えめで一途にヒロインを想う男の子になっていた。

 梅浦君の性格がつかみきれないから、どちらの主人公が彼に似合うのかはよく分からなかった。

 これから梅浦君と演技の練習が始まるが、俺は彼をどれくらい分かることができるのだろうか……


 ***


 二回目の会議終了後、梅浦君がまっすぐ俺の方へやってくる。

「緋色さん、今日から演技の練習お願いします」
「うん、よろしくね」
「梅浦くーん、前はうちの小栗が迷惑かけてごめんね」

 背後からぬっと顔を出す泉水。
 その瞬間、梅浦君の表情がゆっくり曇っていく。

「何を聞いたんすか?」

 彼の威圧的な態度に泉水は少しビビった様子で、俺の背中に隠れながら「梅浦君が水よりもBOSS派なのを理解できなかったって……」そう言った。
「は?」梅浦君の乾いた声が漏れる。

 泉水、俺は確かにそうは言ったけど……それを掘り返せばまた怒っちゃうじゃん……

「それだけっすか?」
「え、あと、なんだっけ?」
「もういいよ泉水、これ以上梅浦君を怒らせないで」
「別に俺は怒ってないです。何を話したのかだけ知りたいんです。泉水さん、他に何を聞きましたか?」
「いっや、水よりBOSS派が面白すぎて、他のもの忘れたかも」

 訝しげに俺と泉水を見つめてから、ゆっくりため息を吐いてから頭をポリポリ書き出す。

「緋色さんの捉え方って人よりずれてるんで、誤解を生まないためにも他人に俺との会話を伝えないでください」
「え、なにそれ」
「確かにー、小栗って鈍感って言うか、こっちが伝えたいこと全く伝わらない時あるよねー」
「泉水まで……」

 そんなに俺って鈍感なのか……?
 たしかに梅浦君の事よく分からないなーとは思っていたけど、他の人からしたら簡単に理解できるものだったりするのか……
 
 梅浦君と泉水の二人に言われるとなんだか説得力が増してしまう。

「でもさー、小栗の鈍感なところに癒されるよねー」
「俺は腹立ちます」

 泉水のセリフにかぶせるように梅浦君が突っ込んだ。

 腹立つって正直に言ってきたこの子……
 泉水もどう返事をすればいいのか迷っている。

 この雰囲気、一体どうすればいいんだよ……

「ねぇ梅浦君、今日の演技の練習、私も参加していい?」

 藤門が乱入してくる。
 いつもの上品な笑みのまま彼女は朗らかに突っ込んできた。

「いやっす」

 容赦ない拒絶にも彼女は笑顔を崩さない。
 俺と泉水だけが彼女の背後の異様なオーラにびくついている。

「んー、私は本番一発で成功できるとは思っていなくて、ある程度会話を練習したいんだよね」
「じゃあ泉水さんと練習して下さい。俺は緋色さんとやるので、緋色さんもう行きましょ」
「え、あ、ちょっと」

 俺の返事を待たずに梅浦君はすたすたと歩きだす。

 俺は焦って彼を追いかける。
 後ろの怖い笑顔の藤門は一旦泉水に任せておこう。
 ごめんよ泉水!


 ***


「今日は直近のシーン1の練習に付き合ってください」
「シーン1は、玲と成美が再会するところだね。ここの動きはあんまり難しくないから、セリフをいったん読み合せてみる? 俺がいったん成美役になるね」
「はい、お願いします」

 今日も梅浦君の自宅にお邪魔することになった。
 部屋は相変わらず寂しいものだった。

 二人ベッドに並んで座り、泉水が送ってくれたファイルを見ながら練習を始める。

『……成美?』

 彼の一声は寂しい部屋の空気を一変させた。

 いつもの彼の声で短いセリフなのに、事故で死んでしまった主人公が幽霊になり、元カノとの再会を果たしたときの描写を簡単に想像させてきた。

 彼の表現力に圧倒されながら、真剣な練習は始まったんだと改めて自覚をして自分のセリフを言う。

「なんで玲がいるの。死んだんじゃ」
『え、何言ってんの? 俺は、成美に会って渡すものが……あれ、何を渡すんだっけ?』
「あ、え、なにそれ、私疲れてんのかなー」
『違う、待って成美行かないで!』

 彼の切実な声は、玲の必死さを十分伝えてくれる。
 そして、彼は感情に乗せて、俺の腕をとっさに掴んだ。

 脚本にはないアドリブにすぐに対応できず、セリフのどこを呼んでいるのか分からなくなり止めてしまった。

「緋色さん、15行目です」
「あ、えっと。あぁここか」
「アドリブって駄目ですかね」
「んーん、すごくいいと思う。でも、先に腕とか触るなら藤門に確認しといたほうがいいかも。急にやったら驚いちゃうからね」
「藤門さんにはやりませんよ。緋色さんだからつい……」

 ん?
 俺はまじまじと梅浦君を見つめる。
 梅浦君も俺のことを見ていて目が合う。その瞬間、俺の腕を掴む力が強くなる。
 彼が一体何を考えているのか俺には理解ができなかった。

 あ、これって俺が鈍感だからなのか……

「……ごめん」
「え?」
「俺が鈍感だって自覚はあるんだよ。なんで今やったアドリブを本番にやらないのか理解できないし、俺は君の行動を理解できないことが多すぎる。他の人はもしかしたら分かっているのかもしれないけど、俺は分からない」
「……」
「俺が理解できないせいで君が怒って、主人公をやめるとか言い出しそうでちょっと不安なんだよね。結局前に怒ってた理由もちゃんと分かってないし、ほんと、察するの下手でごめんね」

 後輩に真剣に謝ることってなかなかないと思う。それでも自分の不甲斐なさが嫌でとっさに謝罪してしまった。

 しばらく梅浦君は何も言わずに目を逸らして黙っている。

 やっぱりこんな先輩に呆れただろうか。
 やっぱり練習するなら藤門の方がいいんじゃないか。あいつは人が何考えているのか察するのが上手だ。
 だから場の空気が悪くなりそうなときにうまく立ち回ってくれる。

 いつも笑顔でちょっと怖いけど、しっかり者で頼りになる先輩のはずだ。

「やっぱり藤門とやった方が、梅浦君にはいいと思う」
「だから、俺はあの人じゃなくて緋色さんがいいんです!」
「どうしてそこまで俺にこだわるの? 俺より藤門の方が絶対にためになるし、やりやすいと思うんだけど」
「だから……」

 喉から絞り出すような声で、彼はうつむきながら呟く。


「俺が緋色さんのことが好きなんです」


 好き? どういうこと?

 俺は訳が分からず戸惑って何も言えずにいると、梅浦君はしびれを切らして「あぁぁ!」と唸ってしまう。

「梅浦君大丈夫?」
「今、告白したんです!」
「え?」
「俺が緋色さんのこと、恋愛の意味で好きって言ったんです」

 俺はまだ理解ができない。
 だって恋愛の意味で好きって? なんで梅浦君が俺を? 
 俺はまだ混乱していて、何も言えずにただ頭を抱える。

「俺は先輩とキスしたいってことですよ!」
「え、え、え、ききききす!?」

 魚のキス? いや、この流れは絶対に違う……
 恋人がするキスのことに決まっている。余計に意味が分からない。
 だって俺男だし、男と男が恋人になることは現代であり得る話だけど、俺が好かれる理由が全く分からない。

「俺とキスって、冗談でしょ……」
「できますよ」

 そう言うと、彼はすっと顔を近づけて至近距離で見つめてから、ゆっくり唇を重ねる。

「……柔らかい」
「……煽ってんの?」
「いや、まったく。唇ってこんなに柔らかいんだ。初めてだから、びっくりしちゃって……」

 梅浦君の顔が目の前にあり、彼の視線から逃げることができない。
 顔の温度が急速に上がっていくのを感じる。

 彼の吐息が顔に触れてくすぐったい。
 それよりも彼の鋭い視線でどんどん鼓動が痛いくらいに速まっていた。

 なにこれ、なにこの感じ……こんなの知らない。

 本当にキスしてきた。
 彼の様子からからかっているとは思えない、多分彼は本気だ。
 それなら俺は、何をするのが正解なんだ?

「緋色さん、なんすかその表情」
「え?」
「誘ってるんすか?」
「誘うって、誘う訳ないだろ! てか、なんだよ急にキスしてきて! びっくりしたじゃないか!」
「だって、こうでもしないと先輩気が付かないでしょ」

 梅浦君はやっと体を後ろにそらして、俺から距離をとる。

 ほんの少し長く顔が近い時間が続いていたら、心臓が早すぎて爆発するんじゃないかって思った……

「緋色さん、俺のこと好き?」

 彼は真剣な表情でそう聞いてきた。
 俺はやっぱり返事をすぐに出せなかった。だって、嫌いではないけど、恋愛的に好きとか急に言われても分からない。
 だって、梅浦君は男だし、それに……

「俺、人を好きになったことがないから恋とか分からないんだよね。だから梅浦君のことが好きなのか分からない。中途半端な状態で簡単に答えたくないかも」
「先輩らしくて安心しました。全然いいっすよ。これから先輩が俺のことを好きって自覚できるよう頑張りますから」

 彼は初めて朗らかな笑みでそう言った。
 なぜかそれに胸が締め付けられる感じがする。

 やっぱり彼のことが分からない。
 俺はこの子のことをちゃんと理解できるのだろうか。
 恋だって自覚することはできるのだろうか……