元ヤンの血が騒ぐのは鈍感な先輩のせい

 大学生の夏休みがあと二週間でやってくる。
 今年の夏はどこに行こう、何をしよう。

 そんなことを呑気に考えながら、教室でスマホを開き、サークルのグループラインを開いた。

 一か月前、夏休みに撮影する映画の脚本を募集し始めた。
 今のところ誰も案を出してくれず、正直途方に暮れている。

小栗(おぐり)ー、今日22行く?」

 22とは、サークルの部屋のことだ。22号室だから略して『22』と呼んでいる。

「行くよ。泉水(せんすい)は?」

 泉水天音は、俺と同い年の女子で、サークルの副代表を務めている。
 こいつとは高校からの仲だが、ちゃんと話すようになったのは大学からだ。

「行くに決まってるじゃん。脚本の方どんな感じ? 何作品応募来てる?」
「ゼロ」
「う、嘘でしょ! ゼロ?」

 呆気に取られて、分かりやすく目をきょろきょろさせている。

 彼女の態度は分からなくもない。
 去年サークルに入ったときから、このサークルには脚本を書いてくれる人が圧倒的に少なかった。
 脚本がなければ何も始まらないから、今の状況はかなりピンチだ。

「さすがに急いで脚本書かないと、夏休み間に合わないよ」
「仕方ないから、俺が脚本作っとくよ。他の人が出さないってことは何でもいいんでしょ」
「待って。まさかまたサスペンス?」
「え、うん」
「ダメっ! それはダメ!」

 腕で大きく×を作る泉水。彼女の必死ぶりにさすがに俺は動揺した。

「な、なんで? 別に今までのやつ問題なく撮れたろ」
「ちがう。小栗の脚本はすごい、けど、サスペンス三回連続はさすがに飽きる……」
「えー、じゃあ泉水が作れば? サスペンス以外って何があるんだよ」

 泉水は少し考える素振りをしてから、頭の上に豆電球がひらめいたみたいに何かを思いつく。

「恋愛映画撮ろうよ!」
「……誰がやりたがるんだよ」
「誰も出してないから、何でもいいってことにしよ!」

 満面の笑みで泉水はそう言う。
 たしかこいつ、ラブストーリー大好きだったな……

 でも恋愛ものか……

「演者はどうするんだ。恥ずかしくてやりたい人限られてくるだろ」
「ヒロインはきっと桜子がやってくれるよ」
「藤門さんかー。でも男子がなー……二年生に役者少ないし、無理かもよ」
「……やらない方向に持ってこうとしてるでしょ」
「ばれた?」
「このやろっ」

 泉水の拳が俺の肩にまっすぐぶつかる。
 遠慮のないグーパンのせいで俺の肩はじんじんと痛み出す。

「痛っ、手加減しろよー……」
「たまにはジャンル変えていこ! 脚本は私が今週中に完成させる! 小栗は主人公の男子を探すだけでいいから!」

 主人公の男子を探すだけでいいからって……それが一番難しいんだってば。しかも恋愛映画だし……

 誰がやってくれるんだ……


 ***


 二年生の演者はゼロ、三四年生の演者をやっていた先輩にラインで聞いてみても誰も引き受けてくれない。
 交渉が一筋縄ではいくはずがない。
 今までとは全く違った路線の映画で主人公だなんて……

 あとは後輩に聞くしかないか。
 ……一年生の連絡先一つも知らない

 22に来る一年生が少ないし、直接会いに行かないと交渉はできない。

 同じ社会学部の中に一年生が何人かいた気がするな。
 ぼんやり大教室の中を見渡す。ふと、斜め前に座っている男子に視線が止まった。

 茶髪でサラサラな髪の毛。サークルの一年生じゃないか!
 四月の新入生歓迎会のときに少しだけ話したな。

 名前は確か、梅浦朱里(うめうらしゅり)
 周りの一年生から朱里と呼ばれていたな。

 茶髪でネックレスも大き目のをつけていたから勝手にチャラいイメージを抱いていたが、授業はちゃんとノートにメモするタイプなんだ。ちょっと意外。

 授業が終わったら話しかけにいこう、と決心すると不意に目が合った。

 大きな瞳は俺の視線を吸い込んでしまうようだった。
 目も茶色なんだ、そんなことを考えていたら目をすぐに逸らされた。
 気づかれた……? ちょっと話したから覚えていてほしいけど、覚えてなかったらどうしよう……


 ***


「梅浦君、だよね。俺のこと覚えてる?」
「……」

 後ろから声をかけたのが悪かったのだろうか。
 警戒心マックスな猫のように鋭い目つきで睨まれる。

 こっわ………!!!!!

 無理だ、この子はダメだ……

「あ、緋色さんじゃないっすか。こんにちは」

 ぱっと目つきが元通りになり、小さく頭を下げる。

 礼儀正しくて好感度が上がってしまう、さっきの怖い目とのギャップがすごいな……

「こんにちはー、突然話しかけちゃってごめんねー。急なんだけどさ、梅浦君って役者興味ない?」
「ないっす」
「だよねー」

 やっぱり一年生は急に演者をやるなんてハードルが高いに決まってる。

「他の一年生で演者やりたいっていう子いたりする?」
「いやー、聞いたことないっす。みんなだいたいカメラって言ってるっす」
「そうだよねー」

 最悪、俺が演者をやるしかないのかもしれない……
 あんまり乗り気じゃないけど、散々俺のやりたいことに付き合ってくれた泉水に申し訳ないし……

 腹をくくるしかない、か……

「演者見つからないんすか?」
「うん、次の映画が恋愛でね、主人公を探してるんだよ」
「いなかったらどうするんすか?」
「まぁ、俺がやることになるかな」

 そう言うと、突然梅浦君は席を立ちあがる。

 俺は小柄な男子な方で、身長は170に届かない。梅浦君は、この身長差だとおそらく180近くあると思う。
 まさかこんなに彼の身長が高いとは思わなかった。

 この子、喉ぼとけが立派だなーとぼんやり考える。

「やります」
「……え?」
「演者、やります」
「お、お、おー! ありがとぉぉ!」

 どういう経緯で考えが変わったのかは知らないが、まさか了承してくれるなんて!

「緋色さん、俺は演技が初めてなんすけど大丈夫っすか?」 
「全然大丈夫! 練習すれば、いけるよ」
「……付き合ってください」
「ん?」

 梅浦君はまっすぐ俺のことを見つめた。

「俺の演技の練習に付き合ってください」
「おっけおっけ、一緒に頑張ろう!」

 俺はそう言って穏やかに微笑んだ。
 それなのに、梅浦君は浮かない表情をしていた。

 少し不服そうな、拗ねた表情で俺をまっすぐ見ていた。

 何か気に障るようなことをしてしまっただろうか……

「本当に大丈夫?」
「はい、練習付き合ってくださいね」

 そう言って深くお辞儀をした。
 よく見ると、ピアスが片耳三つついている。

 見た目と礼儀正しさのギャップにまだ追いつけない。
 前話したときは、あまり会話に入ってこないから寡黙な子かと思っていた。

 前は緊張していただけなのかもしれない。

「それじゃあ、連絡したいからラインを交換してもいい?」
「喜んでっ」

 喜んで? そんな栄誉のあることみたいに目を輝かせるなんて、さすがに違和感がある。
 この子、言葉選びが独特なのかな……?

 すぐにスマホを取り出してラインを交換する。

「ありがとうございます、これからお願いします」
「がんばろーね」

 丁寧な子だなぁ。

 梅浦朱里の最初はそういうイメージだった。
 しかし、関わるうちに彼の本性が明かされて言った。