女ー男じゃない!

 西側から来た私にとって、体育祭というのはただの賑やかな行事の一つだった。

 でも、東側の学校で迎えるこの日は、明らかに雰囲気が違っていた。
 それは行事というより、男子が主役になるために用意された晴れ舞台だった。

 グラウンドをぐるりと囲む応援席では、女子たちが色とりどりのメガホンやタオルを手にしている。

 前列に陣取るのは応援団だろうか。
 「チア」と呼ばれる彼女たちは、スカートではなく、動きやすそうなワイドパンツ姿だった。

 風をはらんで揺れる布は、脚線を隠す代わりに、軽やかさだけを残している。

 私は、その光景をどこか実感が湧かないまま眺めていた。

「西側の体育祭って、女子も競技するんでしょ」

 椅子を並べている最中に、志織が何気なく聞いてきた。

「うん。さすがにそこは同じだと思ってたから、驚いちゃったよ」

 志織は、やっぱりと言いたそうに笑った。

「東側は違う。男子は走って、投げて、身体を動かす側。俺たち女子はそれを支えて、全体を動かす側。最初から役割が決まってる」

 合理的、と言えばそうなのかもしれないけれど、私たち女子が輪の外に置かれているようで、すんなりとは頷けなかった。

 開会の合図とともに、最初の競技が始まった。

 グラウンドが揺れるくらい、男子たちがドドドッ!と土を蹴って駆け抜けていく。

 最初の競技は、資材搬送リレーだった。

 重機用の巨大なタイヤを、数人がかりでひっくり返しながら進む。

 ズシンッ、とタイヤを地面に叩きつけるたびに土埃が舞って、振動が足の裏まで伝わってくる。

「きゃー!」

 あまりの迫力に、思わず隣の子にしがみついてしまったけれど、それでも目が離せなかった。

 よく見てみると、チアたちもただ踊っているわけじゃない。

 身体を大きく動かしながら、声や振りで合図を送り、男子たちを導いている。

「右、持ち上げて!」
「ここが勝負!」
「みんな合わせて!」

 それに続くように、応援席の女子たちもメガホンを掲げ、声と身体を揃えていく。

「せーの!」
「はいっ、はいっ!」

 私も初参加で要領が分からないなりに、皆のリズムに合わせてみる。

 その掛け声を受けて、男子たちが一斉にタイヤに力を込めた。

 やはり想像以上に重いのだろう。
 押し上げる肩に食い込むたび、男子たちの顔が歪む。

 土を踏みしめる音が揃い、息が荒くなる。

「……すごい」

 身体の奥から、じわりと熱が込み上げてくる。

 走っているのは男子だ。
 重いものを持ち上げ、土を蹴っているのも、前に出ているのも、全部。

 それなのに、私の鼓動はなぜか同じ速さで跳ねていた。

 声を出しているだけなのに、つい足先まで力が入る。

 息が詰まるほどの緊張感と、指先まで熱くなる胸の高鳴りに、もう外から見ているなんて感覚は消えていた。

 女子たちの声に合わせて、男子たちが動く。

 呼吸を揃え、間を詰め、力を乗せる。

 男子が前に出て、女子が後ろから押す。

 その繰り返しの中で、グラウンド全体が、一つの生き物みたいに脈打っていた。

 その光景に、私は不思議な高揚感を感じて息を呑んだ。

 これは、分かれてなんかいない。

 役割は違うのに、気持ちは確かに一つだった。

 普段教室では大人しい男子たちが、汗をかき、歯を食いしばり、声を掛け合って前に出ている。

「せーの!」
「まだまだ、あと半周!」

 命令でも怒鳴り声でもない、互いをつなぎ止めるための声だった。

 途中、足を取られた男子がいた。

 転びかけた瞬間、左右から別の男子が肩を支え、タイヤの位置をずらす。

 誰かを責める空気はなく、ただ前に進む姿に、心がじんわりと熱くなる。

 一人のヒーローが突き抜けるんじゃなくて、みんなで力を合わせて、大きな負担を受け止めている。

「みんな、あんなに笑うんだ」

 グラウンドの中央では、あの物静かな夏樹が、まるで別人のような咆哮を上げてタイヤに肩を入れている。

 土が跳ね、体操着があっという間に茶色く染まっていく中、笑っていた。

 背後で正確なリズムを刻む女子たちの声を、まるで最高の指示のように受け取って、迷いなく力を爆発させている。

 土埃を浴びた小春が、夏樹と肩を叩き合い、歯を見せて笑っている。

 教室では見せない剥き出しの笑顔に、少しドキッとした。

 やがて競技は、次の障害物リレーへと移った。

 低い柵をくぐり、壁を越え、重りを引きずって次へ渡す。

 力だけじゃなく、要領、間合い、呼吸が噛み合わないと進めない。

「あ、あの子早い!」

 その声に思わず目を向けると、細身で、とても力仕事をするようには見えない男子がいた。

 けれど重り役を終えた彼は、すぐに走者へ次の動きを伝えている。

「次、そっちの方が早いよ!」

 その一言で、先頭の進み方がわずかに変わる。

 体力がないから向いていない、なんて単純な話ではないようだ。

 ここでの役割というのは、できることを持ち寄って、全体を動かすことなんだ。

 グラウンドでは男子が体を動かし、応援席では女子が声で支えている。

 その中で、ふと志織がいないことに気づいて辺りを見回すと、隣の集会テントの下に姿を見つけた。

 気になって近づいてみると、志織はノートを広げて一心不乱に何かを書き込んでいる。

「志織君、応援しないの?」

「俺?してるよ」

 志織は微笑みながら、ノートを指で軽く叩いた。

「ちゃんと」

 意味は、まだ分からなかった。

 競技が進むにつれ、校庭の空気は熱を帯びていく。

 土埃と汗の匂いに包まれた中で、勝っても負けても、男子たちは笑っていた。

 グラウンドを駆ける彼らは、これから社会の現場を支えていくのだろう。

 声を掛け合い、手際よく動き、重いものを勲章のように運ぶ。

 考えるより先に身体が反応し、配置が決まる。

 ああ、これは先に型を渡されている動きなんだ、と思った。

 東側では、社会での立ち位置や役割を、言葉より先に身体で覚える。

 一方で、西側は型を急がずに可能性を見せ、あとから選ばせる。

 どちらが正しいというわけでもなく、ただ順番が違うだけだ。

 ゴールラインを越えた瞬間、男子たちはその場に倒れ込んだ。

 空を仰ぎ、肩で息をしながら、それでも笑っている。

 歓声が上がる。
 メガホンが鳴る。
 ワイドパンツの裾が、風に揺れた。