女ー男じゃない!

 高校二年生の中間テストと言うのは、ただの定期試験じゃない。
 今後の進路を決める重要な材料の一つになるから。

 それは東側だろうが西側だろうが、関係なかったみたいだ。

 あの菜月もテスト前は、他の女子たちと対策講習に出たり、自習室にこもったりしていて、正直退屈だった。

 ただでさえ普段から静かなのに、皆はまるで写経をする修行僧みたいな顔をして、黙々とペンを走らせていた。

 あのカリカリ、という音はどうにも落ち着かなくて苦手で仕方ない。
 檻の中で爪を研いでいるかのような鬱屈とした気持ちになってしまう。
 グラウンドの土を力いっぱい蹴り上げるような、もっと生命力のある音がすればいいのに。

 不幸なことに私たち男子も、学科試験は当然のように受ける。
 だが、本命は別だ。
 身体適性テスト。
 この成績こそが、将来自分がどの現場に立ち、どの重荷を背負うことができるかを示す、最も重要で誤魔化しのきかない指針になる。

 校庭で肺が焼けつくような持久走。
 体育館では反射神経の限界を試す反応測定。
 汗と砂まみれになり、これまで積み上げてきた力を出し尽くす。

 シャーペンの芯より先に、シューズの底がすり減る。
 机上に散乱する消しゴムのカスの量より、地面に染み込んだ汗の量で未来が決まる。

 最高に、私たちのやり方だ!

 そんなこんなで。
 現在は、中間テスト明けの落ち着かない昼休みに至る。

 廊下には二枚の紙が並んで貼り出されている。

 学科順位と、身体適性順位。

 どっちの紙の前に立つか、分かりやすいくらいに塊ができている。

 勿論、私が立つのは迷わずに右側だ。
 そう、身体適性順位。
 各項目、学年上位十位までの名前が並ぶ。

 判断能力――七位。
 持久力――十位。

「お、やっぱり小春ちゃん載ってるね」

 後ろからクラスメイトに肩を叩かれる。

「あの東部物流アカデミーに推薦で行けそうってのも頷けるよね。判断能力と持久力、二項目も入ってるの強すぎるよ」

「でしょー。マジ頑張った、私!肺の予備が欲しいくらい走ったもんね!」

 褒められるのは非常に気分がいい。
 数字は嘘をつかない、ふふふ。
 自分の居場所がここにあると、証明されたような気がする。

 ふと左を見る。
 そこには、学科順位の紙を囲む女子の集団ができていた。

「志織君、三科目もランクインしてるよ!」

「さすがだよな」

 驚きと称賛が混ざったような声に、志織は照れくさそうに笑っている。

「たまたまだよ。上には上がいるし」

 たまたま、か。
 その余裕たっぷりな台詞もいいな、言ってみたい。
 今すぐ誰か私に「小春ちゃん、なんでそんなに走れるの?」とか振ってくれないかな。
 むしろ自分から言っちゃおうかな、と思った矢先に志織が続ける。

「それよりも、こっちの方がすごすぎるよ」

 志織が掲示板の最上段を見あげた。
 そこには――

 ** 生物 一位 小泉菜月 **

「菜月ちゃん、一位!?あの、菜月ちゃんが!?」

 廊下に驚きとどよめきが広がる。
 信じられない、といった軽く失礼な声も混じっている。

「えへへ。私、人の体とか生き物のことって、昔からなんか好きなんだよねー」

「なんか好き、で一位は取れないって!」

 一緒にアホな踊りをデュエットしていた菜月が、生物で学年トップとは。

 人は見かけによらない。
 いや、類は友を呼ぶとも言うし、つまり親友の私も同等にすごい、ということなのでは。
 うん、そうだった。
 疑う余地のない事実。

 そんな中、男子の一人が何かに気づいたように「ねえ、見てよ。あれ」と、掲示板を指さした。
 皆の視線が、普通なら決して見ることのない『学科順位』の紙へ集まる。

「物理、三位だって……」

 ** 物理 三位 小泉夏樹 **

 男子で学科ランクインは、彼一人だけだ。
 その常識を覆すような結果に、周囲がざわついた。
 ただ、それは称賛だけではなく、どこか戸惑いも混じった反応だった。

「異質っていうか、特別っていうか」
「普通は男子が学科に割く時間があったら、身体テストで頑張れよって感じだけどね」
「でも夏樹ちゃん、身体評価も全部平均以上なんだよね」
「そうなんだよね……」

 身体能力だって、どの項目も平均以上。
 頭一つ抜けてはいないが、きれいに隙がない。

 まあ私は、七位と十位なんだけどね。
 好敵手として夏樹は申し分ない。
 ふふふ。

 女子も当然、簡易的な身体適性テストは受けている。
 けど、数値そのもので順位をつけるので、こちらの紙に名前が並ぶことなんて、まずない。
 だから人だかりも、自然と左右に真っ二つに分かれるのが、いつもの光景だ。

 その空いた真ん中にポツンと立つ夏樹は、二つの世界の境界線みたいに、妙に目立っていた。

「文武両道ってやつか。スーパーマンだよね、あれは」

 誰かの言葉に、その場にいた全員が頷いた。

 しかし、当の本人はと言えば、喜んでいる素振りはない。
 むしろ何故か困惑しているかのような表情さえしている。

 おいおい、学科とは言え三位だぞ。
 はしゃいだってバチは当たらないだろうに、私なら嬉しさのあまりバク宙三回転だね。
 いや、もしかして事の重大さに気が動転してしまっているのかも知れない。

「夏樹ちゃーん、やってくれるねー」

 私は空気を変えるべく、明るい声をかけて彼の背中を叩いた。

「学者にでもなるつもりー?おいー」

「……」

 なんとも言えない空気だけが流れた。
 あれ、おかしいな。
 私の高度なジョークで、大爆笑が起こるはずだったのに。
 天才でも処理しきれないほど、私の進化が早すぎたのかもしれない。
 真の天才とは孤独だね。

 私はもう一度、右の紙を見る。
 七位と十位、私は私の場所だ。

 夏樹は、どっちの紙にも足をかけている。
 それが彼を自由にするのか、それともどこにも行けなくさせる、厄介な呪いなのか。

 でもまあ、そんな難しい話は、今の私には割りかしどうでも良かった。

 とりあえず今晩は、この数字をおかずに美味しいご飯が食べられれば、それで十分。
 なんせ七位とじゅ――