女ー男じゃない!

 まだ五月だというのに、窓の外から流れ込む風は春というより、もはや初夏のようだった。

 普段なら、休み時間でも姿勢を崩さないクラスメイトたちも、今日ばかりはさすがに暑さに負けたらしい。
 いつもは見せないような、どこか気の抜けた様子だった。

 特に女子生徒たちは詰め襟の上着をきっちり着込んでいるから、見るからに暑そうだ。

 上着を脱いでいる子もいるけど、下着が透けるのを気にしてか、ワイシャツの上から学校指定の薄いカーディガンを羽織っている。

 それがまた余計に暑苦しくて、見ているだけで、こっちまで汗がにじみそうだった。

 その点、私たち男子生徒はセーラー服だから助かる。

 通気性はいいし、動きやすい。

 もともと正装として受け継がれてきたものだと聞いていたけど、こういうときばかりは妙に納得してしまう。 
 
 歴史というのは案外、こうした実用性の積み重ねなのかもしれない。

 私――小泉夏樹は、椅子に座ったまま、ロングスカートの裾を両手でつかんで軽く持ち上げた。

 こもっていた熱が逃げてはいくけれど、この程度では焼け石に水だった。

「あっつい……」

 思わず顔をしかめていると、この暑さには不釣り合いなくらい軽やかな、堺小春の声が飛んできた。

「はいはい夏樹ちゃん、もっと効率いいやり方あるよ」

 小柄ながらも引き締まった体つきに、短く整えた髪。
 いつものいたずらっぽい目つきを浮かべ、ハンディファンのスイッチを入れる。

 そして、ためらいもなく、自分のスカートの中に向けた。

「ちょ、小春ちゃん。流石にそれは……」

 私が苦笑いで止めようとしたところで、

「おいおい、おっさんかよ」

 隣の席から、風間志織の冷ややかな声が降ってきた。
 華奢な体つきとは対照的な、大きめで少し切れ長の目が、その言葉に凛とした鋭さを添えていた。

「何見てんの、じょし~。スケベ」

 小春はそう言って、ますます楽しそうに風を送っている。

「ちょっと汗臭男子キモいんですけどー。俺の空気まで悪くしないで」

 志織は呆れたように言い、長い髪をまとめてポニーテールにすると、涼しくなって満足したのか、もう興味なさそうに前を向いた。

「うわ、冷た! 志織君のほうが涼しいんだけど」

 二人の容赦ない応酬に、私は思わず吹き出してしまった。

 大きな声でにやにやしながら言うあたり、小春は人目を気にしない性格だ。

 思ったことは、だいたいそのまま口から出る。

 まだ短い付き合いではあるけれど、つくづく思う。

 その辺りの気軽さは、まるであっち側の世界の人みたいだな、と。

 二人の声が途切れると、教室にはまたいつもの静寂が戻った。
その中で、ハンディファンの小さな唸り声だけが、やけに響いていた。