群青イマヂネリ〜バーチャル・イクスペリエンス〜

 城へ続く青い門をくぐった。

 さっきまで遊園地だった場所が、少しずつ姿を変えていく。

 建物が消える。

 道路が消える。

 そして――。

 目の前に、大きな湖が現れた。

「……え?」

 湖の向こうには、見たことのないほど大きな城が建っている。

 白い壁。

 高い塔。

 そのてっぺんには、青い薔薇の紋章。

「お城……」

 私は立ち止まった。

「さっきの城より大きいね」

「うん」

 シュウちゃんも驚いている。

 そのときだった。

 ――パァン!

 突然、空に花火が上がった。

「わっ!」

 続けて音楽が流れる。

 湖の上に光が集まり、巨大な噴水が噴き上がった。

「何これ……」

 私は呆然とした。

 すると、目の前に文字が浮かび上がった。

――WELCOME TO BLUE DREAM RESORT.

「ブルー・ドリーム・リゾート……?」

 その文字が消えると、今度は別の文字。

――ここから先は、二人だけの夢。

「二人だけの……」

 私はシュウちゃんを見る。

「どういう意味かな?」

「分からない」

 シュウちゃんが答えた、その瞬間。

 足元が突然、青く光った。

「え?」

 身体がふわっと浮く。

「シュウちゃん!」

「結!」

 二人の身体が光に包まれる。

 そして――。

 目を開けたとき。

 私たちは、大きな広場に立っていた。

「……ここ、どこ?」

 さっきまでの城がない。

 遊園地もない。

 代わりに、目の前にはたくさんの人が歩いていた。

 家族連れ。

 カップル。

 子どもたち。

 みんな楽しそうに笑っている。

 遠くでは音楽が聞こえる。

 そして、その先には――。

「……テーマパーク?」

 私は呟いた。

 まるで、一つの巨大な夢の国。

 中央には巨大な城。

 その周囲には色とりどりの建物。

 空には風船。

 道には花。

 湖には小さな船。

「すごい……」

「結」

「うん?」

「今日、ここで一日過ごすんじゃない?」

「え?」

 その瞬間。

 私の頭上に小さな紙が落ちてきた。

 拾ってみる。

『本日の予定』

 そこには――。

 一、パークを楽しむこと。

 二、二人で思い出を作ること。

 三、夜になるまで帰らないこと。

「……これ、ミッション?」

「たぶん」

「でも、ジュエルは?」

 紙の一番下を見る。

 そこには小さく書かれていた。

『第二のジュエルは、二人が本当に楽しめたときに現れます』

「……なるほど」

 シュウちゃんが笑った。

「じゃあ、今日は遊ぼう」

「うん!」

 私たちは広場を歩き始めた。

 最初に見つけたのは、風船のお店。

「結、何色がいい?」

「青!」

「やっぱり?」

「だって、この世界だから」

 シュウちゃんが青い風船を買ってくれた。

 次に、アイスクリーム。

 その次に、ボート。

 どれも楽しかった。

 でも。

 私は途中から、少しだけ不思議な気持ちになっていた。

 この世界は完璧すぎる。

 何もかもが私の好きなものばかり。

 欲しいものはすぐに出てくる。

 楽しいことしか起こらない。

「シュウちゃん」

「ん?」

「この世界って……」

 私は立ち止まった。

「ちょっと怖くない?」

「……うん」

 シュウちゃんも同じことを感じていたらしい。

「どうして?」

「何でもあるから」

「何でも?」

「うん」

 シュウちゃんは周囲を見渡した。

「本当に欲しいものが何なのか、分からなくなる」

 その言葉に、私は黙った。

 しばらく歩く。

 やがて、夕方になった。

 空が紫色に染まる。

 すると、パークの中央にある城がライトアップされた。

「結」

「うん」

「行ってみよう」

 二人で城へ向かう。

 城の入口には、大きな看板があった。

『CINDERELLA’S GLASS』

「ガラス……?」

 中に入る。

 そこは、宝石店だった。

 ガラスケースの中に、たくさんのティアラが並んでいる。

 銀色。

 金色。

 透明なクリスタル。

 そして――。

「……青い」

 一番奥に、小さなティアラがあった。

 透明なガラスで作られている。

 中央には、小さな青い薔薇。

 私はそのティアラから目を離せなくなった。

「きれい……」

 シュウちゃんが私を見る。

「結、これが欲しい?」

「え?」

「ずっと見てるから」

「……うん」

 私は小さく頷いた。

「でも、高そう」

「ここ、イマヂネリだよ」

「そうだけど……」

 シュウちゃんは店員さんに話しかけた。

「これ、ください」

「えっ?」

 私は慌てた。

「シュウちゃん!」

「何?」

「買うの?」

「うん」

「どうして?」

 シュウちゃんは少しだけ照れたように笑った。

「今日の記念」

「記念?」

「初めてのデートだから」

 私は何も言えなくなった。

 店員さんがティアラを箱に入れる。

 そしてシュウちゃんに手渡した。

「はい」

「……ありがとう」

 箱を受け取ったシュウちゃんが、私に差し出す。

「結に」

「私に?」

「うん」

 私はそっと箱を開けた。

 中には、ガラスのティアラ。

 青い薔薇が、小さく輝いている。

 その瞬間。

 ティアラの中から、一つの光が飛び出した。

「え?」

 光は空中で形を変える。

 青い宝石。

 そして――。

 第二のジュエルになった。

「……出てきた」

 シュウちゃんが笑う。

「やっぱり、これだったんだ」

 私はジュエルを手に取った。

 第一のジュエルとは違う。

 こちらは、とても温かい。

 まるで誰かの気持ちが込められているみたいだった。

 そのとき。

 空から文字が浮かび上がった。

――第二のジュエル、獲得。

――残り一つ。

 私はティアラを見つめた。

「シュウちゃん」

「うん?」

「これ……大切にするね」

「うん」

 シュウちゃんは笑った。

 けれど。

 その直後。

 パーク中の照明が一斉に消えた。

「……え?」

 真っ暗になる。

 音楽も止まった。

 人の姿も消えた。

 さっきまであれほど賑やかだった場所が、完全な静寂に包まれる。

「シュウちゃん……?」

「結、こっち」

 手を握られる。

 暗闇の中。

 遠くに、青い光が一つだけ浮かんだ。

 その光が、ゆっくりと文字を作っていく。

――最後のジュエルは、「真実」の中にあります。

「真実……?」

 私は呟いた。

 すると、今度はもう一行。

――次のデートで、あなたたちは「本当の世界」を見るでしょう。

 文字が消える。

 そして、遠くで時計の鐘が鳴った。

 ――ゴーン。

 一回。

 ――ゴーン。

 二回。

 ――ゴーン。

 三回。

 私はシュウちゃんの手を握ったまま、暗闇の向こうを見つめた。

 楽しかった。

 嬉しかった。

 ティアラも嬉しい。

 でも。

 心のどこかに、小さな不安が生まれていた。

 この世界は、本当に私たちの味方なのだろうか。

 そして――。

 「本当の世界」とは、いったい何なのだろう。

 答えを知るのは、まだ先だった。