群青イマヂネリ〜バーチャル・イクスペリエンス〜



 あの日から、少しだけ時間が経った。

 机の上には、一冊のノート。

 その隣には、一本の青いペン。

 そして、窓から見える空は――

 今日も青かった。

「……できた」

 萌守心咲は、ノートを閉じた。

 そこには、まだ誰にも見せていない物語が書かれている。

 いつか作家になったとき。

 そして、声優になったとき。

 誰かに届けたいと思っている物語。

 ペンネームは――

 萌木結。

 その名前を、ノートの最後に書く。

「萌木結」

 自分でその名前を口にすると、不思議な気持ちになる。

 それはもう、ただのペンネームではない。

 群青イマヂネリで見つけた、自分自身の夢の名前だった。

 コンコン。

 そのとき、ドアがノックされた。

「結、いる?」

「うん。いるよ」

 入ってきたのは、日守莉人。

「また書いてた?」

「うん」

「どんな話?」

「秘密」

「なんだ、それ」

 二人で笑う。

 机の上に置かれたノートを見て、莉人が言った。

「でも、いつか読ませてくれよ」

「もちろん」

 結は笑う。

「その代わり、感想をちゃんと言ってね」

「ああ」

 窓から風が入ってくる。

 カーテンが揺れる。

 そして――

 一枚の青い花びらが、窓から舞い込んできた。

「……!」

 結は花びらを見つめる。

「これ……」

 莉人も気づいた。

「青い薔薇?」

 結は花びらをそっと手に取った。

 そこには、小さな文字が浮かんでいる。

『夢の続きを、どうぞ』

「……ふふっ」

 結は笑った。

「群青イマヂネリからのメッセージかな?」

「そうかもな」

 でも、今度は戻らない。

 あの世界へ行く必要はない。

 なぜなら――

 夢の続きを生きる場所は、ここだから。

 結はノートを開く。

 新しいページ。

 まだ何も書かれていない、真っ白なページ。

 ペンを持つ。

「さて……」

 何を書こう。

 どんな物語にしよう。

 どんな声を届けよう。

 どんな未来を作ろう。

 分からない。

 でも、それでいい。

 未来は、まだ何も決まっていないから。

「始めよう」

 結はペンを走らせる。

 一文字。

 また一文字。

 物語が生まれていく。

 その隣では、莉人が静かに見守っている。

 窓の外には、どこまでも広い青空。

 かつて夢の世界で見た群青色とは違う。

 もっと普通で。

 もっと現実的で。

 だけど――

 今の結には、その青空が一番きれいだった。

「莉人」

「ん?」

「私、夢を叶えるね」

「うん」

「作家にもなる」

「ああ」

「声優にもなる」

「ああ」

 そして、結は少しだけ笑って続ける。

「それから――」

「それから?」

「……未来も、大切にする」

 莉人が笑う。

「約束だな」

「うん。約束」

 二人の声が重なる。

 窓の外で、風が吹いた。

 青い花びらが空へ舞い上がる。

 けれど、今度はどこかへ消えてしまうことはない。

 青空の中で、光になって輝いている。

 夢は終わらない。

 夢を叶えたその先にも、また新しい夢がある。

 だから――

 物語は、ここで終わらない。

 これは、萌守心咲――

 そして、萌木結の。

 夢の続きを始める物語。