群青イマヂネリ〜バーチャル・イクスペリエンス〜



 眩しい。

 目を開けることができないほどの光だった。

 結は、ゆっくりと目を開ける。

「……ここは?」

 そこには、青い空があった。

 でも、今までの群青色の空とは違う。

 もっと普通の空。

 どこまでも続く、本物の空だった。

「結」

 隣から声がする。

「……シュウちゃん」

 莉人が立っている。

 二人は顔を見合わせた。

「戻ってきたのかな?」

「たぶんな」

 結は周囲を見る。

 そこには、あの不思議な遊園地もない。

 大きなお城もない。

 青い列車もない。

 あるのは――

 二人が最初にいた場所。

 そして、結の手の中には小さなものが残っていた。

「……これ」

 手のひらに乗っていたのは、一枚の青い薔薇の花びら。

 結はそっと握りしめる。

「夢じゃなかったんだ」

「俺も、覚えてる」

 莉人が答える。

 その言葉を聞いて、結は笑った。

「よかった」

 そのとき――

 遠くから、鐘の音が聞こえた。

 ――カラン。

 ――カラン。

 結は空を見上げる。

 一瞬だけ。

 雲の間に、青い薔薇の形をした光が見えた。

「……群青イマヂネリ」

 結が呟く。

 すると、青い花びらが風に乗って空へ舞い上がった。

 そして――

 消えた。

「終わったんだね」

「うん」

 莉人が頷く。

「三つの夢、全部叶ったから」

 結は指を折って数える。

 一つ目。

 二人で過ごした時間。

 二つ目。

 ガラスのティアラと、忘れられない思い出。

 三つ目。

 莉人と未来を約束すること。

「……本当に、全部叶った」

 結は嬉しそうに笑った。

 けれど。

 少しだけ寂しかった。

「もう、行けないのかな」

「群青イマヂネリに?」

「うん」

 莉人は空を見上げる。

「たぶん、もう必要ないんじゃないか?」

「どうして?」

「だって――」

 莉人は結を見る。

「夢だったものが、もう夢じゃなくなったから」

「……!」

 結は、その言葉を聞いて胸が熱くなった。

 そうだ。

 群青イマヂネリは、夢を叶えるための場所だった。

 だから、夢を叶えた今。

 もう、そこに戻る必要はない。

「そっか」

 結は笑った。

「じゃあ、これからは現実で叶えていけばいいんだ」

「ああ」

「作家になることも」

「うん」

「声優になることも」

「うん」

「そして――」

 結は少し照れながら、莉人を見る。

「これからの未来も」

 莉人は笑った。

「ああ」

 二人は青空を見上げる。

 そこには、もう不思議なものは何もない。

 ただ、普通の青空が広がっていた。

 でも。

 結には、その空が今までで一番綺麗に見えた。

 ――夢は、想像するだけのものじゃない。

 叶えたあと、自分の足で歩き続けるもの。

 結は胸元に手を当てる。

「私は、萌守心咲」

 そして、もう一つの名前を思い浮かべる。

「そして、萌木結」

 どちらも自分。

 作家を目指す自分も。

 声優を目指す自分も。

 誰かと笑う自分も。

 未来を夢見る自分も。

 全部、本当の自分だった。

「行こう、シュウちゃん」

「ああ」

 二人は歩き出した。

 もう、群青色の世界へ戻るためではない。

 自分たちの未来へ向かって。

 そのとき。

 結の手の中にあった青い薔薇の花びらが、ほんの一瞬だけ輝いた。

 そして、小さな文字が浮かぶ。

『夢は、ここから』

 結は微笑んだ。

「うん」

 青空を見上げる。

「ここから始めよう」

 風が吹いた。

 青い花びらが、空高く舞い上がる。

 それはもう、夢の世界へ戻るための花びらではない。

 未来へ向かうための、最初の一歩だった。

 ――群青イマヂネリ。

 それは、二人が夢を叶えるために訪れた、不思議な世界。

 そして、三つの夢を叶えたことで、その役目を終えた。

 けれど。

 夢そのものが終わったわけではない。

 作家になる。

 声優になる。

 そして、大切な人と未来を作る。

 その夢は、これから現実の世界で続いていく。

 結――萌守心咲は、もう一度だけ空を見上げた。

 青い空。

 どこまでも広がる未来。

「いつか、またね」

 誰に言うでもなく、結は呟いた。

 すると、空の彼方に――

 一瞬だけ、青い薔薇が咲いた。

 そして、そのまま光になって消えていった。

 結は笑った。

 もう振り返らない。

 莉人と一緒に、前を向く。

 夢の続きが待っている。

 だから――

 二人は歩いていく。

 自分たちの未来へ。