群青イマヂネリ〜バーチャル・イクスペリエンス〜



 青い薔薇の扉を開ける。

 その先に広がっていたのは――

 一面の青空だった。

「わあ……」

 結は思わず声を上げた。

 空には雲一つない。

 その下には、白い街並み。

 道の両側には青い薔薇が咲いている。

 遠くには、白い教会。

 そして、その鐘の音が静かに響いていた。

 ――カラン。

 ――カラン。

「結婚式……」

 結が呟く。

 莉人も頷いた。

「みたいだな」

 二人が歩いていくと、道の途中に一枚の看板が立っていた。

『未来の自分へ』

「未来の自分?」

 結が首を傾げる。

 看板の下には、小さな箱が置いてあった。

 箱を開けると、中から一枚の手紙が出てくる。

 結は、それを読んだ。

『萌守心咲へ』

「……私の、本当の名前」

 結は驚いた。

 普段は「萌木結」と名乗っている。

 それは、作家としての名前。

 けれど、その手紙には本当の名前が書かれていた。

『あなたは、これから作家になる』

 結は目を見開く。

『声優にもなる』

「……」

『でも、それだけではない』

 手紙の最後には、こう書かれていた。

『あなた自身の人生も、大切にしてください』

 結はしばらく黙っていた。

「……私」

「どうした?」

「作家になりたい」

「うん」

「声優にもなりたい」

「うん」

「でも……」

 結は隣にいる莉人を見る。

「それだけじゃなくて、普通に笑ったり、遊んだり、誰かと一緒に未来を作ったり……そういうことも、ちゃんと大切にしたい」

 莉人は笑った。

「それでいいんじゃないか?」

「……うん」

 二人は再び歩き出した。

 教会の前まで来ると、青い薔薇のアーチが二人を迎える。

 その中央には、二つの小さな箱。

 一つには――

『萌木結』

 もう一つには――

『日守莉人』

 と書かれていた。

「開けてみよう」

 莉人が箱を開く。

 中から出てきたのは、二つの青いリボン。

 結も自分の箱を開ける。

 そこには、小さなガラスの薔薇が入っていた。

「これ……」

「前にもらったティアラと同じ色だ」

「うん」

 結はガラスの薔薇を大切そうに手のひらへ乗せる。

 すると、教会の鐘が鳴った。

 ――カラン。

 ――カラン。

 そして、教会の扉が開く。

 中には誰もいない。

 ただ、祭壇の前に一枚のカードが置かれている。

 結がカードを手に取る。

『最後の問い』

『夢を叶えるとは、どういうことでしょう?』

「……」

 結は考えた。

 夢が叶ったら終わり。

 最初は、そう思っていた。

 でも違う。

 作家になることも。

 声優になることも。

 莉人と未来を作ることも。

 叶った瞬間に、そこで終わるわけじゃない。

「……続けていくこと」

 結が答えた。

「夢が叶ったあとも、大切にしていくこと」

 カードが光る。

『正解』

 その瞬間。

 教会の奥から、青い光が差し込んだ。

 そこには、一つの扉。

 扉の上には――

『WEDDING』

 と書かれていた。

 結は莉人を見る。

「シュウちゃん」

「うん」

「本当に行く?」

「ああ」

 二人で扉を開ける。

 その向こうには、たくさんの青い薔薇。

 そして、青空の下に広がる小さな式場。

 まるで、二人のためだけに用意された世界だった。

「綺麗……」

 結が呟く。

 莉人が笑う。

「夢の中だからな」

「ううん」

 結は首を横に振る。

「夢だから綺麗なんじゃないよ」

「じゃあ?」

「私たちが、こういう未来を想像したから綺麗なんだよ」

 莉人は少し考えて――

「なるほど」

 と笑った。

 二人は並んで、式場へ歩いていく。

 その途中。

 空から一枚の青い薔薇の花びらが舞い落ちた。

 結が手を伸ばす。

 花びらは、手のひらに静かに落ちた。

 そこには文字が浮かんでいた。

『明日を選んでください』

 結は、その言葉を見つめる。

「明日……」

 莉人が隣に立つ。

「俺たちの明日だな」

「うん」

 二人は顔を見合わせた。

 そして――

 一緒に歩き始めた。

 まだ誰も知らない未来へ。

 自分たちで選ぶ未来へ。

 青い薔薇の花びらが、二人の後ろを追うように舞っていた。

 そして教会の鐘が、もう一度鳴った。

 ――カラン。

 ――カラン。

 結婚式まで、あと一日。