群青イマヂネリ〜バーチャル・イクスペリエンス〜



 目を開けた。

 最初に感じたのは、冷たい風だった。

 頬を撫でる風。

 遠くから聞こえる車の音。

 そして――。

 人の声。

「……ここ、本当に現実?」

 私はゆっくり立ち上がった。

 目の前には駅。

 見慣れた駅のホーム。

 看板には、はっきりと駅名が書かれている。

「……帰ってきた」

 シュウちゃんも周囲を見回している。

「うん」

 だけど。

 私はすぐに違和感に気づいた。

「シュウちゃん」

「なに?」

「ここ……」

 駅の柱を見る。

 そこには、見覚えのある青い薔薇のマークが描かれていた。

「イマヂネリと同じ」

「……」

 シュウちゃんも黙った。

 そのとき、駅のアナウンスが流れた。

『まもなく、群青線――』

 私は息を呑んだ。

「群青線?」

 そんな電車、この駅にはない。

 少なくとも、私の知っている現実には。

 けれど、駅員さんたちは何も気にしていない。

 まるで、それが当たり前であるかのように歩いている。

「結」

「うん」

「ちょっと来て」

 シュウちゃんが駅の端を指差した。

 そこには、小さな掲示板があった。

 何枚かのポスターが貼られている。

 その中の一枚に、私は目を奪われた。

『群青イマヂネリ――想像を現実に』

「……これ」

 タイトルの下には、見覚えのある青い薔薇。

「イマヂネリって、現実にあるの?」

「みたいだね」

 シュウちゃんがポスターを見つめる。

「でも、こんなもの知らない」

 ポスターには、開催場所が書かれていた。

『群青記念館』

 その下には、日時。

 そして――。

『閉館まで、あと三日』

「三日?」

「行ってみよう」

 私たちは駅を出た。

 地図を頼りに歩いていく。

 しばらくすると、古い建物が見えてきた。

 青いレンガの壁。

 大きな時計塔。

 入口には、あの青い薔薇のマーク。

「ここ……」

 私は足を止めた。

 胸が苦しくなる。

 なぜか、知っている。

 この場所を。

「私、ここに来たことがある」

「本当に?」

「分からない……でも、知ってる」

 扉に手を触れる。

 その瞬間。

 頭の中に映像が流れ込んできた。

 幼い私。

 幼いシュウちゃん。

 そして――。

「……もう一人」

 あの顔の見えない人物。

 三人で、この建物の前に立っている。

『また来ようね』

 幼い私が笑っている。

『うん』

 シュウちゃんが答える。

 そして、もう一人が――。

『三人でね』

 映像が消えた。

「……三人」

 私は呟いた。

「やっぱり、僕たちにはもう一人いたんだ」

 シュウちゃんが言った。

 記念館の扉が、突然開いた。

 中から、女性の声がする。

「やっと来たのね」

「……誰?」

 私たちが中へ入ると、一人の女性が立っていた。

 白い服。

 青い髪。

 そして、胸元には青い薔薇のブローチ。

「あなたたちは、ずっとここへ来るのを待っていた」

「私たちを?」

「ええ」

 女性は微笑んだ。

「あなたたちが忘れてしまったことを、ここなら思い出せるから」

 私は尋ねた。

「あなたは何を知ってるんですか?」

「全部ではないわ」

 女性は首を横に振る。

「でも、あなたたちが三人だったことは知っている」

「三人目は誰なんですか?」

 女性は答えなかった。

 代わりに、奥の展示室を指差す。

「見て」

 展示室には、たくさんの写真が並んでいた。

 昔のイマヂネリ。

 青い薔薇。

 そして――。

 三人の子ども。

 私は写真に近づいた。

「……この子」

 三人目の子どもの顔に、指を触れる。

 すると。

 頭の中に声が響いた。

『結』

「……!」

『シュウ』

 シュウちゃんも驚いている。

『また三人で遊ぼうね』

 声は、とても優しかった。

 だけど――。

 その声を聞いた瞬間、胸の奥が痛くなった。

「……私、この人のこと」

 涙が一滴落ちる。

「知ってる」

 シュウちゃんも目を伏せた。

「僕も」

 女性が静かに言った。

「忘れていた記憶は、なくなったわけじゃない」

「じゃあ、どこに?」

「あなたたち自身の中にある」

 女性が展示室の中央を指差した。

 そこには、一つの透明なケース。

 中に入っているのは――。

 第三のジュエル。

「……!」

「最後のジュエル」

 私はケースへ近づいた。

 しかし、ケースには鍵がかかっている。

「どうすれば開くんですか?」

 女性は答えた。

「三人目の名前を思い出しなさい」

「名前……」

「それが最後の条件」

 私は目を閉じた。

 記憶を探す。

 笑い声。

 青い海。

 薔薇。

 三人で食べたアイス。

 遊園地。

 そして――。

 名前。

 あと少し。

 もう少しで思い出せそうなのに。

「……分からない」

 私は首を振った。

 すると。

 ガラスのティアラが、私の鞄の中で光った。

 私は取り出す。

 ティアラの青い薔薇が、ゆっくりと開いていく。

 その中から、一枚の小さな紙が落ちた。

 そこには、たった一つ。

 名前の最初の一文字だけが書かれていた。

「……『ア』?」

 シュウちゃんが近づく。

「ア……」

 女性の表情が変わった。

「そこまで思い出したのね」

「知ってるんですか?」

 女性は答えなかった。

 代わりに、記念館の時計が鳴った。

 ――ゴーン。

 ――ゴーン。

 ――ゴーン。

 そして、館内のすべての照明が消える。

「え?」

 暗闇の中。

 誰かの声がした。

「――もう遅いよ」

 女性が振り返る。

「あなた……」

 青い光が一つ灯る。

 そこに立っていたのは――。

 昨日、海岸で会った「もう一人の仲間」。

「やっと思い出し始めたね」

 その声を聞いた瞬間。

 私の頭の中に、最後の記憶が一瞬だけ蘇った。

 幼い私。

 シュウちゃん。

 そして、もう一人。

 三人で手をつないでいる。

 その子が笑っている。

 そして――。

「……アリア?」

 私が名前を口にした瞬間。

 第三のジュエルが、ケースの中で強く輝いた。

 でも。

 その人物は悲しそうに笑った。

「違うよ」

「……え?」

「その名前じゃない」

 世界が、また青く染まっていく。

 そして。

 最後のジュエルをめぐる、本当の物語が始まった。