群青イマヂネリ〜バーチャル・イクスペリエンス〜

 青い列車は、静かに走っていた。

 窓の外には、星が流れている。

 でも、不思議だった。

 さっきまで私たちは「群青駅」にいたはずなのに、今はどこにも街が見えない。

 あるのは、どこまでも続く青い夜空だけ。

「シュウちゃん」

「ん?」

「この列車、本当に現実世界に行くのかな」

「分からない」

「……怖くない?」

「怖いよ」

 シュウちゃんは正直に答えた。

「でも、結と一緒だから」

「またそれ……」

「嫌?」

「……嫌じゃない」

 私は窓の外を見た。

 そのときだった。

 車内の照明が、一つずつ消えていく。

「え?」

 最後の明かりが消えた。

 完全な暗闇。

 そして、列車の天井に映像が映し出された。

「……!」

 そこにいたのは――。

 幼い私だった。

 そして、幼いシュウちゃん。

「また……」

 私は息を呑んだ。

 映像の中の二人は、手をつないでいる。

 場所は、公園。

 昨日見た場所と同じだ。

『ねえ、シュウちゃん』

 幼い私の声が聞こえる。

『大人になったら、どこに行きたい?』

『うーん……』

 幼いシュウちゃんが考える。

『海』

『海?』

『うん。青い海』

『じゃあ、私も行く!』

『本当?』

『うん!』

 二人が笑う。

 映像が変わる。

 今度は、二人が海辺に立っている。

 そして幼い私が、青い薔薇を一輪持っていた。

『これ、シュウちゃんにあげる』

『僕に?』

『うん』

『どうして?』

 幼い私は、少し照れながら言った。

『だって、約束したから』

『何を?』

『ずっと一緒にいるって』

 映像が止まった。

「……」

 私は何も言えなかった。

 シュウちゃんも黙っている。

「私たち……」

「うん」

「昔、本当に約束してたんだ」

 シュウちゃんが頷く。

「でも、どうして忘れてたんだろう」

 その瞬間。

 車内に声が響いた。

『忘れたのではありません』

「……誰?」

『封じられたのです』

「封じられた?」

『あなたたちが、あまりにも大切な約束をしたから』

 私は立ち上がった。

「誰が封じたの?」

 返事はない。

 代わりに、窓の外が突然明るくなった。

 そこに映し出されたのは――。

 巨大な青い薔薇。

 花びらが一枚ずつ開いていく。

 その中心に、小さな光。

 第三のジュエルだった。

「……あれが最後のジュエル?」

「たぶん」

 列車が速度を落とす。

 すると、車内に文字が浮かんだ。

――第三のジュエルを手にするためには。

――あなたたち自身が、忘れた約束を思い出してください。

「約束……」

 私は考えた。

 海。

 青い薔薇。

 そして――。

『ずっと一緒にいる』

 幼い自分の声が、頭の中で響いた。

「……これ?」

 シュウちゃんが私を見る。

「たぶん」

「じゃあ、思い出したよ」

 私は青い薔薇に向かって言った。

「私たちは、ずっと一緒にいるって約束した」

 すると。

 列車が止まった。

 扉が開く。

 そこには、一つの小さな駅。

 駅名は――。

『青薔薇海岸』

「……海」

 駅の向こうには、本物の海が広がっていた。

 私はホームへ降りた。

 潮の香りがする。

 波の音がする。

 あまりにもリアルだった。

「ここ、本当にイマヂネリなの?」

 シュウちゃんが答えた。

「分からない」

 私たちは海岸へ歩いた。

 砂浜には、青い薔薇が一輪だけ咲いている。

 その隣に、小さな箱。

 私は箱を開けた。

 中には、一枚の紙。

『最後のジュエルを手にする前に、ひとつだけ質問します』

 文字が浮かび上がる。

『もし、この世界が消えてしまったら――』

『あなたは、何を残したいですか?』

「……何を残したい?」

 私は考えた。

 最初は分からなかった。

 ジュエル?

 ティアラ?

 思い出?

 でも。

 隣にいるシュウちゃんを見た。

「……思い出」

 私は答えた。

「一緒に過ごした時間を残したい」

 シュウちゃんが私を見る。

「僕も」

 その瞬間。

 海の向こうから、巨大な青い光が現れた。

 光がこちらへ近づいてくる。

 そして、私たちの前で止まった。

 第三のジュエル。

 青く、透明に輝いている。

「……やっと」

 私は手を伸ばした。

 しかし――。

 ジュエルに触れる直前。

 背後から声がした。

「待って」

 振り返る。

 そこに立っていたのは――。

 あの写真に写っていた、顔の見えない人物だった。

 青い薔薇を手にしている。

「あなた……誰?」

 私は尋ねた。

 その人物は、ゆっくりと顔を上げた。

「忘れたの?」

「……え?」

「僕たちは、ずっと前から知っている」

 シュウちゃんが一歩前へ出た。

「誰なんだ」

 その人物は答えた。

「君たちが忘れてしまった――」

 一拍。

「もう一人の仲間だよ」

「もう一人……?」

 私は驚いた。

 すると、その人物が手にしていた青い薔薇が、真っ二つに割れた。

 中から黒い光が溢れ出す。

「この世界は、君たちに思い出させるために作られた」

「何を?」

「すべてを」

 その瞬間。

 海が大きく揺れた。

 空が暗くなる。

 そして、私の手の中のティアラが割れた。

「ティアラが……!」

 ガラスの破片が空中に浮かぶ。

 その一枚一枚に、知らない記憶が映し出されていく。

 笑っている私。

 泣いているシュウちゃん。

 そして――。

 私たちの間に立っている、もう一人の誰か。

「……この人」

 私は息を呑んだ。

「知ってる……」

 でも。

 名前が出てこない。

 思い出せない。

 その人物が、悲しそうに笑った。

「だから、最後のジュエルはまだ渡せない」

「どうして!」

「君たちが、本当のことを思い出すまでは」

 黒い光が広がっていく。

 世界が崩れ始める。

「結!」

「シュウちゃん!」

 二人で手をつなぐ。

 その瞬間。

 遠くから、また列車の汽笛が聞こえた。

 ――ポォォォォン。

 青い列車が、闇の向こうから戻ってくる。

 扉が開く。

『次の停車駅――リアル・ワールド』

 私はシュウちゃんの手を握った。

 もう迷わなかった。

 私たちは列車へ乗り込む。

 その後ろで。

 顔の見えない人物が、静かに呟いた。

「……今度こそ、思い出して」

 列車の扉が閉まる。

 そして――。

 青い世界が、現実の世界へと変わり始めた。