その日から小夜の側仕えの初仕事が始まった。
暁の執務室の側で仕える小夜に、専属侍女の椿が細かく作法を教えてくれる。
しかし、昨日まで下っ端だった小夜が、一晩で殿下の最側近へと大出世したのだから当然、周囲の女官たちの視線は冷たい。
「殿下に無礼を働いた娘よ」
「処刑を免れたなんて、どんな手を使っのたやら」
「汚らわしい」
陰湿なヒソヒソ声が、宮中の廊下で行き交う。
居心地はあまり良くなかった。暁も小夜を特別に気にかける素振りは見せない。椿の指導もなかなかに厳しく、着いていくのにやっとの状態だった。
それでも小夜は必死に初仕事を全うした。
夜になり、自分の部屋に戻ると、椿から「すぐに湯浴みを」と促される。
「お風呂なら自分一人で入れます」と慌てる小夜だったが、椿は首を振る。
「いいえ、お命を預かる私の立場をお考えください。ひと時も目を離すなと申しつかっているのです。さあ、こちらへ」
湯殿へ連れて行かれ、椿の手で優しく髪や身体を洗われる。
仕上げに、うっとりするほど甘い香りのする高価な香油を全身の肌に薄く塗られ、柔らかくて上質な薄衣の浴衣を着せられた。髪を乾かしてもらい、さらに薄化粧まで施される。
小夜は不思議そうに呟く。
「あの、椿様……これからもう寝るだけなのに、どうしてこんなことを?」
「何をおっしゃっているんですか、小夜様」
椿はクスクスと笑いながら、寝台の豪奢な帳(とばり)を開いた。
「今夜から、殿下がこちらへお越しになるんですよ?」
「えっ、玄武の宮様が?」
小夜の顔が真っ赤に染まった瞬間、部屋の扉が音もなく開き、昼間の厳格な正装とは違う無防備な寝衣姿の暁が姿を現した。
椿と黒曜が素早く一礼して部屋を出ていき、広大な一室に二人きりの沈黙が訪れる。
「初仕事、お疲れだったな、小夜」
「あ、はい。椿様が丁寧に教えてくださって、でもわたし、上手に出来なくてみんなに迷惑をかけてしまって……」
そう言って落ち込む小夜に暁は柔らかな笑みを向ける。
「初めてにしては上出来だ。それよりも小夜、ずいぶんと良い香りがするな」
暁は寝台へ歩み寄ると、驚いて固まっている小夜をひょいと抱き上げ、柔らかな御褥(おしとね)の上へと連れ込んだ。
背中に感じるヒヤリとした絹の感触と、上から覆い被さる暁の重みに、小夜の心臓はうるさいほど跳ねた。
「あの、宮様、これはっ?」
「お前を守るためだ。他宮の刺客がいつ夜這いをかけるか分からないからな……」
昼間の冷徹な暴君が嘘のように情熱的な視線を向ける。
暁の大きな手が小夜の細い腰を抱き寄せ、首筋へ唇を這わせる。
「……っ宮様」
「暁だ。二人きりの時はそう呼べ」
「暁様」
小夜がその名を呼んだのは初めてだった。暁は自らの名が発せられた唇に欲情を重ねる。柔らかで、可憐で穢れを知らない小夜の全てを満たしたいと思い焦る。
舌を差し入れて、絡ませると拙いながらに応えてくれる。
「あぁ、このまま抱いてしまいたい。早く俺のものになれ、小夜」
暁の口から玄武の聖なる気が吹き込まれていく。
「ぁ、暁さま……身体が、あつい……」
小夜の身体が内側からカッと熱くなり、トロンと感覚が痺れていくような、不思議な変化が襲う。
「玄武の力に当てられたんだろう。いきなり契りを交わせば、お前の身体がもたないかもしれない。だからまずは、口づけから毎晩慣らしていかないと、な?」
「毎晩、ですか?」
「夜だけじゃ不服か?」
低い声で意地悪に囁いた直後、暁は小夜の顎を優しく固定し、その愛らしい唇を再び塞いだ。
「不服なんてーーん、ふ……っ」
深く、何度も角度を変えて貪るような情熱的な口づけ。溺れてしまいそうになり、小夜は目に涙を浮かべる。すると暁は一度唇を離し、瞼や耳たぶ、首筋そして浴衣の隙間から覗く白い鎖骨へと、愛おしげに唇を這わせた。
触れ合えば触れ合うほど、小夜の内側に玄武の力が満たされていく。
暁の首筋に必死に腕を回してしがみついた小夜の手がふと、暁の引き締まった背中に触れた。そこには、生々しい刀傷の痕がいくつもある。
「どうした? その傷痕が気になるか」
「……はい」
「寺から宮廷に戻ってから、俺は命を狙われ続けている。皇位継承を放棄してからはだいぶ減ったがな」
(兄様、こんなに傷だらけになるまで、一人で戦ってきたんだ……)
切なさに胸を痛めた小夜が、その傷跡を愛おしそうにそっと指先で撫でた。
その瞬間、小夜の手の平からぽうっと淡い水色の光が溢れ出し、暁の肌に刻まれていた古い傷跡が、みるみるうちに薄くなっていく。
「……あ」
小夜は驚きに目を見張る。先程まで触れていた背中の傷が跡形もなく消え去ったのだ。
「触れただけで、傷が、治って……」
「これが玄武の巫女の癒しの力だ。まだ、完全に解放されたわけではないがな」
暁は小夜の手を取り、その手の平に愛おしそうに口づけを落とす。その瞳には、さらに深い情熱が灯っていた。
「真の巫女になった時、お前の存在そのものが民の救いになるだろう」
「救いに?」
「そうだ。長寿と不死、生殖と繁栄。それが玄武の持つ力だからな」
暁はそう言って優しく微笑むと、小夜の華奢な身体を腕の中にすっぽりと閉じ込め、再びその甘い唇へと口づけを重ねた。
昼間の孤独を忘れ、最愛の人の体温を貪り合うように、二人は何度も何度も優しく唇を重ね合い囁き合いながら、夜が明けて東の空が白むまで濃密で甘い時間を過ごしたのだった。

