(ーーずっとずっと会いたかった兄様が、今、目の前にいる)
あまりの嬉しさに、宮中のルールも己の立場も、小夜の頭からすべて吹き飛んでいた。
「兄様! 小夜にございます」
張り詰めた静寂の中に、小夜の可憐な声がぽつりと響く。
その瞬間、周囲の女官や貴族たちが驚きと恐怖に顔を引き攣らせた。
「なんて無礼な女官なの」
「あの娘、首をはねられるぞ」
そんな声が小夜の耳に届く。
暁は、ゆっくりと立ち上がった。その表情は氷のように硬く冷え切っている。
「……不愉快だ」
低い声が、小夜の頭上から降ってくる。
「北辰。この無礼な女官を下がらせろ。後で処分する」
「はっ」
暁の傍らに控えていた屈強な武人は、すぐさま小夜を肩に担ぎ上げるとその場から立ち去っていく。
恐怖に震える小夜に、北辰は歩みを止めぬまま話しかけた。
「お前、見ない顔だな」
「……ひ、ひと月前に、ここへ奉公に上がりました……」
小夜が肩の上で消え入りそうな声を絞り出すと北辰は鼻で笑った。
「ふん、そうか。なら教えてやるが、ここでは位の低い女官が皇族に口を利くことは不敬だ。知らぬ存ぜぬは通用せぬ。……あの場が他皇族の目の集まる茶会の席でなかったら、殿下の手によってその場で叩き切られていたぞ」
「兄様は、そんなことしません」
慄きながら、けれど小夜ははっきりとそう反論した。
記憶の中の、あの優しかった人が自分を無慈悲に切り捨てるはずがない。
その言葉に、北辰はぴたりと足を止めた。それから信じられないものを見るように肩の上の小夜を睨みつける。
「兄様だと? お前、まだそんな戯れ言を言うか」
「……戯言ではございません。玄武の宮様は、幼い頃に山寺に預けられていたことはございませんか? 私は、あの場所で、兄様と……」
「黙れ! お前如きがなぜ殿下に取り入ろうとしているのかは知らないが、無駄だ。そんな嘘、誰も信じやしない。……お前はもう、あと数時間の命だからな」
北辰はそれ以上小夜の言葉を聞こうとはしなかった。
小夜は北の御殿に連れ戻されて地下にある薄暗い牢屋へと入れられた。
「そこで反省していろ!」
北辰はそれだか言うと重い鉄格子の鍵を閉めてその場を後にした。
小夜は冷たい牢の中で膝を抱え、ただ処刑を待つ恐怖に耐えることしかできなかった。

