北の暁


(――なんて華やかなのかしら!)

 玄武の宮の女官として働き始めてひと月。初めての宮中行事である茶会で、小夜(さよ)は目の前に広がる光景に、目を輝かせる。
豪華な髪飾りや雅な着物を身に付けた美しい側室たち。
そんな中、ある一角だけは様子が異なっていた。
まるで喪に服しているかの様な黒を基調とした着物を纏い、生気のない瞳で周囲を見下ろす青年。彼こそが、第四皇子、玄武の宮・暁。
彼の周りには、側室もお妃候補も見当たらない。
「お待たせいたしました、玄武の宮様」
 地味な女官の衣服に身を包んだ小夜は、震える手で暁の前の卓にお茶を置いた。
決して目を合わせてはならないーーそう言い聞かせられていたのに。
不意に暁がその視線を小夜へと向けた。視線が交わり小夜の息が止まる。
(……嘘)
 蔑む様な視線。けれど、その奥にある慈愛に満ちた光が小夜の記憶の底にある“想い人”の面影と重なった。

 幼くして両親を亡くした小夜は寺の住職に引き取られ育てられた。
時を同じくして、寺へとやってきた、二つ年上の男の子。小夜は彼のことを『兄様(あにさま)』と呼び、実の兄のように慕っていた。
幼いながらに、その子が自分たちとは違う、遙かに高貴な存在であることは薄々感じていた。美しい容姿。肌から滲み出るような気品と、周囲の大人たちを圧倒するほどの聡明さ。時折、都からやってくる使者たち。
大人たちに見つからないよう、兄様は珍しい菓子をそっと分けてくれたのだった。
『兄様、これはなんというお菓子ですか? とてもきれい』
 小さな星屑の様な砂糖菓子はほのかに花の香りがして、口に入れ舌の上で転がすとほろりと崩れる。小夜はそれがとても好きだった。
『これはね金平糖って言うんだ。甘くて美味しいよ。ほら、小夜。口を開けてごらん僕が食べさせてあげる』
 共に過ごし、成長するに連れて、兄と呼びながらも彼に淡い恋心を抱くまでになった。
けれどある日突然、兄様は小夜の目の前から消えてしまったのだ。