ガチャガチャと扉の向こうから聞こえる不気味な音に、小夜は恐怖に震えながら部屋の隅で小さく身を縮めた。
ついに、朱雀の煉がやってきたのだろうか。監禁されて三日。玄武の気はまだ微かに残っているけれど、それももう限界に近かった。
「あの男に犯されるくらいなら、いっそのこと自ら命を……」
泣きそうになりながら、小夜は決意の言葉を口にする。
しかし次の瞬間、激しく蹴り破られた扉から入ってきた人物を見て、小夜は信じられない思いで目を見張った。
「――暁様⁉︎」
夢でも見ているのだろうか。もう二度とあの温もりに触れることすら叶わないのかと、絶望に打ちひしがれていたというのに。
「小夜! 無事だったか」
「暁様、助けに来てくださったんですね!」
小夜はたまらず暁の胸へと駆け寄る。しかし次の瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れ、暁の大きな身体が床へと崩れ落ちた。
「暁様、どうされま……ハッ、血が⁉︎ お怪我をされているんですか?」
「案ずるな……、かすり傷、だ……」
暁は苦しげに息を吐き出す。重症である事は、誰の目にも明らかだ。
「こんなになるまで、なぜ……」
「なぜ? お前を救う為に、決まっているじゃないか」
小夜は激しいパニックになりながら、暁の胸元に必死に両手をかざした。
「暁様、動かないでください! 血が……」
けれど煉との死闘による傷はあまりにも深く、流れた血が多すぎた。
小夜の微かな癒やしの力では、彼の命の灯火を繋ぎ止めるには全く足りない。暁の呼吸が、だんだんと浅くなっていく。
(――これじゃ足りない。兄様が死んでしまう‼︎)
小夜は暁の身体に覆い被さると、その冷たくなりかけた唇に自らの唇を当てがった。手をかざすよりも、もっと確実な方法。自分のすべてを直接注ぎ込めば、暁の傷を癒せるはずだと本能が叫んでいた。
「――ん、ん……ふっ」
触れ合った唇から、清らかな生命の気が水流のように駆け抜ける。消え入りそうだった暁の命の水脈が、再び懇々と音を立てて沸き、彼の身体を内側から潤していくのが分かった。
「……小夜。なんて温かい……だいぶ楽になったよ、ありがとう」
暁の瞳に微かに光が戻る。しかし、小夜は首を振った。
「でも、まだ完全に回復出来ていません。どうしたら……」
その時、小夜の脳裏に、夜の寝台で暁が耳元で囁いた言葉が鮮烈に蘇った。
『小夜の封印された力を解く鍵は、男女の結び付き――』
それこそが、肌の封印を完全に融かし、玄武の真の力を覚醒させる唯一の方法。
(そうだわ! わたしが本物の玄武の巫女であれば、もっとちゃんと暁様を治せるはず……)
小夜に、もう迷いはなかった。彼を救うため、そして、自分が本物の玄武の巫女となり、他の宮の皇子たちを二度と寄せ付けないために。
「わたしを、玄武の巫女にしてください。わたしはもう二度と、兄様と離れたくないのでございます」
小夜は震える手で、自ら着物の帯紐を解いた。はらり、と肩から衣が滑り落ち、剥き出しになった白い胸元。そこには、真の巫女の刻印が神聖な光を放っていた。
「小夜……本当によいのか?」
「はい。巫女として、お側に置いてください」
暁は小さく首を振ると小夜を真っ直ぐに見つめた。
「そうじゃない、小夜。巫女としてではなく、お前を愛してる。……愛しているんだ」
暁の言葉は小夜が最も待ち望んだ言葉だった。視界が涙で滲んでいく。
「わたしも……心から、愛しております」
小夜は自ら暁の身体に重なり、愛を込めた深い口づけを落とした。
暁は小夜のしなやかな腰を力強く抱き寄せると、二人はついに身も心も深く一つに結ばれたのだった。
その瞬間。刻印が亀と蛇の漆黒の紋様に変わり、玄武の聖なる力が完全に覚醒した。
小夜の身体から泉のように溢れ出した神聖な力が満身創痍だった暁の身体を一瞬にして癒やし、同時に、浄化の光は水の波紋のように朱雀の宮全体へと満たしていく。
外の戦場で傷を負って倒れていた北辰や黒曜、椿、敵味方関係なく全ての兵士たちにまで聖なる癒やしの波動となって届き、すべてを癒した。
「……小夜、辛くはないか?」
深い契(ちぎ)りの最中、暁はそう問いかける。想いが高まり小夜の身体にたくさんの玄武の力を注ぎ込んでしまった。華奢な身体が壊れてしまわないか心配になるほどに。
「いいえ、辛くはございません……。暁様と本当の意味でひとつになれて、小夜は今、世界で一番幸せでございます」
トロンと熱い吐息を漏らし、自分を信じ切った瞳で見上げてくる最愛の巫女。
暁は腕の中の小夜を愛おしそうに見つめ、その細い肩を抱きしめた。
「俺も……最高に幸せだ、小夜。もう誰の手にも渡さない。俺はお前を一生離さない」
小夜は正式な玄武の巫女となり、二人の身体は内側から、誰にも侵せない力で結びついた。
暁は小夜の眦の涙を指先で優しく拭うと、愛おしさをすべてぶつけるかのように、何度も何度も深く、蕩けるような甘い口づけを重ねるのだった。

