「小夜様、気づかれましたか?」
小夜が目を覚ますとすぐ隣から、聞き慣れた声が届く。見上げると、煤で汚れた椿が、小夜の顔を覗き込み、心配そうに声をかけていた。
「椿様。ここは、どこなのですか……?」
やけに蒸し暑く、地面を掘り抜いたかの様に赤土が剥き出しになっている。
「おそらく、南の御殿の地下牢かと思われます……」
爆発の混乱で拉致された直後、二人は怪しげな眠り薬を嗅がされていた。
しかし、隠密の訓練を受けていた椿は、密かに意識を保ったまま周囲の様子を窺っていたのだ。
「私たちを連れ去ったのは、朱雀の手のものに間違いありません。……私の不手際で小夜様をこのような危険に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」
椿はその場に平伏し、悔しさに唇を噛み締める。
小夜は慌てて椿の肩を掴み、そっと起き上がらせた。
「椿様のせいではありません。私の方こそ足を引っ張ってしまって……。でも、今はここから出ることを考えましょう。宮様も、北辰様たちも、きっと心配されているはずです」
「小夜様の仰る通りですね。弱音を吐いている場合ではありません。見張りが戻る前に動きます」
椿は素早く立ち上がると、高い位置にある小さな鉄格子の窓へ向かって、短く口笛を吹いた。
すると、闇に紛れるようにして、一羽の黒い鳥が羽音も立てずに降りてくる。
「この子は我が方に伝わる伝令用の烏です。文をつけて飛ばせば、必ず黒曜の所へ戻ります」
椿は手際よく、自分たちの現在地と、二人が無事であることを記した暗号の文を烏の足に巻き付けた。
「行きなさい」と囁くと、烏は再び夜闇の空へと飛び立っていく。
しかし、安堵したのも束の間だった。地下へと続く石造りの階段から、ザリ、ザリ、と不気味な足音が響いてきた。
牢の前に現れたのは、小夜たちを拉致した朱雀の隠密たち。そしてその中央には、黒い頭巾を深く被った男が立っていた。衣服の隙間から覗くのは、琥珀色の瞳。周囲の男たちとは明らかに異な雰囲気を醸し出している。
男はゆっくりと牢屋の前へと近づく。
「……ほう。これは妙なこともあるものだな」
煌びやかな衣を着た椿を無視し、地味な女官の格好をした小夜を乾いた眼差しで見下ろした。
「暁は大切な巫女にこんな粗末な着物を着せる趣味があったのだな。ずいぶんと下趣味なことだ」
小夜の身体が、恐怖でビクッと激しく強張る。
(――気づかれてしまった⁉︎)
焦りを露わにする小夜を隠すように、椿がすぐさま前に立ちはだかり、声を張り上げた。
「玄武の巫女は私です! 高貴な身分である私を差し置いて、そんな下女と間違えられるなんて心外だわ!」
「黙れ、小賢しい隠密の娘が」
男は吐き捨てるように言うと、パチンと指先を弾いた。直後、突如として激しい赤い炎が巻き起こり、椿の身体を容赦なく包み込む。
「うっ――ああっ‼︎」
「いやっ、椿様‼︎」
炎に焼かれ崩れ落ちる椿の元へ、小夜は泣き叫びながら駆け寄ろうとした。
しかし、隠密たちに無理やり両腕を掴まれ、小夜は暗い地下牢から連れ出されてしまうのだった。

