北の暁

 朱雀の刺客による深夜の奇襲があってから、暁は玄武の屋敷全体により強力な結界を張り巡らせ、衛兵の増員も行った。これにより外部からの侵入はほぼ不可能となり呪詛(じゅそ)も遮断される。
それ相応の力を使うため暁の負担は少なくなかったが、おかげで小夜は平穏な日々を送ることができている。これを暁の愛情とも気付かずに。
「小夜様、次は古書の整理をいたしましょう」
 椿は、書庫で古い書物の入れ替えをしながら、小夜に必要な教養を熱心に授けてくれた。
幸いにも、育ての親であるお寺の住職が幼い頃から読み書きを叩き込んでくれていたおかげで、小夜の理解は驚くほど早かった。
「小夜様は本当に飲み込みが早くていらっしゃる。さすがは、いずれ国を統べる皇后になられるお方ですね」
 椿の言葉に小夜は目を見張った。
「こ、皇后だなんて……そんな恐れ多いこと、言わないでください、椿様」
 滅相もないと顔を赤くして手を振る小夜に、椿はクスクスと楽しそうに笑いながら問いかけた。
「ですが、小夜様は殿下の唯一無二の正妃(せいひ)になられるのでしょう? 他の宮を退け、殿下が麒麟の座に就かれた暁には、当然のことでございます」
 ーー正妃。
その重すぎる言葉に、小夜の胸の奥がキュッと締め付けられた。
自分の身分を考えればあまりにも遠い立場だけれど、兄様とこの先もずっと離れたくないのは本心だった。
けれど、もし兄様が皇帝になり、政治のために差し向けられた見知らぬ美しい姫君たちを後宮へ迎え入れてしまったら。自分以外の女性を、兄様が寝屋で愛おしそうに抱きしめる日が来るのだとしたら。
(――嫌だ。わたし以外、誰のことも、愛さないでほしい。わたしだけを必要として欲しい)
 初めて芽生えた暁への嫉妬。
それを自覚した瞬間小夜は、真の玄武の巫女となる覚悟を固めていった。