柊を失った槐は寝る間も惜しんで執務を行っていた。何かしていないと、柊のことを考えてしまう。椿のことは春の神の加護を賜ったと偽った罪ですぐに裁きを下した。すでにこの地にいない。
「どうして私を追い出すのですか! 柊がいなくなったのだから私しか妻になれないのに!」
「おまえに春の神の加護はない」
「そんなことはありません、私、春の神を見たんです!」
「見た……どこで?」
「ええと……私の家です」
神の加護を得た際には神から神託が下る。槐の時は夏の神の声が聞こえた。『おまえに加護を与えると』。神が姿を見せるのはそのあと神殿にいてだ。他の場所ではありえない。
「春の神が私の前に姿を現してくださった、加護を授けてくださった証です! それを今更偽物扱いするなんて、春の神は意地悪ですわ」
「間違っているのはおまえのほうだ椿。加護を授かる際は声が聞こえる。その後も、四季の神は加護者に語り掛けるものだ。おまえはその声を聴いたのか」
「それは……そんなこと、知りませんでした……」
槐は怒りでため息が出た。
こんなもののために、柊を失ったと言うのか。
「此処を去れ」
「嫌です! 槐様のお傍にいたいのです」
「楸、実家まで送り届け椿を久遠の地から追放しろと伝えろ」
「かしこまりました」
椿は柊と春の神の文句を言いながら、楸に引きずられて行った。実家に戻った後のことは知らない。楸が書類を改めたところ、椿の実家からの支援金はすべて領民から不当に集めたものだったことがわかり、椿の一族は国から追放された。
大方今ごろは国外で農地を耕しているころだろう。
「体を壊します、少しお休みになられてください」
心配した楸が声をかけてくる。
「見ているこちらも痛々しくなります。柊様は、槐様のそんな姿を望んではいないでしょう」
「……柊が施してくれた豊かさを、無駄にするわけにはいかない」
「槐様……」
冬の神は、もう二度と柊を返してはくれないだろう。それでも一縷の望みにすがってしまう。毎日時間を作って冬の神殿に向かうのは日課になった。
色を失った日々は柊がいなくなって一年が経っていた。これまでも豊かであった久遠の国は今年、歴史に見ない豊作に見舞われた。柊を犠牲にして得た恵みだ。
国のことを思えば喜ばしいが、槐自身はこの身がちぎれそうなほどつらい。
「冬の神よ、感謝いたします。柊は息災でしょうか? どうか彼女に伝えてください、久遠の国はとても豊かだと……」
はらりと涙が落ちる。未練がましく柊を求めてしまう。
『これではまるで私が悪者のようではないか。おまえの想いのほうが私よりも強いようだな。柊もおまえのことを恋しく思っているようだ』
今まで一度だって答えてくれなかった冬の神の声が聞こえた。辺りが冷え込み、はらはらと雪が舞う。次の瞬間、目の前に愛しい女の姿が現れた。槐はその体を搔き抱く。
「槐様……?」
「柊……」
腕の中に納まった柊がぎゅっと抱き返してくる。
「お会いしたかった……」
「俺もだ、どれほど焦がれたことか」
「冬の神様が、槐様の言葉に応えて私を帰してくださったのです。思っていたよりもご自身の回復も早かったようで。槐様、私を待っていてくださってありがとうございました」
「永遠に待つつもりだった」
「これからは共に久遠の国を見守りましょう」
ふたりは固く抱き合い、それから四季の神々に感謝を捧げた。
久遠の国に四季が巡る。槐が柊とともに国を治めた期間は、黄金期と呼ばれ、長い歴史の中でも最も豊かな時代となった。
了
「どうして私を追い出すのですか! 柊がいなくなったのだから私しか妻になれないのに!」
「おまえに春の神の加護はない」
「そんなことはありません、私、春の神を見たんです!」
「見た……どこで?」
「ええと……私の家です」
神の加護を得た際には神から神託が下る。槐の時は夏の神の声が聞こえた。『おまえに加護を与えると』。神が姿を見せるのはそのあと神殿にいてだ。他の場所ではありえない。
「春の神が私の前に姿を現してくださった、加護を授けてくださった証です! それを今更偽物扱いするなんて、春の神は意地悪ですわ」
「間違っているのはおまえのほうだ椿。加護を授かる際は声が聞こえる。その後も、四季の神は加護者に語り掛けるものだ。おまえはその声を聴いたのか」
「それは……そんなこと、知りませんでした……」
槐は怒りでため息が出た。
こんなもののために、柊を失ったと言うのか。
「此処を去れ」
「嫌です! 槐様のお傍にいたいのです」
「楸、実家まで送り届け椿を久遠の地から追放しろと伝えろ」
「かしこまりました」
椿は柊と春の神の文句を言いながら、楸に引きずられて行った。実家に戻った後のことは知らない。楸が書類を改めたところ、椿の実家からの支援金はすべて領民から不当に集めたものだったことがわかり、椿の一族は国から追放された。
大方今ごろは国外で農地を耕しているころだろう。
「体を壊します、少しお休みになられてください」
心配した楸が声をかけてくる。
「見ているこちらも痛々しくなります。柊様は、槐様のそんな姿を望んではいないでしょう」
「……柊が施してくれた豊かさを、無駄にするわけにはいかない」
「槐様……」
冬の神は、もう二度と柊を返してはくれないだろう。それでも一縷の望みにすがってしまう。毎日時間を作って冬の神殿に向かうのは日課になった。
色を失った日々は柊がいなくなって一年が経っていた。これまでも豊かであった久遠の国は今年、歴史に見ない豊作に見舞われた。柊を犠牲にして得た恵みだ。
国のことを思えば喜ばしいが、槐自身はこの身がちぎれそうなほどつらい。
「冬の神よ、感謝いたします。柊は息災でしょうか? どうか彼女に伝えてください、久遠の国はとても豊かだと……」
はらりと涙が落ちる。未練がましく柊を求めてしまう。
『これではまるで私が悪者のようではないか。おまえの想いのほうが私よりも強いようだな。柊もおまえのことを恋しく思っているようだ』
今まで一度だって答えてくれなかった冬の神の声が聞こえた。辺りが冷え込み、はらはらと雪が舞う。次の瞬間、目の前に愛しい女の姿が現れた。槐はその体を搔き抱く。
「槐様……?」
「柊……」
腕の中に納まった柊がぎゅっと抱き返してくる。
「お会いしたかった……」
「俺もだ、どれほど焦がれたことか」
「冬の神様が、槐様の言葉に応えて私を帰してくださったのです。思っていたよりもご自身の回復も早かったようで。槐様、私を待っていてくださってありがとうございました」
「永遠に待つつもりだった」
「これからは共に久遠の国を見守りましょう」
ふたりは固く抱き合い、それから四季の神々に感謝を捧げた。
久遠の国に四季が巡る。槐が柊とともに国を治めた期間は、黄金期と呼ばれ、長い歴史の中でも最も豊かな時代となった。
了



