神戸モンキーの国、蒸気の記憶

 研修が始まったのは、まだビルが工事の真っ最中の頃だった。

 剥き出しのコンクリート、あちこちに散らばる建材、そして漂う埃の匂い。

 そこで私は、のちに戦友となる同期の男たちと出会った。Kもいたし、他にも名前も思い出せない顔ぶれが何人もいた。

 私たちは、完成してもいない巨大な迷宮の中を、期待と、少しの違和感を抱えながら歩き回った。

 「ここから、俺たちの新しい生活が始まるんだ」

 誰かがそう言った。

 二十年後の私は、その若者の背中を叩き、止めてやりたい衝動に駆られる。

 その扉の向こうにあるのは、君が想像しているような「真っ当な苦労」ではない。君がこれまで信じてきた道徳や言葉が、何の価値も持たなくなる、壊れた世界なのだと。

 けれど、若かった私は、ただ笑っていた。

 これから自分を待ち受けている、あの重苦しい蒸気の匂いも、
 人々の顔から表情が消えていく様も、
 そして、その暗闇の中で出会うことになる、あなたの存在も、
 まだ何も知らずに。