神戸モンキーの国、蒸気の記憶

 その場所は、かつての震災の傷跡を必死に覆い隠そうとする、神戸の街の一角に建っていた。
 「就職氷河期」という言葉が、まだ私たちの世代の首筋を冷たく撫でていた頃の話だ。

 大学の文学部を卒業しようとしていた私は、自分の居場所を見つけられずにいた。本を読み、言葉を綴ること。それだけが私の世界のすべてだったのに、社会に出るための門扉はどれも固く閉ざされ、冷ややかな沈黙を守っていた。

 合同就職セミナーという名の、絶望の展示会を何度も巡った末、私はその求人を見つけた。

 「カプセルホテル従業員募集」

 それは、再建されたばかりのビルの、オープニングスタッフの募集だった。
 当時の私は、驚くほど純粋で、そして愚かだった。

 「どんな仕事でも、一生懸命やれば道は開ける」
 「不器用でも、誠実に働けば、自分たちの力で会社を良くしていける」

 そんな、どこかで読んだ美徳の言葉を、文字通り信じ込んでいたのだ。
 南京町に近い本社へ向かった日のことを覚えている。

 面接官は、私の文学部という経歴には一瞥もくれず、ただ「柔道をやっていたそうだな」とだけ言った。私が高校時代の部活動の話をすると、彼は満足そうに頷き、その場ですぐに採用を告げた。

 私は安堵していた。ようやく自分という人間が、社会の一部として組み込まれたのだと。
 だが、その安堵は、入り口を潜るための入場料に過ぎなかった。

 私が踏み込んだのは、清潔なサービスを売りにするレジャー施設などではなかった。そこは、個人の尊厳を一枚ずつ剥ぎ取っていく、巨大な「皮剥ぎ小屋」のような場所だったのだ。