神戸モンキーの国、蒸気の記憶

 あなたが今、どこか別の名前で、別の誰かの妻として、あるいは独りの戦士として、静かに笑っていることを願う。

 サウナ業界で働いていようが、全く別の道を歩んでいようが、そんなことはどちらでもいい。

 ただ、あなたが今、この瞬間に吸っている空気が、あの塩素の匂いを含まない、健やかで自由なものであることだけを。
 
 私は、こうして物語を書き終えることで、ようやくあなたを私の記憶という牢獄から解放しようと思う。
 
 あなたは私の所有物でも、私の青春の飾り物でもない。

 あの過酷な時代を、私よりもはるかに強く、はるかに気高く生き抜いた、一人の独立した女性だ。
 
 窓の外には、二十年前とは違う、穏やかな夕暮れが広がっている。

 私はもう、あの蒸気の向こう側に、あなたの姿を探すことはしないだろう。
 
さようなら。

 私の「はだかの王国」に、たった一筋差し込んでいた光。

 あなたがどこかで、幸せに生きていてくれること。

 ただそれだけを、二十年後の私は、言葉にならない祈りとして捧げ続ける。

 (了)