神戸モンキーの国、蒸気の記憶

 神戸を去った後の私の人生は、決して華やかなものではなかった。

 飲食店での挫折の後、私はいくつかの職を転々とした。一時は、かつてのサウナでの経験を皮肉な形で活かすように、ラウンジや夜の街の管理職として働いたこともある。

 その世界で目にしたのは、あの王国で見たものと同じ、欲望と孤独の縮図だった。
 

 かつての同僚たちの噂も、断片的に届いた。

 あなたと仲が良かったトレーナーのNは、別の土地で夜の接客業に就いたという。上司Fは安価なビジネスホテルのフロントで老いさらばえていたという話も聞いた。

 一度、あの「はだかの王国」の空気に触れてしまった人間は、まるで重力に囚われた星のように、似たような色彩を持つ世界から逃げ出すことができないのではないか――。そんな絶望感に襲われる夜もあった。

 けれど、私を救ったのは、やはり「言葉」だった。
 どん詰まりの生活の中で、私は再びペンを執った。

 大学時代に愛した文学の、静謐で峻烈な世界へ戻ろうと、もがくようにして俳句や小説を書き始めた。

 私の書くものには、いつもどこか「湿り気」があった。それは、あのサウナの蒸気の匂いであり、三宮の駅のホームで感じた冷たい空気の匂いだった。

 やがて私の作品は小さな文学賞を受け、一冊の本になった。執筆だけで食べていけるわけではない。それでも、自分の経験を言葉に置き換えることで、私はようやく、自分自身の人生の所有権を取り戻したような気がした。

 執筆を続けるなかで、私は何度も、あなたのことを思い出そうとした。

 けれど、二十年の歳月は残酷だ。

 あなたの誕生日はいつだったか。あの社員旅行で行った先の地名はどこだったか。

 そうした「記録」としての記憶は、砂時計からこぼれ落ちる砂のように、さらさらと私の指の間から消えていった。