神戸モンキーの国、蒸気の記憶

 けれど、宿泊先のホテルで待ち受けていたのは、私が最も恐れていた光景だった。

 夜、上司たちの部屋で行われた「集まり」。

 そこには、職場の上下関係がそのまま持ち込まれた、異常な空間が広がっていた。酒と煙草の煙、そして、剥き出しになった剥き出しの欲望。

 その淀んだ空気の中に、あなたの姿を見つけたとき、私の心臓は凍りついた。

 あなたは、かつて三宮のバーで「処女なんです」と震える声で告白した、あの凛としたあなたではなかった。上司たちの下卑た冗談に愛想笑いを浮かべ、その場に馴染もうと必死に自分を殺している、痛々しい一人の女性だった。

 私は、あなたをその場から連れ出す勇気さえ持てなかった。

 それどころか、私自身もまた、その場の異常な熱気に呑み込まれ、自分が軽蔑していたはずの「王国の住人」へと成り下がっていった。

 暗い部屋の隅で、私はあなたと重なった。

 それは、恋人同士が交わす甘い抱擁などではなかった。

 この異常な世界でしか呼吸を許されない、二人の迷子が、互いの体温を確かめ合うことで、辛うじて自分の存在を繋ぎ止めようとする、悲しい生存確認のようなものだった。

 あなたの肌は驚くほど冷たく、けれど、私を受け入れるあなたの手つきは、恐ろしいほどに優しかった。

 「……私、もう、どうでもよくなっちゃったのかな」

 暗闇の中であなたが呟いたその言葉が、二十年経った今も、私の耳の奥にこびりついている。
 あなたが必死に守り抜こうとしていた「聖域」が、この蒸気の立ち込める王国によって、音を立てて崩れ去った瞬間だった。