神戸モンキーの国、蒸気の記憶

 隣の席の酔客が「よう、若いの、頑張れよ!」と冷やかしてきた。

 私たちは顔を見合わせて笑った。
 その瞬間、私たちは確かに「仲間」だった。

 職場の同僚という言葉では足りない、過酷な戦場を生き抜くための、たった二人の同盟軍のような連帯感。
 

 駅の改札で、私は「途中まで送ろうか」と言った。

 深夜の三宮。酔いも回っていた。けれどあなたは「大丈夫ですから」と、いつもの明るい声で断り、一人で階段を降りていった。

 遠ざかっていくあなたの背中を見送りながら、私は祈っていた。

 あなたが守ろうとしているものが、いつか報われる日が来るように。
 あなたがいつか、この塩素の匂いのしない場所で、誰かに心から愛される日が来るように。

 二十年後の私は、駅のホームに一人残された当時の自分の肩を叩き、こう言ってやりたい。

 ――その時、君が送らなかったのは、優しさだったのか、それとも臆病だったのか。

 そして、その背中が消えていくのを見ていたあの瞬間が、君たちの人生が最も重なり合っていた絶頂だったのだと。

 あの日、あなたが口にした「処女」という言葉は、あの異常な王国に対する、もっとも気高く、そしてもっとも悲しい宣戦布告だったのだと、私は今になってようやく気づくのだ。