愛媛県に日帰り出張とか正気ですか?【出張女子ひとりメシ】


 予定より少し早く、私たちは松山空港へと戻ってきた。
 商談が思ったよりもスムーズ(というか、先方の「検討します」で呆気なく)終わったためだ。そして、失意の底に沈む私には、実は密かに楽しみにしているものが一つだけあった。

 みかんジュースの蛇口である。
 蛇口をひねる。水が出る。これは普通だ。文明の利器である。
 蛇口をひねる。お湯が出る。これもわかる。お風呂や洗面所の基本だ。
 蛇口をひねる。色鮮やかな橙色のみかんジュースが、勢いよく注がれる。

 夢だ。完全に童話かアニメの世界である。なんと甘美で、人を惑わせる響きだろう。幼少期に誰しもが一度は思い描く「こんなのがあったらいいな」という無邪気な妄想を、行政と地元の企業が総力を結集して現実世界に具現化したかのような奇跡の設備。愛媛県、恐るべしである。

 道後温泉がダメでも、せめて、あの蛇口から溢れ出る黄金色のジュースをコップいっぱいに満たして、渇いた喉に流し込むことさえできれば、今日という踏んだり蹴ったりな一日も報われるというものだ。

 私は自然と早足になり、空港ロビーの一角へと向かった。

 あった。神々しい光芒を背負うかのように、ポツンと鎮座する特設コーナー。間違いなく、あの蛇口だ。みかんのイラスト。夢の装置がそこにある。

 私は財布を握りしめ、吸い寄せられるように駆け寄った。
 そして、目に入ったのは。

『本日の販売は終了しました』

 という、冷酷無比な一枚のパウチ用紙だった。

「…………」

 終わり?嘘だと言ってほしい。
 私は慌てて腕時計に目をやった。まだ夕方だ。世間一般の感覚からすれば、これから夕食の時間帯のはずである。
 だが、終わっているものは、終わっているのだ。どれだけ看板を凝視しようとも、文字が「販売中」に化けるわけではない。
 蛇口からみかんジュース。本日終了。
 私のささやかな希望。本日、完全終了。

「…………ちくしょう」

 周りに聞こえないほどの蚊の鳴くような声で、私はポツリと呟いた。
 愛媛まで来て。朝五時に叩き起こされて。上空の息苦しい機内でカタカタとPCを叩かされ。昼飯時まで味のしないサンドイッチで会議をさせられ。必死のプレゼンも「検討します」でかわされ。挙句の果てに、楽しみにしていたみかんジュース一瞬すら飲めない。
 なんだこの出張は。私は一体、何のために四国まで飛んできたのだ。


 しかし。神はまだ、私を完全に見捨ててはいなかったらしい。いや、正確には航空会社の整備担当者が、機体のどこかに見逃せない不備を見つけてくれたのだ。
 搭乗口付近の電光掲示板に表示された赤文字を、私は念のために三回読み直した。

『欠航』

「……欠航?」

 理由:機材整備上の不備。本日の当該便は欠航となり、振替の手続き案内がアナウンスされ始める。私は即座にスマートフォンを取り出し、本日の最終便までの空席状況を確認した。……全滅。無理だ。今日中に東京へ帰る手段は、完全に断たれた。

 ということは。

「まあ、しょうがないね」

 田村部長が諦めたように息を吐き、首を横に振った。

「今日は泊まるしかないな」

 …………。
 泊まる。愛媛に。今夜、私は泊まるのだ。
 私は静かに空港の天井を見上げた。勝った。何に、誰に勝ったのかは自分でも分からない。だが、私は間違いなく勝ったのだ。

 ヤッタァァァァァァァァ!!

 脳内でド派手な金銀の紙吹雪が舞い散る。道後温泉。歴史ある名湯。湯上がりの浴衣姿。夜の松山城下町。今度こそ本物の鯛めし。揚げたてのじゃこ天。地元の熱気あふれる居酒屋。ホテル代だって、会社の規定内でおさまるビジネスホテルなら全額経費で落ちるはずだ。もし規定を少しオーバーしたとしても構わない。差額くらい自分のポケットマネーから出してみせる。今日という理不尽を生き抜いた私には、それくらいの贅沢とロマンが許されて当然だ。

「空港隣のホテル、取れました!」

 井上先輩が、まぶしいほどの笑顔でスマホの画面を掲げた。

「三部屋!」

 井上ェエエエエエエエエエ!!

 なぜ速い。どうしてそういう時だけ、恐ろしいほどの処理能力を発揮するのだ。いや、この男の仕事はいつでも速い。知っている。熟知している。しかし今だけは、世の中の通信障害か何かで手配が遅れてほしかった。

「空港のすぐ隣なんで、明日の移動もめちゃくちゃラクですよ!」

「…………ありがとうございます」

 社会人としての最低限の理性を振り絞り、私は深々とお礼を言った。心の中では、滝のような涙を流していた。遠ざかっていく道後温泉の湯けむり。儚く消えていく浴衣の幻影。

「せっかく時間ができましたし、今日の商談の振り返り、やっちゃいましょうか!」

 井上先輩が目を輝かせて提案してくる。
 まだやるの?私は本気で遠い目をした。


 空港内のフードコート。私たちは三人でテーブルを囲んでいた。
 手元にあるのは、それぞれのノートパソコンと、すっかり冷めきったブラックコーヒー。テーブルの上に食べ物の姿は一切ない。広々としたフードコートのあちこちからは、旅客たちが楽しそうにうどんをすする音や、香ばしい醤油の香りが漂ってきて、私の鼻腔を容赦なく刺激する。

「まあ、先方の反応としては決して悪くなかったよね」

 田村部長がPCの画面を見つめたまま言った。

「そうですね。ただ、価格面への反応が少し気になりました。二SKUに絞った場合のボリュームディスカウントをどこまで見せるかですね」

 井上先輩が、待ってましたとばかりにノートを開いて答える。
 私はコクコクと、ロボットのように頷いた。チラリと手元の時計を見る。十八時三十分。
 腹が減った。猛烈に、殺意を覚えるほどに腹が減った。
 私の胃袋は今やペラペラの空っぽで、中で小さな怪獣が暴れ回っているかのような感覚すらあった。何が「論点の構造化」だ。今の私の脳内は「ご飯の構造化」で占められている。

「加藤さんはどう思った?」

 田村部長から不意に振られ、私は必死に思考のピントを仕事へと合わせた。

「えっ、あ……はい。最終的には、販促費をこちらがどこまで持てるかで決まりそうだと思います。そこを提示できれば、先方の重い腰も上がるかなと」

「うん、俺もそう思う」

 田村部長が満足そうに頷く。よし、会話は繋いだ。だからそろそろ、この無意味なお冷とコーヒーだけの空間を脱出しようではないか。腹が減って死にそうなのだ。
 その時だった。

「あ、俺、夜は食べないようにしてるんだよね」

 突然、田村部長がポツリと言った。なんでも先月の健康診断で、コレステロール値か何かが引っかかったらしい。
 知らん。そんな大人の事情は心底どうでもいいから、頼むから何か食べてくれ。あなたが「何か食べようか」と言ってくれさえすれば、私もそれに乗っかって、堂々と愛媛の美味いものを胃袋に叩き込めるのだ。上司の健康診断の結果など、今の私にとってはみかんの皮ほどの価値もない。

「いいですね、それ」

 井上先輩が我が意を得たりと深く頷いた。
 やめろ。同調するな。

「僕も今日、昼しっかり食べたんで夜はいいかなと思ってたんですよ。消化にエネルギー使わなくて済みますし」

 しっかり?あの、味がしたかも怪しい、打ち合わせの合間に流し込んだだけの冷たいサンドイッチを?あの鳥の餌みたいな量を「しっかり食べた」と表現するのか?
 あれを昼食としてカウントするなど、胃袋に対する侮辱である。仕事をしながら口に突っ込んだものは食事ではない。ただの生命維持用燃料補給だ。
 しかし、絶望的な構図がここに完成してしまった。
 部長、食べない。先輩、食べない。

 この二人を前にして、一番年下で下っ端の私が、「じゃ、私はがっつり鍋焼きうどん食べまーす!」と無邪気に笑顔で宣言できるほど、私は図太くも強くもなかった。そんなメンタルの強さがあるなら、前職のブラックコンサルも辞めていない。

「加藤君はどうする?お腹減ってたら気にせずなんか食べなよ?」

 田村部長が優しく声をかけてくれる。その優しさが一番痛い。周りが水だけで我慢している中で、一人だけ熱々の名物料理を貪り食う拷問に耐えられる人間がどこにいるというのか。

「あ、私も大丈夫です。全然お腹減ってないんで」

 言った。言ってしまった。
 私の口が。長年の社畜生活によって「空気を読むこと」だけを極限まで最適化された社会人の口が、悲鳴を上げる己の胃袋を完膚なきまでに裏切った瞬間だった。

 二十時前。ようやく地獄の反省会が終了し、解散となった。
 ホテルへ直行する二人と別れた私は、一人空港のターミナルビルをふらふらと歩き出した。
 腹が減った。ものすごく腹が減った。思い返せば、朝からまともに胃に入れたものといえば、あの味のしない冷めたサンドイッチだけだ。しかもその半分は「競合商品の棚効率」についての議論に脳のリソースを割かれていたため、実感としては実質半分のカロリーしか摂取できていない。

 だめだ。どうしても食べたい。何か、たまらなく美味しいものを。
 私は今日、一体何をしたというのだ。朝五時に起き、会社のために働き、狭い飛行機の中でもノートPCを叩いて働き、昼飯時も打ち合わせで働き、商談をし、空港でも反省会をした。そしてこの後、空港のすぐ横にある素っ気ないビジネスホテルに移動してただ寝るだけ?

 そんな悲しい一日にしてたまるか。美味しいものが食べたいんだヨォオオオオ!!

 しかし、現実的な時間は刻一刻と過ぎていく。ホテルは空港の目と鼻の先であり、明日も早朝からの移動だ。今から松山市街へ電車で繰り出すのはあまりにも現実的ではないし、道後温泉の湯けむりなど夢のまた夢。
 つまり。選択肢は一つ。ここで、この空港内で食べるしかないのだ。

 その時、一軒の飲食店の暖簾が目に入った。

『鯛めしかどや』

 鯛めし。私はその場でぴたりと足を止めた。そうだ、愛媛といえば「みかん」という絶対王者の陰に隠れがちだが、実は瀬戸内海と宇和海に面した全国有数の真鯛の産地なのだ。出張前に愛媛の名物を調べていた際、確かに「鯛めし」という文字を何度も見かけた。
 私の知っている鯛めし。それは、炊飯器の蓋を開けるとほくほくのご飯の上に立派な鯛の身がまるごと乗っていて、一緒に出汁で炊き込まれているものだ。当然、美味い。
 私は店先のショーケースにある写真付きのメニューを覗き込んだ。

「……ん?」

 違った。私の知っている鯛めしと、何かが根本的に違う。
 そこに写っていたのは、ツヤツヤと輝く新鮮な真鯛の「刺身」だった。そしてその隣には……なんだこれは?深めの小鉢に入った生卵と、濃い目の出汁醤油。そして湯気の立つ白いご飯。
 添えられた説明書きに目を通すと、どうやら愛媛には大きく分けて二種類の「鯛めし」が存在するらしい。

 ひとつは、「松山鯛めし」。鯛を丸ごと米と一緒に炊き込み、炊き上がったら身をほぐしてご飯全体に混ぜ合わせる。私が想像していたのはこれだ。いわば鯛と米が最初から同じ釜の飯を食った仲。生まれた時から約束された運命共同体、いわば「結婚」である。
 そして、もうひとつ。「宇和島鯛めし」。こちらは鯛を炊かない。生の刺身のまま扱う。生卵の入った特製のだし醤油に刺身をたっぷり潜らせ、薬味と一緒に温かいご飯の上にかけて食べる。

 同じ「鯛めし」という名前を冠していながら、思想があまりにも違いすぎる。松山鯛めしが「我々は最初から一つです」という伝統的な結婚なら、宇和島鯛めしは「お互いの個性を尊重しつつ、各自好きなタイミングで合流してください」という現代的なパートナーシップだ。

 俄然、興味が湧いてきた。

 しかもこの店では、宇和島鯛めしだけでなく『さつまめし』なる聞き慣れない料理も食べられるらしい。さつま?鹿児島か?と一瞬思うが、ここは紛れもなく愛媛だ。焼いた魚の身を丁寧にほぐし、香ばしい麦味噌と出汁と一緒にすり鉢ですり合わせた濃い汁を、温かい麦ご飯にかけて食べる南予地方の伝統的な郷土料理だという。

 写真を確かめる。深鉢に入った茶色い出汁汁。薬味のネギやミョウガ。そして麦ご飯。なるほど、要するに「魚版のとろろ飯」のようなものだろうか。美味しくないわけがない。
 宇和島鯛めしにするか。それとも、さつまめしにするか。
 私はじっくりとメニューをめくった。そして、奇跡のようなページを見つけた。

「宇和島鯛めし・さつまめし両方味わえる郷土満喫御膳」

 決まりである。迷う必要などどこにもなかった。どうせなら、この店で一番豪華で贅沢なセットにしよう。
 今日のこれは、会社の経費ではない。すべて私の自腹だ。だからこそ。誰にも文句は言わせない。私は私の金で、私が食べたいものを、私が食べたいだけ喰らうのだ。

「すみません、これお願いします」

 店員さんに注文を告げた瞬間、一日中胸の奥につかえていた重く苦しい塊が、すっと軽くなった気がした。
 運ばれてきたお膳を見て、私の目は輝いた。
 他の単品メニューはお茶碗盛りなのだが、宇和島鯛めしとさつまめしの両方が並ぶこの豪華なセットだけは、小ぶりで上品なミニおひつにご飯が盛られていた。
 蓋を開けると、ふわりと温かい湯気が立ち上る。このおひつの中に、私の自由がある。どう配分し、どう食べるか。選ぶ楽しみ、組み立てる自由が、そこにはあった。
 まずは、何もつけずに真鯛の刺身をそのまま一切れ、口へ運ぶ。新鮮でプリプリ!噛み締めるたびに、白身魚特有の澄んだ甘みが広がる。

 次に、小鉢に入った特製のだし醤油と生卵を、箸でとろとろになるまでしっかりと溶きほぐす。濃厚な黄金色のタレ。正直、このタレだけでご飯にかけても絶対に美味しいはずだ。 そんな誘惑をグッと我慢し、プリプリの鯛の刺身をそのタレへ贅沢にくぐらせる。

 まずは一杯目。宇和島鯛めし。おひつからよそった温かいご飯の上に、とろとろのタレを纏った鯛の刺身をドサッと乗せ、薬味のネギと海苔を散らして、一気にかき込む。美味い。濃厚な卵出汁のコクと刺身の弾力、温かいご飯が口内で完璧な協奏曲を奏でる。合間に塩気の効いた漬物を挟み、お吸い物を一口。完璧だ。

 二杯目は、さつまめし。おひつから香ばしい麦ご飯をよそい、焼いた魚の香ばしさと麦味噌の深いコクが詰まった濃い汁をたっぷりとかける。まさに「高級な魚のとろろ飯」だ。冷たい汁と温かい麦ご飯のギャップ、薬味のミョウガが爽やかに抜け、さらさらと胃の中に吸い込まれていく。

 そして三杯目。おひつに残った最後のご飯に、器に残った旨味たっぷりの卵醤油をそのままぶっかけ、贅沢極まりない「特製卵かけご飯」で締める!

 正解などないのだ。どんな順番で食べようが、どう楽しもうが勝手。この、自分で自由に選び、好きに組み立てられるご飯こそが、最高の自由だった。

 朝から何一つとして自分の思い通りにならず、自由にできなかった今日という一日。しかし今、このご飯に対する圧倒的な自由度の高さが、すり減った私の心と胃袋を優しく満たしてくれた。

 三杯目の特製卵かけご飯をきれいに平らげ、パンパンに膨らんだ腹をそっと撫でさすりながら、私はお茶をすすり、ぼんやりと今日の商談のことを考えていた。

 新作エナドリ。先方の担当者の渋い表情。検討します、という保留。価格設定。棚の奪い合い。競合他社の影。そして、隣で終始ギラギラと目を輝かせていた井上先輩。

 仕事。頑張る。頑張る。頑張る。
 うちの会社が扱っている商品は、基本的にずっとそうだ。『頑張るあなたへ』『限界を超えろ』『昨日の自分を超えていけ』
 エナジードリンクという商品の性質上、そういうポジティブなアドレナリンを煽るようなコンセプトになるのは、当然と言えば当然だ。

 でも。今日、朝五時から一日中井上先輩の狂気じみたタフネスを見続けて、そして今こうして誰にも邪魔されずに自由な夕食を貪り食って、つくづく思ったのだ。

 人間、ずっと頑張れるわけがない。というか、ずっと頑張り続けてはいけないのだ。
 必死に歯を食いしばって頑張る日があれば、何もしないでだらだら過ごしたい頑張らない日だってある。朝から勝負どころの商談がある日は、カフェイン強めの一本でギアを上げる。逆に「今日はもう無理、定時で帰って動画でも見よう」という日は、カフェイン控えめで、フルーティーな味そのものをゆっくり楽しむための一本。

 同じブランドの中に、二つの選択肢。その日の自分のコンディションや気分に合わせて、自分で選べるエナジードリンク。
 ――それ、めちゃくちゃ面白くないか?

 私はポケットからスマートフォンを取り出し、画面のメモアプリを開いた。指が勝手に動く。
『今日は頑張る日。』『今日は頑張らない日。』

 二つの商品。二つのテーマ。あえて二本並べて売り場に置く。「今日のあなたは、どっちの気分?」みたいなキャッチコピー。頑張る人を応援するだけでなく、「今日は頑張らない」という選択を優しく肯定してあげるエナジードリンク。

 ……これ、絶対にありだ。

 翌週の企画会議。ダメ元で提案してみたその企画は、私の予想を遥かに超えて社内で大絶賛された。
 田村部長はまんまるな顔をほころばせ、「無理に背中を押しすぎない感じが、今の時代にすごく合ってるかもしれないね」と深く頷いてくれた。

 そして井上先輩はといえば、「面白いですね!最高です!よーし、じゃあこのコンセプトで今日中に競合の市場調査とアンケート設計をやり切りましょう!」と鼻息を荒くした。

 今日中じゃなくていい。頼むから明日以降にしてくれ。

 やがて正式に商品化されたその二本は、発売されるやいなやSNS上でちょっとしたブームを巻き起こした。
 コンビニの棚に並んだ『今日は頑張る日』と『今日は頑張らない日』を二本並べて写真を撮り、投稿する人が続出。「今日はこっちで乗り切る」「今日はもう頑張らないって決めたから黒い方」といったリアルな声がタイムラインに溢れた。両方まとめて買って、毎朝冷蔵庫の前でその日の気分に合わせて選ぶというヘビーユーザーまで現れた。

 売れた。会社の想定を大幅に上回る勢いで、めちゃくちゃ売れたのだ。

 だから、私は思うのだ。

 頑張れば、必ずしも欲しい結果が出るわけじゃない。かといって、頑張らない時間があるからといって、何も生まれないわけでもない。

 少なくとも私に関していえば、あの日、愛媛で上司たちの空気を無視して一人でちゃんとした晩ご飯を食べなければ、この大ヒット商品は絶対に世に生まれていなかったのだから。


 それから数か月後。新商品の大ヒットで活気づくオフィスで、田村部長が私のデスクに歩み寄ってきた。

「加藤君」

「はい、部長」

「実はさ、新商品の地方展開で、次は高知のスーパーから熱烈な引き合いがあってね。営業に行ってほしいんだけど」

 高知。カツオのたたき。皿鉢料理。熱々の鍋焼きラーメン。屋台の餃子。私の脳内データベースが、一瞬で高知の誇る絶品グルメの検索結果をズラリと展開した。

 田村部長が、申し訳なさそうに言葉を続ける。

「まあ、朝一の飛行機で行けば、日帰りで――」

「絶対泊まります!!!」

 静かなオフィスに、私の魂の叫びが響き渡った。フロア中の社員が一斉に振り向き、何事かと目を丸くしている。その中で唯一、井上先輩だけが「えっ、高知って日帰り余裕じゃないですか……?」と言いたげな、心底不思議そうな顔で私を見つめていた。