愛媛県に日帰り出張とか正気ですか?【出張女子ひとりメシ】


 十三時。はなまるスーパー本社、四階の会議室。

 私はプロジェクターのスクリーンの横に立ち、レーザーポインターを握りしめていた。ここからは、プロとしての仕事の時間だ。

 なんだかんだ言って、私はこの仕事が嫌いではない。むしろ、新しい商品をどうやって世の中に送り出し、どんな人に届けるのかを試行錯誤する過程は、純粋に面白いと思っている。誰がこの一本を欲しがるのか。どんな時に、どんな気持ちで手に取るのか。どんな売り場を作れば、慌ただしく買い物をしている人の足を止めさせられるのか。

 今回の新作は、柑橘系の爽やかさをガツンと押し出したエナジードリンクだ。甘ったるさを抑え、仕事中のリフレッシュに特化した味に仕上がっている。愛媛県内で絶大なシェアを誇るローカルスーパー「はなまるスーパー」で展開するなら、この地域性とも間違いなく相性がいい。

 スライドを次々とめくっていく。市場の最新データ。ターゲット層のペルソナ。類似商品の販売実績。売り場での見せ方のシミュレーション。そして、購買意欲をそそる販促キャンペーン案。

 すべて、井上先輩から死ぬほど叩き直された資料たちだ。昨日(というか今日の未明)など、チャットでこう突き返された。

『加藤さん、このグラフ、結論が〇・三秒で伝わらないよ。直して』

 人間は〇・三秒でグラフを理解する生き物ではない、と叫びたかった。コンサル時代の狂気が垣間見えた瞬間だったが、理不尽に思いつつも修正した資料は、悔しいかな見違えるほど分かりやすくなっていた。

 説明を終える。長テーブルに並んだ先方の商品部担当者たちが、静かに頷いている。いくつかの厳しい質問も飛んできたが、事前に井上先輩と(あの地獄の機内やカフェで)詰めておいた論点だったため、淀みなく打ち返すことができた。

 会議室の空気は、悪くない。手応えはある。これはいけるのでは?私は心の中で密かに拳を握りしめた。

「ご説明、ありがとうございました。非常に面白いご提案でした」

 担当者の男性が柔らかい笑みを浮かべ、丁寧におじぎをする。そして、あの「決まり文句」を口にした。

「一度、社内で検討しまして、改めてご連絡いたします」

 保留だった。
 会社員なら誰しも一度は聞いたことがあるだろう。『検討します』。それは「前向きに前進中」とも「丁寧なお断り」とも受け取れる、ビジネス界最強のシュレディンガー言語である。箱を開けるまで、生きているか死んでいるか誰にも分からない。
 商談を終え、はなまるスーパーの本社ビルを出た。重い自動ドアが閉まった瞬間、井上先輩が私の肩をバシッと叩いた。

「いやあ加藤さん、感触よかったですね!かなり刺さってましたよ!」

 強い。強すぎる。どこをどう切り取ったらあの『検討します』からそれほどのポジティブな手応えを抽出できるのか。この人の無敵のメンタルを精製して缶に詰め、エナドリにして売った方がいいのではないか。