松山空港に到着した。
滑走路からターミナルビルへ歩き出し、四国の爽やかな風に触れた瞬間、私は小さく息を吐いた。狭い機内で黒スーツの男三人がひたすらキーボードを叩き続けるという「移動式拷問」から、ようやく解放されたのだ。
時刻は十一時二十分。商談は十三時から。はなまるスーパー本社までの移動時間を考慮しても、丸々一時間ほどの余裕がある。
腹が減った。当たり前だ。人間はどれだけ完成度の高いPowerPointの資料を眺めたところで、胃袋を満たすことはできない。空腹感は限界に達していた。
愛媛。人生初の足踏みとなる地。時計を見れば、まさにランチタイムに差し掛かる絶好のタイミング。
自由時間だ。これはもう、行くしかないだろう。アルミ鍋でグツグツと煮込まれた、あの甘めの鍋焼きうどんもいい。いや、空港内の売店で揚げたてのじゃこ天を買って、ハフハフと頬張るのも捨てがたい――。
妄想が膨らみ、私の口内にじんわりと唾液が広がっていく。出張の醍醐味とは、こういう一瞬の隙間にこそ存在するのだ。
「ちょうどお昼ですね」
横から、あまりにも聞き慣れた、そして今この瞬間最も聞きたくなかった快活な声が降ってきた。
嫌な予感がした。背筋を冷たい汗が伝う。
「ランチミーティングしましょう!」
井上ェエエエエエエ!!
私は心の中で、松山空港の天井を突き破るほどの絶叫を上げた。なぜだ。なぜこの男は、空港に到着した瞬間に「美味しい店を探そう」ではなく「会議の延長戦をしよう」という思考回路になるのか。脳の構造はどうなっているんだ。
結果。私たちは空港内のどこにでもあるような、何の変哲もないチェーンのカフェへと連行された。愛媛らしさなど一微塵もない、無機質な木目調のテーブル席である。
「先方の課題感としてはですね」
モグ。
「棚効率を考えると、今回の提案で三SKUは多いと思うんですよ」
モグ。
「なので、二SKUに絞るケースも想定して論点を整理しておきたくて」
モグ。
味がしない。私が今、口に運んでいるのはパンだ。たぶん、食パンのような形をした何か。間に具材が挟まっている。ハムだろうか。レタスだろうか。それとも、コンサル大好きなKPIだろうか。
「加藤さん、どう思います?」
井上先輩がサンドイッチを片手に、真剣な眼差しで意見を求めてくる。田村部長も向かい側で、アイスコーヒーのストローを咥えながら黙ってうなずいている。
「……はい。二SKUの場合は、定番商品と新商品の組み合わせで棚の回転率を担保するのがベストだと思います」
「ですよね!やっぱりそこがキーになりますよね!」
井上先輩は満足そうに微笑み、再び手元のノートを見つめ始めた。
私は残りのサンドイッチを口に押し込み、水で流し込んだ。確かにお腹に物は入った。カロリーも摂取した。しかし、私の中に「美味しい昼飯を食べた」という記憶や満足感は、何一つ残らなかった。

