――知恵熱が出た。
教室で倒れたあと、ぐんぐん熱が上がって、修二にタクシーで家に連れて帰ってもらった。
保健室でりんちゃんに色々と言われたし、抱き締められた気がするけれど、最近りんちゃんのことばっかり考えていたから、リアルすぎる妄想が夢になったんだと思う。きっとそうだ。だって、あのりんちゃんが、あんなこと……。思い出すとまた熱を出しそうだから、やめておく。
仕事から帰ってきた母親は驚いて、すぐに病院に連れて行ってくれたけれど、結局熱だけでどこも異常がなかった。
次の日、学校を休んでまる一日寝ていたら、あっという間に熱が下がって元気になったから、体育祭からの疲れが溜まっていたんだろう。
通知が鳴ってスマホを取ると、修二や金子、黒岩先輩から個別にメッセージが送られていた。
『気にすんなよ、明日の朝迎えに行く』と修二。もう元気なのに、過保護だ。
『大丈夫ですかー。バイトなくてよかったですね。今度のシフトも無理そうなら俺代わるんで言ってくださいねー』と金子。いいヤツだ……。
『栄養とれよ。何も考えずに休め』と黒岩先輩。頼りになる。
――そういえば俺、りんちゃんの連絡先すら、知らないんだよな。
三人に返事をしながら、ぼんやりと思う。
クラスメイトや部活仲間も心配してくれていて、一人一人に返事をしているうちに、気付いたらまた目を閉じて眠っていた。
翌朝。
宣言通りに修二が迎えに来てくれて、母親もわざわざ玄関先に出て昨日の件を含めて礼を言い(どうでもいいけど、うちの母親は修二を気に入っている)、一緒に学校に行った。
「大丈夫か」
「うん、色々ありがと。ごめんな」
「謝んなって」
「修二が倒れたら次は俺が面倒見るから任して」
腕をぐるぐる回してやる気をアピールしたら、修二が笑って、俺の頭をぐしゃっと撫でてくる。
「サンキュ。大河さ」
「うん?」
「考えるより感じろ派なんだから、あんま悩むなよ」
「ぶはっ」
頭に手を乗っけられたまま言われて、俺は思わず吹き出してしまった。
確かに、そうかもしれない。
俺は今まで、自分が感じたことを疑ったり、考えすぎたりしたことが、なかった。
今回、生まれて初めて目の前に飛び出てきた壁が――りんちゃん。
「そーかも」
「だろ」
「修二さあ、俺の取説作れるかもね」
「まあ、そんだけ見てますから」
俺よりも俺のことをわかってる。
心底感心して言うと、頭から手を離した修二が、一歩先を歩き出してそう言った。
なんて言っていいかわからなくて、とりあえず、修二の背中にタックルした。
「うおっ、なんだよ」
「へへ。あざす! おまえがいてよかった」
「あー、そうかよ。早く調子戻せよな」
「うん!」
まとわりつく俺を剥がそうとしながらも、修二の声は優しい。
――修二と一緒に登校して、よかった。
いつものリズムが、取り戻せそうだ。
修二と別れて教室に入ったら、「赤星大丈夫かよ」「すげえ倒れたからびびった」「病気?」と、林くんや滝くんや南さんをはじめ、色んな人に囲まれた。まあ、そうか。クラスメイトが授業中に倒れたら、俺だって心配する。
「大丈夫大丈夫ー」
「よかった、でも驚いたよな」
「なにが?」
「いや、白州がさ」
「?」
りんちゃんの名前が出てきて、首を傾げる。
つい無意識に、りんちゃんの席を見てしまった。
きっと、またイヤホンを着けていて、目が合うことは――。
「――はよ」
え!?
えええ!?!
い、今、りんちゃんが、俺を見て、おはようって言った!?
「え!?」
あっ、声に出ちゃった!
「大丈夫なのか」
「ええ!?!」
「会話になってねーぞ赤星」「がんばれ赤星」
周りが俺を応援してくれる声が聞こえてくるけれど、脳内の処理が追いつかない。
大丈夫なのかって言った、今!?
「りっ、りんちゃんが、俺の、しんぱい?!」
「――悪いかよ」
りんちゃんはふいと顔を逸らしてしまった。
いや、悪くない。悪くないんだけど。
俺は何も言えないまま、自分の席に向かった。
途中で、隣の席の滝くんが、小さい声で話しかけてくる。
「白州、おまえのこと運んでくれただろ。保健室に」
「え!?」
「覚えてねーの。さらっと、こう、抱き上げてさ」
「超かっこよかったよね~、ドラマみたいだったー」
滝くんが空気を抱き上げる仕草をして見せて、後ろの席の南さんも会話に参加してくる。
りんちゃんが、俺を抱き上げて、保健室に運んでくれた……!?!
当のりんちゃんは、相変わらず音楽を聞いて、教科書を開いている。
ってことは、まさか、保健室で見たのは夢じゃない……?
――いやいやいや、しっかりしろ、赤星大河。
あれは、俺に都合がよすぎる、白昼夢だ。
先生たちにも心配されて、課題を増やされそうになるのを慌てて阻止しながら、午前中の授業を終えた。
一日空いただけでも追いつくのが大変だ、と思ったが、そういえばここ最近、授業に集中できていなかったんだから、当然だ。
反省しつつ、購買に行こうと歩き出したら、廊下の前にりんちゃんが立っている。
えっ。
は、話しかけてもいいのかな。だめかな。
「おい」
「ひゃいっ」
り、りんちゃんから話しかけてきた!!
想定外すぎて肩が跳ねて、返事も少し噛んじゃった。
「昼飯」
「へ?」
「だから」
「うえ」
「昼飯、」
「えっ」
も、もしかしてこれ、りんちゃんが、俺に、ご飯を誘っている……!!!?
一瞬で俺の頭の中に、アレやソレやらが浮かび上がってきた。
ドレかっていうと、保健室で見た妄想だ。
りんちゃんが真っ直ぐ俺を見て、ふっと笑って、抱き締めてきて――。
下がったはずの熱が、ぶわっと体中を駆け巡ってきて、俺は、思わず、顔を逸らした。
「いやっ、あのっ、その!」
そして廊下を見ると、ちょうど、金子の姿が見えた。
「あ、せんぱ」「金子ォ!! 一緒にメシ食う約束してたよな!! ごめんりんちゃんまたね!!!!!!」
金子の声に食い気味に大きな声を被せて、俺は金子の方へと走って行った。
そう。
りんちゃんから、逃げたんだ。
◇◇◇
一方、教室に残された白州はというと。
「どんまい白州」「どんまい」「どんまい……」
一部始終を見ていた男子から、どんまいコールを送られていた。
◇◇◇
「なんなんですか先輩、別に約束してないでしょー」
金子の背中をぐいぐい押して無理矢理購買に付き合ってもらう中、金子が笑いながら言っている。
「うっ、ごめん、すげえいいタイミングだったからつい」
「いいですよ、俺も先輩と食べたくて教室行ったんだし」
「そうなの!?」
「そうなんでーす」
じゃあ、よかった。
もし他の子と約束しているなら解放しないといけないところだった。
いつも弁当を持って来ている金子に待ってもらって、購買でいつものパンと飲み物を買ってくる。
今日は二人だから、食堂の隅の空いている席に座った。
「体調大丈夫ですか?」
「うん、もう全然元気、超元気!」
「そっか、よかった」
ぐるぐると腕を回してアピールすると、金子が笑った。
チョコチップの入ったメロンパンに齧りついて、もぐもぐと咀嚼する。金子も弁当の唐揚げを口に含んだ。
「ていうか、なんだったんですか」
「え」
「俺をダシにして、何から逃げてたんです」
金子が当然の疑問を口にする。
俺は目を逸らした。
金子は、じっと見つめてくる。
どうやら、逃がしてくれないようだ。
「り」
「り?」
「りんちゃん……」
正直に名前を言うと、金子の目が丸くなった。
「白州さん? なんでまた」
「昼飯、って言われて」
「食べなかったんですか?」
「いやっ、だって、そんな、心の準備とか、してないし!!」
「えー」
そう、すごく急な誘いだった。
朝の挨拶も、体調の心配も、俺の中ではまだ理解が追いつかなくて、どうしていいかわからない。
金子が驚いた声を上げたあと、大きくため息を吐く。
「先輩たち、意味わかんないです」
「ええっ」
そしてそんなことを言われた。
いや、待ってくれ。
俺だって意味がわからない!!
「俺は優しくないから何も教えてあげないですけど。あーあ。先輩、今度俺に店のココア奢ってください」
「なんで!?」
「巻き込まれたから」
「なにに!?」
「自分で考えてくださーい」
金子は面倒そうだ。
弁当を食べながらも、宣言通り、俺の疑問に答える気はないようだ。
更に謎は深まるばかりである……。
◇◇◇
「ねえ、なんか燐さん死んでるけど」
「大丈夫ですか、燐さん」
空き教室で千里と千鳥と弁当を食べながらも、白州は不機嫌なオーラを隠さない。
「うるせえよ」
「燐さんこわーい」
「赤星さんと食べるつもりだったのに、逃げられたんですって」
「違う」
「まあまあ、まだまだチャンスはあるし、次がんばろー」
「うるせえ、――次、は」
きゃらきゃらと笑う千里に低い声で返したあと、目を逸らして、白州が小さい声で言った。
双子が首を傾げて、先を促す。
「次は、――なにを、誘えば、いいんだ」
「!!」
白州からの問いに、双子は同時に目を丸める。その後、すぐに顔を見合わせて目を細めた。
「まっかして、プランB、行こ!」
「ええ。行きましょう」
胸を張る千里に、しっかりと頷く千鳥。
白州は、ふん、と鼻を鳴らしながらも、二人の話に耳を傾けた。
◇◇◇
なんとか邪念を振り払って、集中しようとしながら午後の授業を受けて、やっと放課後になる。
今日はサッカー部がある。朝練は休んでしまったから、午後の練習は出ておきたい。
ざわざわとした教室を出ようとしたら、後ろから、ぐい、と腕を掴まれた。
「おい」
「はいっ、!?」
低く呼ばれて振り向くと、そこにはりんちゃんの姿がある。
えっ!?
お、俺またなんかやっちゃいました!!?
あっ、昼!? 昼に逃げたこと!? 激怒!!?
りんちゃんの顔が真剣で、怒らせてしまったかと不安になる。
りんちゃんは俺をじっと見て、口を開こうとする。
うっ。
き、聞きたくない。
「帰り、」「ぶっ、部活! あるから! またね!!」
りんちゃんが何か言う前に、俺はりんちゃんの腕を振り払って、廊下に出て走り出した。
「白州どんまい」「どーんまい」「どんまい……」と後ろから聞こえてきた気がするけれど、そんなこと、気にもしていられなかった。
「ぶわっ」
廊下を走りすぎて、目の前にあるがっしりした身体に気付かず、大きな背中にぶつかってしまう。
「大丈夫か」
「く、黒岩先輩……」
その頼もしい背中は、他でもない、黒岩先輩のものだった。
俺は思わず先輩に縋りたくなってしまったが、それはできない。
「ごめんなさい、前見てなくて」
「随分急いでたな」
「部活に早く行きたくて」
「そうか」
黒岩先輩は、深くは聞いてこない。
それでも目を細めて優しく笑ってくれるから、それだけでほっとしてしまう。
「体調大丈夫なのか」
「はい、おかげさまで!」
俺は腕をぐるぐるして、黒岩先輩にもアピールした。
黒岩先輩はそれを見て頷く。
「無理はするなよ。しんどくなったらすぐ見学しろ」
「はーい」
「朝練で」
「?」
俺がいなかったとき、何かあったのかな。
黒岩先輩が話すのを、顔を見上げて聞く。
「おまえの声が聞こえなくて、調子が出なかった」
眉を下げて笑って、そう言ってくれる声が、すごく優しい。
黒岩先輩が、俺の背中を軽く叩いた。
「俺以外もそう思ってるはずだ」
「っす!」
朝、修二に言われた言葉を思い出して、強く頷く。
みんな、優しい。
俺は恵まれている。
部活に行くために校舎の外に出ると、初夏の青空が広がっていた。
次の日もその次の日も、りんちゃんはなんだか変だった。
目が合うようになったし(俺から逸らしちゃうんだけど)、声を掛けてくれるようになったし(俺から他の人に話を振っちゃうんだけど)、なんだか誘ってくれるような素振りも見せてくれるようになった(俺から逃げちゃうんだけど)。
りんちゃんから話しかけてくれるようになったらいいなってあれだけ思っていたのに、いざそれが現実になると、俺の心と身体はキャパオーバーだ。
保健室で見た、ふっと笑って抱き締めてくるりんちゃんの幻覚が、いやにリアルに頭を過って、抱き締められた感触までもを思い出してしまいそうになる。それに堪えられなくて、身体が勝手に逃げちゃうんだ。
りんちゃんから離れようって思ったのに、本人から近付いてくるなんて、超超超想定外だ。
今日も、昼休みになって、前はあれだけ気にしていた廊下側の一番後ろの席をなるべく気にせずに廊下に出ようとしたら、「おい」と呼び止められてびくっと肩を竦める。
「待て」
「ひえ」
りんちゃんが、どん、と教室の扉に手をついた。俺の背中が扉に押し付けられて、逃げ場がなくなる。
こ、これって噂の、壁ドン……?!?
りんちゃんの顔が俺の間近にある。
うわ。顔が、きれいだ。
思わず見惚れて俺の心臓がドキドキと煩く高鳴る。
「これ」
俺が逃げないと気付いたりんちゃんが小さく息を吐いて、扉から手を離した。
その代わり、黒くて小さい箱を、俺の胸に押し付ける。
「うえ?」
「――俺が使ってるヤツ」
りんちゃんが使ってる、ワイヤレスのイヤホン?
前に俺が、何を使っているのか知りたくて、あわよくばお揃いにしたいって思ってたヤツだ。
目つきの悪いうさぎのキャラクターは描かれていない、シンプルなもの。
「やる」
「ええ?」
その箱を押し付けられて、短く言われる。
俺の頭の中には疑問符しかない。
だって今日、誕生日でもないし。
こんな高価なもの、おいそれと受け取るわけにはいかない。
ちら、と視線を持ち上げたら、りんちゃんが真っ直ぐと俺を見つめていて――。
「い、」
「あ?」
「い、いらない!!!」
それだけ言って、やっぱり俺は、逃げたんだ。
「あ、おい、」
りんちゃんが今日は廊下まで顔を出したのが見えたけれど、立ち止まるわけにはいかない。
あれだけ望んでいたお揃いのイヤホンだったのに。
こんな形で、ほしかったわけじゃない。
◇◇◇
「嫌われたんじゃね、“りんちゃん”」
教室と廊下の境目で、小さくなっていく大河の背中を立ち尽くして見ている白州に、どこからか現れた藍川が声を掛けた。
「は?」
一歩廊下に出た白州は、思い切り眉を寄せて藍川を見る。
藍川は口角を上げ、白州を見下ろした。
昼休みで賑わう廊下だが、多くの人が二人の間を避けるように歩いて行く。
「そりゃあな、二回も公開処刑されたら離れてってもしゃーないわな」
「公開処刑ってなんだよ」
白州の声が低くなる。
「伝説の告白と、体育祭と?」
指折り数える藍川に、白州は唇を噛み締めた。
「男相手は無理、諦めろって言ってなかったっけ? なーんで今更追いかけてんの」
「別に……」
「どう見ても追いかけてるだろ。自分にだけ懐いてた犬が他人に取られると思って焦ってんのかよ」
「違う」
「んじゃなーんで諦めろって」
「――俺が!! ずっと!! 男同士だから無理だと思ってた、諦めねえといけねえと思ってた。それがあいつはあんなにあっさり、」
白州はそこまで言って、はっとして口を噤む。「ちっ」と舌打ちをして拳を握ると、藍川が喉を鳴らして笑った。
「とっくに両思いってわけ? 拗らせてんねえ、“りんちゃん”」
「うるせえ触んな」
藍川が頭に肘を乗せるのを振り払い、白州は眉を寄せる。
「それさ。伝えてやらねえと、一生すれ違うぜ、おまえら」
白州に振り払われた手をひらひらと揺らして、藍川が目を細める。
「ま、その前に誰かが、あっさり大河の隣にいるかもしれねえけどな。俺とか」
「は?」
「おまえが思ってるより面白ェよ、あいつ」
それだけ言い残し、藍川は廊下を歩いて行く。
残された白州は、渡せなかったイヤホンの箱を見つめ、奥歯をきつく噛み締めた。
◇◇◇
りんちゃんから走って逃げた先で修二を見つけて、すぐに一緒に昼飯を食べることにした。
お互い購買でパンを買って、今日は、人目につかない裏庭のベンチに並んで座ってサンドイッチの袋を開ける。
曇り空の下、もくもくとサンドイッチを食べて飲み込んでから、隣の修二を見た。
「あのさ」
「んー?」
修二はウィンナーが挟まっているパンを食べている。
「りんちゃんが、最近、へんなんだ……」
俺の超深刻な悩みを、ぽつりと零すと、修二は一度食べる手を止めて俺を見た。
「どういうこと」
「目が合うし、挨拶してくれるし、なんか、イヤホン、くれようとするし」
「イヤホン」
「絶対高いヤツだよあれ」
繰り返す修二に頷いて、俺は大きな息を吐き出してベンチの背もたれに身体を預ける。
太陽が見えない、雲が分厚い空は、あんまり好きじゃない。
「それさ」
「うん?」
「大河が全部、ほしかったヤツじゃねーの」
修二に言われて、俺は姿勢を戻す。
修二は軽く首を傾げて、俺を見ていた。
「そうだけど、そうなんだけどさ」
「白州も頑張ってんじゃね、わかんねーけど」
「頑張る……? りんちゃんが?」
「汚名返上、的な? ちゃんと話、聞いてやったら」
「う」
そうだ。
俺は、りんちゃんから、逃げ続けている。
今日、壁を背にして向かい合ったときに、久しぶりにりんちゃんの黒い瞳を見た気がした。
「でもさあー」
「ああ?」
思わず俺は、横にいる修二の肩に顔を埋めてぐりぐりと押し付ける。
「また怒られたらしんどいじゃん……」
りんちゃんにあんな顔、もうさせたくない。
俺が小さい声で言うと、修二が瞬いて、小さく息を吐いた。
そして俺の顔を上げさせて、頭をぐしゃっと撫でてくる。
「うわ」
「また泣かされたら言えよ、倍返ししてやるから」
「な、泣いてねーし」
「倒れたくせに」
それはそう。
言い返せずにいると、修二が笑って頭にぽんと触れてきた。
「ま、大河には頼もしい味方がいるってことで」
「――うん。あざす」
修二と話したら、気持ちが少し落ち着いた。
分厚い雲の切れ間から、ほんの少し、太陽の光が差し込んでくる。
次の日。
六月の席替えが行われた。行われてしまった……。
窓際一番前と、廊下側の一番後ろという対角線の席は、最初は地獄だったけれど、今の状態ではとっても有難かったのに、その席が変わってしまう。
黒板に学級委員が書いた座席表と、その四角に書いてある数字を見て、俺は自分の手の中にある小さな紙の数字と照らし合わせた。
真ん中の一番後ろだ。一番前は先生からの圧が強いから、後ろなのはよかった。
まだ黒板の前に集まってワイワイしているみんなを横目に、自分の新しい席に向かう。
りんちゃんが男子と話しているのが目に入ったけれど、今は気にしない。
新しい場所に荷物を移動して、俺は思わず動きを止めた。
「りっ、り、り、りんちゃ」
そう。
俺の隣の席が、また、りんちゃんだったからだ。
神様、どうして。
俺たちってそんなに、運命なんですか。
りんちゃんはちらりと俺を見て、小さく息を吐いている。
あ、嫌ですよね、そうですよね。
「白州ー、絶対学食奢れよ」
「うるせえなわかってるよ」
「態度悪ッ」
せっかく変えてやったのによー、と男子生徒A(確か森くんだっけ)がぼやいている。
変えてやった? 席を?
「りんちゃん……?」
「――まともに話せねえんだから、仕方ねえだろ」
「え」
「放課後、残っとけ」
「ええ」
「逃げたら殺す」
「ええええ」
りんちゃんってこんなに物騒だった!?
切れ長の瞳で真っ直ぐと俺を見て言うりんちゃんは、それはもう、きれいな顔をしていた。



