大好きなツンデレ美少年に告白して振られたら急にモテ出した件について ※ただし、男に



 連休は、あっという間に終わってしまう。
 五人で遊びに行ってりんちゃんと偶然会えたあの日以降、何故か五人のグループメッセージがよく動くようになった。
 藍川さんは暇なのか、俺と金子のバイト先を特定して遊びに来て女の子からキャーキャー言われて帰って行った日もある。
 修二のバンドのライブに、都合がつく人たちで行った日もあった。修二はなんだか複雑そうな顔をしていたけれど。
 連休が終わる寂しさはもちろんあるが、それよりも! 学校に行けば、合法的にりんちゃんに会える!!
 俺はそれが嬉しかった。
 中学の時より、断然学校が好きになっている。
 連休明けの初日、ウキウキしながら登校した。



 「はよ」
 下駄箱で会った修二に「はよ!」と挨拶を返す。お互い靴を履き替えて、二年の教室まで歩き出した。
「そろそろだな、体育祭」
「あーね! 去年無双だったじゃん、修二」
「たまたまな」
 修二は顔だけじゃなくて運動神経もいいから、体育祭前後は女の子から更にモテるんだ。
 謙遜する修二に「またまたあ!」と言って強めに小突いたら、「よお」と長身パーマイケメンの姿が見えた。
「うわ、藍川さんだ。逃げよ」
「なんでだよ」
 目が合う前に行こうとしたら、藍川さんに首根っこを掴まれた。身長差があるから、逃げたくても逃げられない。悔しい。
「なんすかー」
「体育祭、始まるな」
「そっすね」
「チーム決まったら教えろ」
「なんでえ?」
「ああ? 俺と同じだったら勝たしてやる」
「違ったら?」
「負かす」
「なにそれー」
「いい加減離してやってください」
 藍川さんの自信、見習いたいっす。
 首根っこを掴む藍川さんの手を修二が離してくれて、ほっと一息ついた。
 藍川さんはその後、何か言おうとしたが、「あ、藍川じゃーん」「行こー」と二人の三年女子に腕を掴まれて教室へと連れて行かれている。う、うらやましい……。
「なんか最近すげー絡んでくるよね」
「気に入ったんだろ、おまえのこと」
「えー? 修二じゃん?」
「大河、おまえな……」
 だって肩とか組んでたし。ライブも観に行ってたし。
 藍川さん、修二のこと気に入ってると思う。
 修二が呆れた視線を送ってきたと同時に、俺の目の前を、りんちゃんが通って行った。
「りんちゃん!! おはよ!!! 修二!! また後でな!!!」
「おー、またな」
 修二にぶんぶん手を振って、りんちゃんについて教室に入る。
 ちなみにりんちゃんは音楽を聞いていて、俺の方をミリも見ていないけれど、いつものことだ。それより、久しぶりに実物のりんちゃんに会えたのが嬉しすぎてテンションが上がる。






 相変わらずりんちゃんとは目が合わないけれど、横顔を見つめることはできる。
 そんな至福の時間に浸っていたら、ホームルームが始まり、担任が体育祭について話し出した。
 前もって決められていた体育祭実行委員の男女が、促されて前に出てくる。滝くんと、南さんだ。
「タブレットにチーム分け入れておいたんで、各自で確認してくださーい」
 メガネキャラなのに、ノリが良く明るい滝くんがそう促した。
「機械的に分けたので苦情は受け付けませーん」
 茶髪に巻き髪で化粧が厚めの南さんが付け加える。
 学校から支給されているタブレットの電源を入れて、クラスのポータルサイトを確認する。
 体育祭の組分け一覧が送られてきていて、そこをタップすると、名簿が載っていて、紅組か白組かが分けられていた。
「!!」
 俺は――白組だ!
「りんちゃん! 俺、白だよ白! 白州の白じゃん、縁起よくね?」
 それだけでテンションが上がった。
 つい隣のりんちゃんに声を掛けるが、りんちゃんは興味がなさそうに頬杖をついてタブレットを見ている。
 はっ!!
 もしこれでりんちゃんとチームも同じだったら最高じゃない?
 去年はチームが別で(一年の時の実行委員が、「赤星は紅組な」と名字で決めたからだ)、りんちゃんの活躍を遠目に見ることしかできなかった。
 名簿でりんちゃんの名前を探す。
「――赤じゃん!!」
 そう。
 りんちゃんは、紅組と明記されていた。
「待てよ、りんちゃんは俺の名前の組……?」
「うるせえから少しは黙れよ」
「はい」
 りんちゃんからの注意は素直に受けよう。
 ぴっと背筋を伸ばして頷いた。
 わいわいと自分のチームを確認しているクラスメイトたちだが、「はーい静かにしてねー」という南さんの注意で静かになった。
「これからチームに分かれてもらって、誰がどの競技に出るか決めまーす。一年や三年とも絡むからそのつもりでー」
「体育祭までの二週間、休み時間はないと思ってね」
 南さんと滝くんの言葉に軽いブーイングが出るが、仕方がない。
 縦のつながり、横のつながりを大事にしたいという伝統らしく、体育祭は紅白の二チームしかない。
 そしてその二チームで全力を出して戦うんだ。
 あーあ。
 残念だなあ。
 クラスの中でもりんちゃんと引き離されてしまった。
 紅組の方に集まってしまったりんちゃんに後ろ髪を引かれる思いでいたら、白組男子に「赤星騎馬戦出ねえ?」と急に振られ、「いーよ」と何も考えずに答えてしまった。りんちゃんと一緒に出られないなら、何に出てもおんなじだ。




 俺は、騎馬戦と、玉入れ、応援合戦に出ることになった。部活対抗競技には、三年生のレギュラーメンバーが出るので、それの応援を一生懸命する要員だ。本音を言えば、りんちゃんしか応援したくないんだけれども、そんなことは言ってられない。
 そしてこの体育祭の期間は、忙しくなる。
 滝くんと南さんが言っていた通り、昼休みは、ご飯を持ち寄って、それぞれの競技で作戦会議と打ち合わせをすることになっている。
 タイムテーブルも細かく刻まれて、その通りに集まらないといけないから、大変だ。
 今日はまず、騎馬戦の打ち合わせがあった。
 白組の騎馬戦と指定された教室に「お邪魔しまーす」と入るが、一歩引いてしまう。何故なら、男臭かったからだ。
 ムキムキの先輩や、運動部ですって背中に書いてあるような男たちしかいない。
 そりゃそうだ、騎馬戦は女の子は出られない。いや、出てもいいけれど、出たがる女子はまずいない。
 はー、適当に返事しなければよかった。
「赤星」
「黒岩先輩!!」
 ふと呼ばれて顔を上げると、知っている顔があって安心する。
「先輩も白組だったんすね」
「ああ、おまえもか」
「っす。えー、俺先輩と同じ騎馬がいい」
 だって、他の人……こわい。
 黒岩先輩の隣を死守してみる。
「このメンツだと、どうしてもおまえが上に乗ることになりそうだが」
「いいっすよ、乗っかる! 先輩の上に!」
「赤星……」
 俺が真面目に頷くと、黒岩先輩は何か言いたそうにしている。
「はーい、騎馬戦参加の皆さんこんにちはー。実行委員です。……なんとなく、顔見知りの人たちで固まってる感じです?」
 後から現れた実行委員の男子が、ぐるりと教室の中を見渡して言った。
「四人一組で、一人上に乗る人決めてくださいねー。決まったらこの紙に書いてもらって、今日はとりあえず解散で」
 そう促されて、俺と黒岩先輩は目を合わせて頷いた。
 近くにいた、違う部活のイカツイ二人も誘って、俺たちのチームはエントリー完了だ。
「がんばりましょーね、先輩!」
「ああ」
 しっかり頷いてくれる黒岩先輩は、やっぱり頼もしい!





 「赤星先輩、どっちになりました?」
 バイトで一緒になった金子が、控え室でバイトの制服に着替えながら聞いてくる。今はどこでも、体育祭の話題でもちきりだ。
「俺? 白」
「ほんとですか! 俺もです、一緒」
「マジ? 嬉しい」
 仲間が増えるのは、素直に嬉しい。
 いえーい、と喜んでいる金子とハイタッチをする。
「何に出んの?」
「棒倒しとリレーかな」
「花形じゃん!」
 棒倒しはともかく、リレーに出るのはクラスで足が速い人しか選ばれない。
 そこでおまえも女の子にキャーキャー言われるんだな……。
「先輩は?」
「俺はねえ、騎馬戦と、玉入れと、応援」
「あー、先輩っぽい」
「どういう意味!!」
 俺が突っ込むと、エプロンを着けながら金子が笑った。
「なんかどれも一生懸命やってそうじゃないですか」
「そりゃあな。せっかくなら楽しんだほうがいいだろ」
 りんちゃんはいねえけどな!!
 俺もエプロンを着けて頷くと、金子が目を細める。
「先輩のそういうとこ、いいなあって思いますよ」
「そう?」
「はい」
「じゃあ、おまえも頑張れよ」
 少し強めに背中を叩くと、「いった!」と大袈裟に金子が痛がったので、笑ってやる。
 黒岩先輩と金子が同じチームなのは、楽しくなりそうだ。




◇◇◇

 「あれ、“りんちゃん”じゃん」
 昼休み、紅組のリレーの打ち合わせ教室にて。
 体力測定の結果で決められたリレーの選抜チームに入った白州は、指定の教室にやって来た。
 実行委員の話を聞く前に、声を掛けられて白州は眉を寄せる。
「うわ、藍川さん一緒ですか」
 その声に気付いた男が嫌そうな声を出した。青木だ。
「ああ? 光栄ですって言えよ」
「肩組むなって」
 肩を組まれて嫌そうに青木が解き、肩を竦めた藍川が白州を覗き込んできた。
「へえ。いいねえ、よろしくな、美少年」
「うるせえ絡んでくんじゃねえよチャラ男」
「うわ口ワル」
「あは、燐さんバレちゃったねー」
 共にリレー選手に選ばれた千里が面白そうに笑っている。
 ――早く終わってほしい。
 体育祭までの二週間、地獄が始まったと、白州は深く重いため息を吐いた。

◇◇◇




 ――二週間は、怒涛だった。
 休み時間や放課後は練習と準備に追われた。なにより、クラスの中でも席替えがあってりんちゃんと席が離れてしまった……。
 俺は窓際前から一番目の席で、りんちゃんは廊下側の一番後ろの、対角線と言っても良い席だ。なんてこった……。
 席替えはくじだ。俺の運が悪かったってことなんだけれども、それだけでもう毎日のテンションが雲泥の差だ。
 席替えを仕切っていたクラスメイトに「俺視力超いいから廊下側から二列の一番後ろがいいんだけど」とねだってみたが、「くじが絶対だからダメー」と却下されてしまった。
 まあ、廊下側になってくれたおかげで、教室に入るときにさりげなく声を掛けることができるのは良い!! 相変わらず、りんちゃんはイヤホンをしているけれども。
 とにかく、そんな大事件がありながらも体育祭の準備に追われ、あっという間に本番がやってきた。
 この日は、ジャージでの登校が許されている。
 でも、上から白いゼッケンを着けるのはちょっとダサい。わかりやすくするために仕方ないんだけど。
「はよ」
「はよー、赤似合ってんじゃん!」
 開会式のために外に出ると、ちょうど出会った修二が声をかけてきた。
 赤のゼッケンと、赤のハチマキで、今日は長い髪をポニーテールにしている。これはまた、女の子にモテそうだ。
「そうか?」
「うん! リレー出んだろ、がんばれよー」
「敵応援していいのかよ」
「敵よりダチだから!」
 笑って肩を叩くと、修二も笑った。
「ってか、みんなスペック高すぎじゃね……?」
 そう。
 修二もだし、金子も代表っていうのは聞いていたが、蓋を開けてみると、黒岩先輩も、藍川さんも、リレー選手になっていた。
 しかも、りんちゃんもだ!!!!!!!
「りんちゃんが走るとなると、白負けちゃうかもな」
「出たよ、エコヒイキ」
 俺が腕を組んで真面目に言うと、修二が笑う。
 りんちゃんは足が速いんだ。それは去年の体育祭での活躍で、十分知っている。
「おまえも頑張れよ、玉入れ」
「おう、任せろ!」
 ぐっと拳を握ると、修二が片手で頭をわしゃわしゃしてくる。
「うわ、わ、なに!? セット崩れんですけど」
「セットしてねーだろ」
「ナチュラル風~!」
 一度手が離され、ぽん、と頭を叩かれる。
 修二が小さく息を吐いたと同時に、「あ、せんぱーい」と金子の明るい声が聞こえた。
 修二が、何もなかったように、手を離した。
「応援合戦超楽しみにしてます俺」
「別に普通にやるだけだよ」
「チアガールじゃないんですか!?」
「それ女子な!!」
 男子がチア着てどうする。
 本気で期待していたらしい金子に突っ込んだ。
「じゃあな、負けねーぞ白組」
「こちらこそ、紅組さん」
 修二が手を振るのに、金子が挑発的に返す。
 俺も手を振って見送ったら、「よお白組ィ」と嫌な声が聞こえてきた。
「うわっ、藍川さんだ」
「嫌がんなって、圧倒的に負かしてやっから」
「勝つのは俺たちですよ、ねー先輩」
 面倒な先輩に見つかった。
 相変わらず挑発してくる藍川さんに、負けじと金子が言い返す。
 おまえ、強くなったな……。






 藍川さんと別れ、俺と金子は白組のテントに来た。今日一日だっていうのに、大掛かりだ。
 校庭には万国旗が飾られ、赤と白、真っ二つに分かれてそれぞれの色のテントが用意されている。
 学年混合で並べられたパイプ椅子に座り、広い校庭のど真ん中で行われるそれぞれの競技に一生懸命参加してねってな行事だ。
 紅組は正反対の場所だから、さすがの俺の視力でも、りんちゃんの姿は見えない。残念すぎる。
「赤星」
「黒岩先輩! 頑張りましょうね! 騎馬戦!」
 俺がぐるぐる腕を回してやる気をアピールすると、黒岩先輩も頷いた。
「騎馬戦かあ、赤星先輩大丈夫です? 吹っ飛ばされそう」
「だいじょーぶ大丈夫、黒岩先輩が守ってくれっから! ね、先輩」
「ああ」
 黒岩先輩はしっかりと頷いている。頼もしい。
 他の二人もイカついから、俺が相手チームからハチマキを奪いまくれば勝利間違いナシだ。
「二人もリレー頑張って! 超応援してます!」
 知り合いが二人も代表選手であることが誇らしくて胸を張ると、二人とも目を細めた。
 金子は小さく息を吐いて椅子に座る。
「赤星先輩さあ、……そういうとこですよね」
「本当にな」
「なにが!?」
 なんだか二人がわかりあっている!!
 俺のサッカー部の先輩で俺のバイト先の後輩なのに、俺を飛び越えている。
 仲良きことは美しきかな。






 開会式を終え、放送部のアナウンスで玉入れの選手が呼ばれた。黒岩先輩と金子に「超投げてくっから!!」とアピールしたら、「投げるだけじゃなくて入れなきゃダメですよ」と真っ当なアドバイスが金子から返ってきた。確かにな!
 玉入れは、男女入り混じって玉という玉を投げる競技だ。
 一応、男子には背の高いカゴが、女子には背が低いカゴが宛てがわれ、男子が女子の方を狙うと卑怯者というレッテルを背負って生きていかないといけないという暗黙のルールがある。
 男女混合と言いつつ完全に男女別の競技だ。
 白と赤もスタート地点が分かれている。りんちゃんの姿はないから、りんちゃんは玉入れには出ないみたいだ。
「誰かお探しですか」
 隣から声を掛けられて目を向けると、長身で糸目で前髪パッツンの人がいた。こいつは、いつもりんちゃんと昼ご飯を一緒にしている双子の一人だ!
「りんちゃんは何に出んの?」
「個人情報ですから」
「てか、あんたも白組だったのかよ」
「ええ。よろしくお願いしますね、赤星さん」
「俺のこと知ってんの? はっ、まさかりんちゃんから俺のことを」
「ふふ、伝説の方ですから」
 同い年のくせに、随分丁寧な喋り方をする。
 りんちゃんが俺のことを話してくれてたらすごく嬉しいなって期待を込めて聞いてみるが、全然違った。
「俺がいっぱい点入れられたらさ」
「はい?」
「俺も仲間に入れてよ、昼飯の!」
 糸目くんにそうやっておねだりをすると同時に、競技開始の合図が鳴って、俺はダッシュで玉を取りに行った。
 だから、糸目くんが笑っているのに気付けなかった。しかも爆笑並の。
 地面に転がってる玉を拾って、投げて、拾って、投げて、拾って……。
 いや、案外疲れるんだよなこれ。しかも人が多い。玉入れは、質より量だ。リレーにも選ばれなかったし、他の競技にも出る気がない人が出るもんで、一番参加人数が多い。その人混みをかき分けて玉を取るのが大変だ。いやでも、俺は負けない。りんちゃんとの昼ご飯のために! 玉を! 入れる!
「いっけえー、赤星ローリングサンダァアー!!」
「いや玉回ってねえだろ!」
 隣で投げている人が突っ込んでくれた。ありがとう名もなき人。
 だが俺はそれぐらい気合を入れて、投げたんだ。玉を。






 「先輩、ローリングサンダーって、いや抜かれてましたよ、ふは、」
 白組のテントに戻ったら、金子が爆笑しながら迎え入れてくれた。
「抜かれてたって何!?」
「あれだ」
 黒岩先輩が指で示したのが、校舎の一面にあるスクリーン。えっ。
 私立である五ノ一学園は設備が充実しているのも売りだけれども、こんなところに金を掛けているなんて……。
 薄いスクリーンが掛けられていて、カメラだかドローンだかで中継されていたらしい。俺の渾身の玉入れが……。
「勝ったからいいじゃん!!」
「ああ、よくやったな、赤星」
「っす! あざす!!」
 いや、俺だけの力じゃないんだけれども!
 結果、玉の数は、紅組201対白組222で白組の勝ちだった。この点数だけでも、スケールの大きさがわかる。
 ちなみに数えるのは、人力ではなく、それぞれの玉の入ったカゴの重さを測るのが通例だ。
「――はっ」
「どうした」
「もしかして、りんちゃんが活躍したらスクリーン一面にりんちゃんの顔が」
「先輩! 俺次棒倒し行ってきます! 応援してくださいね!」
 去年からこのスクリーンがほしかった……。
 今年は是非、りんちゃんの顔をたくさん抜いてほしいとスクリーンを見つめていたら、すくっと立ち上がった金子が言った。
「お! おお、がんばれ! 怪我はすんなよー」
「はーい」
 ひらひら手を振ると、金子が頷いて校庭へと出て行く。
 頑張れ金子、おまえは出来る子だ。
 応援しながらも、俺はスクリーンを見て、ちらっとでもりんちゃんが映らないかなと期待してしまうのだった。







 棒倒しは、僅差で紅組の勝ちだった。しょんぼりしていた金子を慰めていたら、あっという間に騎馬戦の時間になる。
「任せろ金子、骨は拾ってやるからな……!」
「死んでないです、頑張ってください」
 黒岩先輩はゴールキーパーのときのように、手のひらに拳を当てて気合を入れている。
 入場門に行くと、紅組もゴツいのがいっぱいいた。こわい。俺、上に乗る役でよかった……。
 練習通りに入場し、それぞれの組がスタート位置につく。
 一回でも崩れたらもう失格だから、いかにして崩さず、相手の騎馬のハチマキを奪うかというのが大事になってくる競技だ。
 騎馬の数は十ずつで、四人一組だから、八十人の男がひしめくことになる……。さながら、戦国時代の合戦場だ。
「先輩方、よろしくおなしゃーす……」
 俺の騎馬になってくれる黒岩先輩と他二人の先輩に頭を下げると、先輩たちはしっかり頷いてくれる。
 黒岩先輩がしゃがんでくれるので、その上に乗っかった。
 練習のときも思ったんだけど、先輩、筋肉がしっかりついているからか、安定感がすごいんだよな。
 そして両サイドを、レスリング部の先輩と、柔道部の先輩が支えてくれる。
 これ、俺だけがこんなにVIP待遇かと思うでしょう。
 だが、周りを見ると、みんな騎馬役の人はムキムキなんだ……。柔道部やレスリング部、相撲部が例年大活躍する競技だ。
「よーっし、取って取って取りまくるんで、先輩たちはじゃんじゃん前出ちゃってください!」
「ああ、落ちるなよ」
「っす!」
 俺は片腕をぐるぐる回してやる気をアピールする。
 絶対最後まで残ってやる!






 ◇◇◇

 巨大スクリーンには、騎馬戦の様子が映し出されている。もちろん、校庭の中央で実際に競技が行われているのだが、撮影用のドローンが選手たちの表情を細かく拾っているのだ。
 各組のテントでは、それを見ながら大いに盛り上がっていた。
「へえ、やるじゃん大河」
「くっつきすぎじゃないですか、あれ」
「そーゆー競技だしなあ。おまえも出りゃよかったじゃん」
「男を乗っける趣味はないんで」
「はは、同感」
 藍川と青木も例外ではなく、スクリーンを見上げながら話をしている。
 そこには、赤星が、伸びてくる腕から逃げ、更に相手のハチマキを奪おうとしている様子が抜かれていた。
 屈強な男たちが赤星の身体をしっかり支えているのもよく見えて、青木が僅かに眉を寄せる。
「なあ、りんちゃん」
 藍川が、白州に声を掛けた。
 白州は聞こえない振りをして、スクリーンを見つめている。
「無視かよ、ツレないねえ。写真撮って大河に送ってやろうか」
「やめろ」
「聞こえてんじゃん。少しは優しくしてやりゃいいのに」
 藍川の声に眉を寄せ、白州は立ち上がった。
 その瞬間に競技終了の笛が鳴り、スクリーンには、最後まで生き残った赤星たちの騎馬が映し出されている。
 三本の赤いハチマキを握り締め、満面の笑みで黒岩の背中に抱きつく赤星の姿に、「ひゅう」と藍川が口笛を吹いた。
 部活対抗競技の次は、応援合戦を挟んで紅白対抗リレーだ。
 部活対抗競技に出るために、白州はテントを後にした。

◇◇◇



 勝った!!!!
 必死に食らいついて、というか騎馬の皆さんの安定感が半端なかった。俺が腕を伸ばしても身体を横に振っても落とされることがなく、気付いたら俺のハチマキはついたまま、赤いハチマキを三本も手にしていた。
 最後まで残ることができて競技が終了し、感極まって黒岩先輩に抱きついたら、先輩はそのまま背中で受け止めてくれる。サッカーの試合のときも、よくやってるんだよな、これ。横で支えてくれていたレスリング部と柔道部の先輩も、「よくやった!」と俺の背中を叩いてくれた。嬉しい。
「おめでとうございます!」
「あざす!」
 テントに戻ると、金子がすぐに拍手で迎えてくれた。それと同時に、周りにいた白組のみなさんが「頑張ったな」「よかったぞー」と称賛の声を向けてくれるから、「へへ」と照れ笑いをして椅子に座る。黒岩先輩は、引き続き、部活対抗競技に出るから、校庭に残っている。
「俺も出たらよかったな、そしたら先輩支えられたのに」
「金子じゃ無理っしょ、ガチムチになんないと」
「じゃあ今から筋トレしまーす」
「がんばれー」
 来年は金子がムキムキになって騎馬になるのかもしれない。今の細身オシャレイケメンから、随分なイメチェンだ。
 どんなおまえでも受け入れるよ、俺は……。
 そんな親心を出しながら水筒に入った冷えた麦茶を飲んで、次のスクリーンに映し出された光景を見る。
「りんちゃん!!!!!!!!!」
 りんちゃんが抜かれた!!!!!!!
 俺は思わず立ち上がって叫んだ。
「白州さんも出るんですね」
「弓道部代表だって!! 何すんだろ!?!」
 えっ、金子なんでそんな冷静なの!? りんちゃんが出てるっていうのに!!
 スクリーンいっぱいにりんちゃんが出ても普通にそう言っているのが信じられない。
 スマホがあれば、このスクリーンを動画か写真に収めるのに……。
「障害物競争じゃないですか、文化部も出るんだし」
「あ、修二もいる」
 軽音部の代表で出させられたんだな。
 サッカー部は黒岩先輩や三年のレギュラーの先輩たちが担当だ。
 そうそう、サッカー部も出るんだから、ちゃんと自分の部活を応援しないと。そう、自分の、部活を……。


「りんちゃあああああああんがんばれえええええええええええええええ」
 

 途中まではサッカー部を応援していたんだ。本当だ。信じてくれ。
 でも、りんちゃんにバトンが渡って、りんちゃんが弓道着で走り出した途端、俺はもう立ち上がってりんちゃんのこと全身で応援することしか出来なくなっていた。
「せ、先輩、抜かれてますよ」
 金子がちょっと引いてる。
 スクリーンに、競技よりも俺の応援が抜かれていることを教えてくれているが、そんなことはどうでもよかった。
 障害物競争で、それぞれが部活のユニフォームを着て、網の下を潜ったり、でっかい袋に入ってピョンピョンしたり、最後はお題の書いてある紙を引いてその対象と一緒にゴールをしたりする。りんちゃんの勇姿を余さず見ていたい俺は、つい、白組テントの最前列まで来ていた。
 りんちゃんはアンカーだ。袋ピョンピョンを一位で終わり、お題の書いてある大きな紙を引いて、動きを止めた。
 なんだか大分悩んでいるみたいだ。その隙に他の部活もどんどん追いつく。
 どうしたんだりんちゃん! 一体そのお題はなんなんだ……!?!
 気になってうずうずしていると、頭を抱えたりんちゃんが、すごく複雑そうな顔をして走り出した。
 どこへ向かうんだろう。
 不思議に思っていると、りんちゃんがどんどん白組のテントに近付いて、ていうか、俺のとこに来た!?
「来い」
「うえ!?」
「いいから早く」
「は、はい!!」
 りんちゃんに腕を掴まれた!!!!! どうしよう、この腕、一生洗えない。
 りんちゃんに引っ張られるまま校庭を走って、ゴールテープを突っ切ると、「わああああ」と大きな拍手と歓声が湧き上がる。
「え、え、なに?! どういうこと!! りんちゃんのお題、なんだったの?」
 全速力で走ったから少し息が切れている。
 俺が尋ねると、りんちゃんが、何も言わずに白い紙を見せてきた。
『声が大きい人』
 ――なるほどね!!
 俺の心からの応援は、りんちゃんにちゃんと届いていたんだ。
「へへ、へへへへ」
「くそうるせえの、おまえ以外いねえだろ」
「りんちゃんありがとう、俺一生忘れない……」
「秒で忘れろ」
 りんちゃんはそう言い残して、紅組のテントに戻ってしまった。
 俺はどこかふわふわした心地で、白組のテントに戻った。
 サッカー部は三位になってしまい、後日の部活で弓道部の応援しかしていないことをみんなに怒られるんだけれども、それはそれだ。
 間違いなく、この障害物競争が、俺の体育祭の一番の幸せな思い出となる。




 そして応援合戦である。
 応援合戦のメインは、へそ出しミニスカの衣装を着た女子のみなさんだ。俺も間近で見られてうれしい。
 赤は赤メインの衣装、白は白メインの衣装で、流行りの歌を替え歌して歌ったり踊ったりと、会場全体を盛り上げる。
 俺たち男はというと、完全なる引き立て役です。そして俺はリズム感がないので、太鼓も任せてもらえず、ただただ大きい声を出す担当なのであった……。
 この時間は、体育祭最後のメインである紅白対抗ガチリレーの準備の時間でもある。
 各学年、男女四人ずつ、各組で選ばれる花形競技だ。
 走順ごとに並んでいるのが、視界の端で見えた。
 みんな、頑張れよ……!!
 そんな思いを込めて、ダンスが終わったあとのエール交換で、ひたすら大きい声を出す俺だった。




◇◇◇

 一方、紅白対抗リレー選手たちの待機場所では、紅白の走順ごとに選手たちが並び、応援合戦の映像が大きく抜かれているスクリーンを眺めている。
 チアガールがメインで写っているが、エール交換では男子が中心となり、大声を出している赤星の姿が抜かれていた。
「すっかり有名人じゃん、伝説ちゃん」
 軽くストレッチをしながら藍川が笑う。
「先輩、声でかいですね」
 待機列にも十分響いてくる赤星の大声を聞いて、金子も笑った。
「元気だな」
 腕を伸ばしている黒岩が頷く。
「つーかなんですかこのメンツ。やりにくいんすけど」
 赤のハチマキを巻いた青木がぽつりと零す。
 その視線の先には、紅組のアンカーとなる白州の姿があった。
 藍川が片目を細め、青木の肩に肘を置く。
「誰が一番大河から応援してもらえるか賭けるか?」
「――賭けになんないでしょ」
 青木は藍川の肘を外しながら、白州をちらりと見て言った。
「にゃは、燐さんめっちゃ意識されてるじゃん」
 腕を上げて伸びをしている千里が、隣にいる白州に声を掛ける。
 白州は我関せずといった様子で、ストレッチをしていた。
「やる前から諦めんなよ。俺は奪いに行くぜ、一位も大河も」
「え」「は?」「うわ」
 藍川が白州を真っ直ぐと見据えてそう宣言すると、青木が瞬き、黒岩が眉を寄せ、金子が口許を抑えている。
 応援合戦が終わりを迎え、チアガールを中心として校庭を退場する。
 同じように白組のテントに戻ろうとした赤星が、待機列の方を見て両腕をぶんぶんと振った。
「みんなーー!! がんばれよーーー!!!」
 大声を出しすぎたのか、声が少し掠れているが、それでも十分に大きな声で、個人的なエールが送られる。
 青木も、金子も、黒岩も、小さく息を呑んだ。藍川は口角を持ち上げ、白州は視線を逸らしている。
「――さ、勝負といこうじゃねえか。なあ、“りんちゃん”」
 紅白対抗リレーの選手たちが、入場のために動き出した。

◇◇◇




 応援合戦が終わり、白組のテントに戻って、水筒の中身を飲んで喉を潤す。さすがに今日一日で大声を出しすぎて、声が枯れてきた。
 そうこうしているうちに、放送部のアナウンスと共に、紅白対抗リレーの代表選手たちが入場してくる。
 紅白対抗リレーは、赤白二チームずつに分かれて走る。女子のレースから始まり、男子にバトンが繋がれていく。
 全員学年の体力測定で上位だった人たちだから、見応えがある勝負だし、目を離したら一瞬で走者が代わっていたりする。よそ見厳禁だ。
 知っている人たちが出るのも嬉しいけれど、一番の注目は、りんちゃんがアンカーだということだ!!
 ――ん!?!
 思わず椅子から立ち上がって、テントの一番校庭に近いところまで行く。
 りんちゃんがアンカーの位置にいるのがわかったけれど、その横には藍川さんがいる。同じ紅組のアンカー対決ってことか。
 白組のアンカーは、黒岩先輩だ。その前には金子がいるから、二人は同じチームみたいだ。藍川さんの前には修二がいる。
 みんな、すごいヤツだったんじゃん……!!
 そりゃあ、ボウリングでもストライク連発するわけだ。
 運動神経の良さにも納得して、じゃあきっとりんちゃんもボウリングに行ったらストライクガンガン出しちゃうなと考えてつい顔が緩んだ。
 いつか二人で、ボウリングしてゲーセンに行ってフードコートでクレープを食べたい。
 そんな妄想が始まったと同時にピストルの音が鳴って、第一走者の女子たちが、走り出した。
「がんばれー!!」
 手に汗握るって、きっとこういうことだ。
 俺はテントの一番前で、精一杯声を出して応援した。




 女子たちの攻防は、激しかった。赤も白も、抜いて抜かれて、最後までどうなるかわからない展開だ。
 女子の最後の子たちが、男子にバトンを渡す。もちろん陸上部も参加しているし、大体、第一走者に宛てがわれているから、ぐんぐんと速度を上げてトラックを走り抜けていく。おお。すごい。テントの前を走るときなんか、迫力があって声を出すのも忘れるぐらいの勢いだった。
「!! 金子、修二、がんばれえー!!」
 そしていつの間にか、バトンは金子と修二に渡された。もう、次はアンカーという局面まで来たんだ。
 スクリーンにも走っているみんなの真剣な顔が映し出される。
 俺は校庭を走る二人に向かって、出来る限り大きな声を出して応援した。
 白組なのは金子だけれど、やっぱり修二も応援したい。
「金子――!! 修二――――!!!!」
 俺の目の前に同じぐらいに来たから、大声を出したら、二人とも少し笑った気がする。
 そして、ぎゅん、と、速度が上がった。
 修二が一歩リードしている。
 金子も負けじと地面を踏むが、もう一人、後ろから来た紅組の……りんちゃんといつもお昼を食べている双子の片割れ(糸目くんじゃないほう!)に、並ばれてしまった。
「がんばれがんばれ金子、おまえなら出来る……!!」
 ぐっと拳を握って声を掛けるけれど、金子が黒岩先輩にバトンを渡したのは、三番目だった。
 そして――双子の片割れからバトンをもらったりんちゃんが、走り始めていた! ついでに、修二からバトンをもらった藍川さんも!
「黒岩先輩、がんばって!!! 藍川さんも!!!!!」
 ぐっと拳を握って二人の名前を言う。
 スクリーンを見ると、真剣な顔をしたりんちゃんの顔がドアップになっていた。
 思わず息を呑む。
 その表情が、まるで弓を射るときのような真剣なものだったからだ。
 俺が、好きになった顔。
 スクリーンに見惚れていたら、ひゅん、と、テントの前を、りんちゃんそのものが、走り抜けて行った。
「りっ、り、りんちゃ、」
 あっ、声が出ない!!
「がんばれえぇー……!!!」
 俺の喉のHPはゼロよ。
 さっきの部活対抗競技でりんちゃんの応援をしすぎたのと、その後の応援合戦でも声を出しすぎたのかもしれない。
 せっかくりんちゃんに声を届けるチャンスだったのに、カスカスだ。 
 りんちゃんの背中には届いたかな。
 その後に、藍川さん、黒岩先輩が続く。
「がんばれ、がんばれ……!!」
 出ない声を絞り出して、拳を握って応援した。
 ピストルの音が鳴り響いて、スクリーンでは、肩で息をするりんちゃんが一位でゴールする姿が映し出されていた。
「りんちゃん……!!!!」
 俺は思わず、走り出した。
 テントを抜けて、直接、労る言葉を掛けたい!! 声が出るかは、わかんねーけど!!






 一位が紅組のりんちゃんのチーム、二位が紅組の藍川さんと修二のチーム、三位が白組の黒岩先輩と金子のチームだった。
 その結果がアナウンスされて、競技終了の合図と共に、リレーの選手たちが退場門を通って退場する。
 俺は退場門まで走って、みんなの、主にりんちゃんのことを出迎えようとした。
「りんちゃん!!」
 声が出ない!!
 ちょっとは出てるが、いつもの俺の十分の一ぐらいの声量だ。
 退場門を抜けて歩き出したりんちゃんは、全速力で走ったんだろう、汗が滲んで、まだ息が荒い。他の選手たちもそうだ。
 りんちゃんは俺に気付いてくれて、立ち止まった。よかった!
「りんちゃん、一位おめでと!!」
 すっげーかっこよかった、キレイだった、超すごかった!! って続けたかったけど、俺の喉が言うことを聞かない。
 伝えたいことを伝えられないもどかしさを感じていると、りんちゃんが俺を見た。
 えっ。
 りんちゃんが、俺を、見た!?
「あのさ」
 まずその事実に驚いていると、りんちゃんが俺に話しかけてきた。
 えっ!!
 りんちゃんが、俺に、話しかけてきた!?!
 退場門の近くには、金子や、黒岩先輩、修二や、藍川さんもいる。双子たちもいる。もちろん、その他の生徒も。
 この後は閉会式で結果発表の時間で、それまでの少しの間の休憩時間になっている。
「おまえ、なんなの」
「へ?」
 りんちゃんが一歩俺に近付いてくる。
 こ、こんなに距離が近いの、初めてだ。どうしよう。
 どうも出来ないでいると、りんちゃんの瞳が、じっと俺を見据えてきた。
 ――ん!? り、りんちゃん、怒ってる!?
「り、んちゃん?」
「わけわかんねえんだよ、この前から、いやずっと」
「うえ」
「どうせ顔だけだろ、おまえの『好き』って」
「ちが、」
 俺は、りんちゃんの全部が、
「信用できるかよ、誰にでも尻尾振ってるヤツのこと」
 そう言い捨てて、りんちゃんは、俺に背を向けて歩き出した。
 頭の中が、真っ白になった。
 りんちゃんのあんな顔、初めて見た。
 りんちゃんのあんな声、初めて聞いた。
「大河、」
 修二の声が聞こえる。
「先輩」
 金子が心配してくれている。
「赤星」
 黒岩先輩が、声を掛けてくれた。
 藍川さんは何も言わずに、でも、この場に残っている。
 顔を上げて、みんなに、だいじょうぶって笑わないといけないのに。
 俺は誰にもなにも言えなくて、ぐっと奥歯を噛み締めた。