ツンデレ美少年に告白して振られたら急にモテ出した件について ※ただし、男に




 私立五ノ一学園には、伝説がある。
 五月一日午後五時一分、中庭で告白するとその二人は五十一年間幸せに結ばれると。
 今は廃れた伝説で、真に受ける生徒もおらず、笑い話の一端として語られるものだった。
 しかし、今年は違う。
 五月一日午後五時一分、五ノ一学園の中庭で、対峙する二つの影がある。
 一つは明るい髪の色をして白い学ランの制服を着崩した男のもの。
 もう一つの影は癖のない黒髪で、弓道着を着ている整った容姿をしている。
「何。まだ部活終わってないんだけど」
「好きです!!」
「は?」
「俺と!! 付き合ってください!!」
 迷惑そうに話を促された後、制服の男の大声が響く。
 放課後のこの時間、部活が終わる者も多く、中庭を通り過ぎる人も多かった。
 しかし人目を気にせず、男は片手を差し出して思い切り頭を下げる。
 弓道着を着た方は一瞬瞳を丸めた後、眉を寄せて顔を逸らした。
「無理」
「なんで!?」
「男だから」
「え!?」
「男同士とか無理だろ」
「ええ!?!」
「諦めろ」
「えええええ」
「うるせえ迷惑さっさと帰れ」
「そ、そんなあ……」
 赤星大河、十七歳。
 五月一日午後五時一分、中庭にて、難攻不落の美少年・白州燐に告白して見事振られるという新たな伝説を作り上げた。




◇◇◇


 告白したら、振られた。
 夕焼けを浴びながら去って行く後ろ姿は、背筋がしゃんとしていて歩き方も格好良い。
 弓道着もよく似合っていた。
 バッサリ断られて力が抜けて思わず中庭の床に手をついてしまったけれど、でも、後悔はしていない。
 ――一目惚れだった。
 高校に入ってすぐ、部活を決め兼ねていた俺は、部活体験会に参加した。
 どの部活を体験しても良い期間で、テニス、野球、バレー、サッカー、色々やってみた。
 中学時代は卓球部だったけど、女子からモテないから絶対やめようと思ったんだ。
 中学から一緒に進学した青木修二も、卓球部出身だが、あいつは高校デビューをした。
 いや、正確には、元々部活より熱心にやっていた楽器に重点をおきたいってことで、一人さっさと軽音部に入部している。
 俺はカスタネットすら満足に叩けないから、軽音部や吹奏楽部は選択肢の外の外だ。
 体験会の最終日、候補になかった弓道部に、なんとなく顔を出してみた。
 弓道とか剣道とか武道系も、中学の体育でお腹いっぱいで、着替えるのも面倒だし興味もなかったのだけれど。
 その見学が、俺の人生の転換期となる。

 ――トスッ。

 丸い的の中に、解き放たれた矢が真っ直ぐと突き刺さる。
 弓を構える前、癖のない黒髪を片方耳に掛ける仕草や、ツリ気味の瞳と長い睫毛、整った顔にまず目を奪われた。
 その姿勢の良さ、的を真っ直ぐ見据える横顔。
 そして狙った的に的確に矢を射る技術。
 射抜かれたのは、俺の心臓だった。
 思わず、隣にいた、体験担当の弓道部の先輩に尋ねる。
「だっ、だ、誰ですかあれ」
「知らないの、白州だよ。白州燐」
「りんちゃんかあぁ……」
 名前すらかわいいってどういうことだ。
 俺は女の子が好きだ。女の子全般がかわいいと思うし、出来ることならモテたい。
 でも、クールビューティー系の子は、特に目を惹かれた。
 多分、小さいときに大好きだった初恋の子が、黒髪で、キリッとした目許が印象的だったから、それに引っ張られている。
 そう。
 りんちゃんは、俺の理想の女の子だった。
 




 「派手にやられたなあ」
 しゃがみ込んでいる俺の上から、聞き慣れた声が降ってきて顔を上げる。
 肩までの黒髪をハーフアップのお団子にして、制服を着崩したツリ眉タレ目のイケメンが「よ」と手を挙げた。
 中学からの親友の修二だ。
「うっ、う、うぅ」
「おーおー可哀想に」
 修二もしゃがみこんで、俺と視線を合わせてくれる。
「かっ、顔がキレーだった……」
「そこかよ」
 泣き言よりも先にそんな感想を言うと、修二が呆れた目線を送ってきた。
 俺のことをバッサリ振るのもカッコイイし、弓道着はやっぱり似合うし、夕焼けに照らされた黒髪もとてもよかった。
 だから俺は、後悔はしていない。
 くしゃ、と髪を撫でられて、顔を上げる。
「おまえ、明日からすげえ有名人かもよ」
「え」
 修二が、くい、と親指で後ろを示す。
 目線を向けると、部活帰りの生徒たちの好奇の目が、俺に向けられていた。
「伝説の告白したんだってよ」「んで即振られたってマジ?」「かわいそー」「相手はあの鉄壁の白州だろ」「無理だろ無理」
 無責任な外野の言葉がざわざわとした雑音として俺の耳に入ってくる。
 修二の手が、肩をぽんと叩いてきた。
「だから言っただろ、やめといた方がいいんじゃねって」
 そう。
 修二は心配をしてくれていた。
 コイツはいいヤツなんだ。
 でも。
 それでも、俺は。
「が、ガマンできなかったんだ……」
 しゃがみこんだまま、膝を抱えてぽつりと言う。
 だって。
 一年の頃に一目惚れをして、弓道部に見学に行き過ぎたせいで出禁になった幻の美少女・りんちゃんと、二年になって同じクラスになれたんだ。
 しかもしかも、一発目の席替えで、なんと席が隣になってしまった。
 毎日りんちゃんの横顔を見ていたら、やっぱり好きだという気持ちが溢れてきてしまった。
 りんちゃんが実は男で普通に男子の制服を着ていたのは正直度肝を抜かれたが、そんなことは些細なことだった。
 この気持ちを伝えたいと思ったときに、この学校に伝わる伝説の話を耳にしてしまった。
 そしたらもう、乗っかるしかない。
 りんちゃんと五十一年間、なんならもっと、幸せに結ばれたい。
 部活に行くりんちゃんに、五時になったら中庭に来てほしいとお願いしたらなんと来てくれた!!
 それだけで幸せだし、まあ、振られても、キレーな顔が見られたから、やっぱり、告白してよかったんだ。
 





 「先輩、公開告白して振られたってマジです?」
 いやいやいや、噂が広まるの早すぎじゃね!?
 修二に慰めてもらった後、俺は慌ててバイト先のカフェへ向かった。
 結局部活は、活動が緩くて余裕があるサッカー部を選んで、空いている日は週に二日ほどバイトを入れることにしたんだ。
 高校からも駅からも近い、チェーン店のこの店は気に入っている。
 バックヤードで制服に着替えていると、この四月に早速入店してきた、同じ高校の一年生の金子望夢が、開口一番でぶっ込んできた。
「なっ、なんで知ってんの!? 今さっきの話なのに!」
「超噂になってますって」
「えー、なんでえ」
「だって今どき伝説とか実行する人いないでしょ」
 ウケてる。
 金子は、すらっとしていて、茶髪のマッシュが似合う甘ったるい顔をしている。
 悔しいが俺よりスタイルがよくて洒落ているから、カフェの制服もよく似合っていて、客の女の子からの人気も高い。悔しい。
「慰めてあげましょうか?」
「大丈夫ですうー」
「本当に?」
 首を傾げて顔を覗き込んでくる二重の垂れ目を見て、俺は眉を寄せた。
 ふいっと顔を逸らし、さっさと制服の上にエプロンを身に付けた。
「振られたから諦めるとかねーから!」
「え、なんですかそれ」
「だってまだ好きなんだからしょうがねえじゃん!?」
 そもそも、振られるのも想定内だ。
 ――正直、OKをもらえる可能性の方が想像できなかったのは内緒だ。
 りんちゃんは、教室の中でも、目を合わせてくれる日があるかないかぐらいだから。
 これぐらいのことで、俺のりんちゃん愛は減らないのである。
「赤星先輩」
 金子が、すごく憐れんだ目で俺を見てきた。
「ストーカーにはならないでくださいね」
「ならねえよ!」
 たぶんな!!
 大丈夫、弓道部には押しかけたけど、りんちゃんの家まではまだ知らない!






 SNS世代の情報網は侮れない……。
 バイトが終わって帰った後も、『振られたってマジ?』『どんまい!』と、同じクラスの友人とか、部活仲間とか、去年同じクラスだったヤツとかからのメッセージがどんどん届いて、俺は一貫して『うおおおお』と恐竜が燃えているスタンプを返した。
 バイトがある次の日は大体、部活の朝練がある。
 連休前だけれど、仕方がない。
 今日も部室に顔を出すと、昨日メッセージを送って来たチームメイトたちが一斉にいじってきた。
「伝説を真に受けんの大河ぐらいじゃね」
「それな、つーか相手が!」
「よりによって白州かよ」
 ぎゃははと笑うのはどういう了見だ。
「仕方ねーだろ、好きなんだから!」
「男もいけんのかよ、おまえ」
「たまたまりんちゃんが男だっただけだろ」
 着替えながら答えると、それまでふざけて俺をいじっていた連中が顔を見合わせる。
 それから、ぽん、と肩を叩かれた。三人から一斉に。
「うおっ」
「ま、がんばれよ」
「それなー」
「どんまいどんまい」
 そう言い残して、三人は先に部室を出て行った。
 残ったのは、俺と、三年の先輩だ。
「赤星」
「へい」
 不意に呼ばれて間の抜けた返事をすると、サッカー部自慢のゴールキーパー・黒岩先輩が俺を見ていた。
 先輩は身体がでかい。百八十五センチで体格も良く、口数は少ないが周りをよく見ていて、頼れる人だ。
「周りの言うこと、気にするなよ」
 ぽん、と大きな手を頭に置かれ、言葉少なにそう言ってくれるのに何度か瞬く。
 こういうところが、信頼できると思う。
「うす!」
 俺は大きく頷いた。
「よっしゃ先輩、がんばりましょ。今日は俺十点ぐらい決めちゃうかもな~」
「朝から試合はしない」
「えー、じゃあ1on1しましょーよ」
 腕をぐるぐる回してやる気をアピールしながら、俺と黒岩先輩も、部室を後にした。
 今日は、良い天気だ。





 部活が終わって教室に戻る道すがらも、「あ、伝説の人」「振られた人でしょ」「伝説って幻なんだなー」と、すれ違う人たちが噂話をしているのが耳に入ってきた。どんだけ話が出回ってるんだ。
「はよ」
「お、はよー!」
 昇降口で修二に会って、片手を挙げる。
 修二とは、二年になってクラスが離れてしまった。一年のときは同じだったのに。
 それでも隣のクラスだから、教室まで一緒に歩いて行く。
「噂すげーな」
「ほんとに俺も有名人かも、手とか振っちゃう?」
 また伝説の話が聞こえてきたので、にこっと笑って手を振ってやったら、修二が吹き出した。
「ミリも気にしてない大河もすげーよ」
「なんだっけ、人の噂も四十九日?」
「七十五日な」
「それそれ」
 どうせみんな、すぐ忘れることだ。いちいち気にしていたら勿体ない、と思ったけれど、はっと気付いて足を止める。
「ど、どうしよう修二」
「あ?」
「俺じゃなくてりんちゃんも有名人になってライバルが増えちゃったら……!」
 俺が注目されたということは、その相手になったりんちゃんも同じように注目されているということだ。
 ただでさえ美人でモテるりんちゃんが、更にモテてしまったら俺はどうすればいいんだ……。
 絶望していると、ぽん、と修二が肩を叩いてくる。
「大丈夫。白州は元からモテてる」
「そうだった!」
「難攻不落の美少年、ちょっとやそっとじゃ落ちねえだろ」
 そうだ。
 りんちゃんは男女問わずモテるんだ。
 あれだけ美人で、弓道が上手くて、勉強も出来て、育ちもいいんだから、当然だ。
 ということは、俺の生活は、今までと何も変わらない。
「よし。サンキュー修二! 俺がんばる!」
「は?」
「まずはりんちゃんから話しかけてもらえるようにならねーと!」
 ぐっと拳を握って修二に笑うと、修二は瞬いて、小さく息を吐いた。
 片手で俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でる。やめて、今からりんちゃんに会うのに!
「ま、がんばれよー」
「ん! またな!」
 頷いて手を挙げて、修二と別れる。
 乱された髪を直して、教室のドアで確認してから教室に入った。
「あ、伝説の赤星じゃん」
 そして目が合ったクラスメイトに開口一番そう言われる。もう慣れてきた。
「おー、はよ。伝説の赤星だよ」
「自分で言うなよウケる」
「りんちゃん! おはよ!!」
 ウケているクラスメイトはスルーして、窓際の一番後ろの自分の席に向かう。
 その隣が、りんちゃんだ。
 りんちゃんは既に席についていて、挨拶をする。
 りんちゃんはホームルームが始まるまではイヤホンで音楽を聴いている。
 ちらりとも視線をもらえないのも、もう慣れた。
 こうやって隣の席で、その横顔が合法的に見られるだけでご褒美です。
「伝説の赤星さ」
「枕詞にすんなよ」
「連休中合コンあんだけど来ねえ?」
 俺に話しかけてきたクラスメイトの林くんが、突然そんな誘いを向けてきた。
 合コン。
 女の子と男が同数になり、色んな話をして、最終的にはデートの約束なんかしちゃうやつだ。
「なんでえ?」
「だって振られたんだろ」
 ちら、と林は音楽を聞きながら教科書を読んでいる(授業が始まる前に教科書を開いているのがもうすごい、真面目でカッコイイ)りんちゃんを見て言った。
「赤星と話したいって子がいてさあ」
「えー、どうしよっかなー」
 俺にはりんちゃんがいるからなあ。
 女の子は好きだけど、りんちゃん以上に魅力的に感じられる子がいるかといえば、答えはノーだ。
 どう断ろうかな、と思っていたら、バン、と強い音が聞こえて目を丸める。
 発生源は、りんちゃんだ。
 開いていた教科書を強めに机に置いたらしい。
「人の席の前でうるさいんだけど」
「あ、悪い……」
「頭沸いてる話なら他所でやれよ」
 片方のイヤホンを外して、低い声でそう言うりんちゃんの言葉を聞いて、林はそそくさと自分の席に戻って行った。
 りんちゃんの声が、朝から聞けた!!
 俺は感激して、思わずぼうっとりんちゃんを見つめてしまった。
「――何」
 しかも、話しかけてくれた!!
 これは、大雨が降るんじゃないだろうか。
「りんちゃんの声が聞けてうれしくて」
「はあ?」
「ずっと聞きたかったんだけど、イヤホン何使ってんの? 真似していい?」
「教えねえし真似すんな、あとりんちゃんはやめろ」
「じゃあなんて呼べばいい?」
 そういえば、前もこの呼び方をやめろと言われた気がする。
 でも、りんちゃんはりんちゃんなんだよなあ。
 なんて呼ばれたいのかの答えを聞く前に、先生が入ってきてしまって、ホームルームが始まってしまった。残念。
 今度は絶対、使ってるイヤホンの種類を聞いて、お揃いにするんだ。