それ、ボケだと思っとった。

プロローグ

 照明は、真上から降ってくる。
 客席は暗くて、顔は見えない。何百人ぶんの気配だけが、熱みたいに舞台まで届く。
 センターマイクを挟んで、隣に相方が立っている。
「こいつね、俺が好きって言うても信じてくれへんのですよ」
「当たり前だわ。お前の日頃の行いを反省しろ」
 どっ、と笑いが起きる。
「ほな、今ここで言うたるわ」
「何」

「好きやで」

 軽い。いつもの、関西弁の軽さだった。
 俺は少しだけ笑って、返した。
「……知っとるわ」
 会場が、その日一番の音で沸いた。
 隣で相方が、わざとらしく天を仰ぐ。ボケが狙いどおりにウケたときの、いつもの仕草で。
 ボケとつっこみ。三分の漫才の、ただの一往復。客席の誰も、それを疑っていない。
 ――今のは、ボケか。本気か。
 客席のあんたらには、たぶん一生分からない。
 安心してほしい。俺も分からなかった。この男と出会ってから今日まで、ずっと分からなかった。
 去年の春、こいつは大阪から転校してきて、次の日には、人の前の席の椅子を勝手に占領していた。
 それからこいつの言うことを、俺は、全部ボケだと思っとった。
 これは、その話だ。