出張。私はそれをご馳走旅と読む。

 重くなった私たちの間の空気を変えようとするかのように、佐伯が慌てて口を開いた。
「まぁ、朝倉さんが言うように、俺は食えれば何でも良い派なんで、あまり食にはこだわんないっすけど。でも、新幹線のホームにある立食いのきしめん屋だけは一度行って見たいと思ってるんっすよ」
 佐伯がそう言って、ニカッと笑った。
 きしめんか……。
 確かに、名古屋駅に降り立つと、いつも食欲を唆るかつお出汁のいい匂いが漂っている。
 ただ、駅のホームにあるためか、これまで行きも帰りもスルーしてしまっていて、食べたことはなかった。
「あそこ、立食いだから回転は早いと思うんすけど、結局通過点なんすよ。匂いにつられて寄ろうか一瞬悩むんっすけど、結果寄らないみたいな」
 どうやら、佐伯も同じ理由であの店には行ったことがないらしい。
「あぁ、わかる……」
 思わず、佐伯の言葉に小さく相槌を打った。
 そうなのだ。あの匂いは、いつも“通過点の誘惑”。
 魅惑の匂いで私を誘ってくるけれど、名古屋の駅のホームに立つ時はいつも何かしら時間に制約がある。店舗の視察だったり、指定列車の時間だったり。
 けれど。
 帰りの新幹線の予約をしなければ……。自由席だと席の確保が大変かもしれないけれど……。でも……。
「……いいかも」
 私はぽつりと呟いた。
 佐伯が不思議そうに眉を上げる。
「何がっすか?」
「名古屋駅のきしめん屋さん。私も前から気になっていたんだよね。せっかく名古屋を通るなら、今回はちゃんと味わってみようかなって」
 言葉にしてみると、それは思っていた以上に胸が弾む計画のような気がした。
 何にも縛られず、じっくり“土地の味”を味わう。
 これぞひとりメシの醍醐味。
 私は、改めて佐伯に向き直る。
「素敵な情報をありがとう」
 出張の楽しみが一つ決まったことが嬉しくて、私は佐伯に微笑みかけた。
 それを見た佐伯が怪訝そうに眉を寄せる。
「……きしめん、そんなに楽しみなんすか?」
 明らかに理解できないと言いたげな声音だ。
「え? あ、うん。まぁ……」
 私は曖昧に笑ってごまかす。
 佐伯はしばらく私の顔を不思議そうに見ていたけれど、やがて「あぁ」と納得したような声を出した。
「もしかして、朝倉さんって……大食いなんすか?」
「は?」
 思わず変な声が出てしまった。
「いや、きしめんでそんなテンション上がる人、初めて見たんで。それに、さっきから名物のこといろいろ聞いてましたし……もしかして“爆食系女子”ってやつっすか?」