出張。私はそれをご馳走旅と読む。

 定位置に食券を置くと、あっという間に注文の品が出てきた。
「お待たせしました」
 差し出された丼から湯気が立ち上る。
 幅広の平たい麺。透き通った出汁。その上には刻みネギとかつお節。
 まずは出汁をひと口。つゆを口に含んだ瞬間、濃いめの旨味に身体の力がふっと抜けた。
 麺を啜る。うどんとは違うつるりとした食感で、喉越しが良い。
 思わず息が漏れた。
 特別豪華な料理ではない。
 台湾ラーメンのような強烈な個性もない。
 けれど不思議と落ち着く。一宮モーニングと同じ、この土地の日常を感じさせる味。
 最後の一口を飲み干す。
 優しい温かさでお腹も心もしっかりと満たされている。
「ごちそうさまでした」
 手を合わせて小さな店舗を出た。
 入口には、途切れることのない待ち客の列。
 ここは、ただの通過点なんかではない。行く人も来る人も、この土地の柔らかな味にそっと触れて、心ほどけていく。そんな場所だった。
 私は優しい出汁の余韻を胸に、新幹線へ乗り込んだ。
 空席を見つけて腰を下ろすと、見計らったようにスマートフォンが震えた。
 佐伯からだ。
 『きしめん食いました?』
 まるで近くで見ていたかのようなタイミングに、思わず吹き出す。 
 あの後輩は、実は心配性なのだろうか。
 『さっき、例の店で食べたよ』
 短く返すと、すぐに返事が来た。
 『どうでした?』
 『美味しかったよ』
 もっと気の利いた言葉が送れたら良いのだけど、あいにく私には大した語彙力はない。
 簡潔な答えのまま送信ボタンを押したところで、新幹線が静かに滑り出した。
 私はシートに深く背を預け、大きく息を吐く。
「終わっちゃった……」
 たった一泊二日の出張。なのに、とても名残惜しい。
 窓の外を流れていく景色を眺めながら、私は今回の出張を振り返った。
 一宮モーニング。スガキヤ。味仙。そして駅のホームのきしめん。
 どれも美味しかった。けれど記憶に残っているのは味だけではない。
 タクシー運転手のおしゃべり。喫茶店で聞こえてきた笑い声。地元スタッフたちが嬉しそうに語る思い出話。その土地で暮らしている人たちの日常。
 そういう何気ない風景が味と一緒に思い出される。
 出張のとき、私は一人で食べるのが好きだ。
 でもそれは一人が好きということではない。
 一人だからこそ、土地の空気や人の暮らしにしっかりと触れられる。
 きっと私は、その土地の日常を味わうことが好きなのだ。
 流れ行く景色を見ながら、私はもう次の出張に思いを馳せる。
 次はどんな味に出会えるだろう。