出張。私はそれをご馳走旅と読む。

「朝倉さん。この経費申請って、来週の名古屋出張のやつ?」
 部長にそう言われた瞬間、胸の奥が少しだけ弾む。
 出張は仕事だけど、私にとっては小さなご褒美なのだ。
「そうです。正確には、一宮市の新店舗応援です」
 私は慌てて部長の席へ駆け寄る。
「そうだったね。新店舗は気が張って大変だと思うけど、がんばって」
 仕事の話をしているはずなのに、私の心は既に旅気分。ワクワクが止まらない。
 土地の空気、駅のざわめき、そして名物の匂い。
 出張は大変さよりも、土地の味が記憶に残る。
 そして、ひとりメシなら尚良い。
 誰の意見に左右されることもなく、自分だけの感性で料理を楽しむことができるから。
 そんなご褒美旅、もとい、出張は私の密かな楽しみである。
「はい、ありがとうございます。それで、日程的には日帰りも可能なんですが」
 言い淀む私にチラリと視線を向けてから、部長は手元の申請書へ目を落とした。
「あぁ。いつもの形ね」
「はい。別店の様子も見てこようと思うので、一泊にしようかと。大丈夫でしょうか? 申請的に難しければ自腹でも……。申請書、書き直します?」
 出張の時にはいつも交わされる、私と部長のお決まりのやりとり。
「ダメダメ。いつも言っているでしょ。店舗視察も立派な仕事。ちゃんと経費で落としていいから」
 部長は呆れ顔を見せながら、手でバッテンマークを作った。
 ちょっとだけホッとする。
 毎度のことながら、ほとんど私用だと思えてしまうので、経費扱いにするのが少しだけ心苦しい。
 それでも、やはりせっかくのチャンスは活かしたい。
 今回も部長の許可が下りたので、これで心置きなく出張を満喫することが出来る。
 こっそり嬉しくなりながら自席へ戻ると、隣席の佐伯が作業の手を止めて声をかけてきた。
「朝倉さん、出張っすか?」
「そう。新店舗のフェアを手伝うことになってるの」
「うぇ〜。販売促進部って、そんなこともするんすね」
 佐伯は、まだこの部署に異動してきて間もない後輩だ。
 顔をしかめて明らかに面倒くさそうな態度を見せる。
「佐伯くんが前にいた営業部でも店舗回りはあったでしょ? それと大して変わらないよ」
「営業は決められたエリアだけ回ればいいっすから。出張って、実はほとんどなかったんっすよ」
「へぇそうなんだ。他部署のことって案外知らないものね。この販売促進部は、今回みたいに新店舗立ち上げ時の応援だったり、各店舗で行われるフェアの手伝いなんかで全国へ行くことになるよ」