手ほどきのお時間

 男子校のクリスマスは、騒がしい。今年は特にそうだ。
「合コンじゃねぇし、いいだろ?」
「嫌だっつってんだろ」
 放課後、例によって藤沢に肩を組まれていた俺は、強引にそれを解く。
 これから春山女子と開催するという、クリスマスパーティーに誘われた。もともと断っていたのに、どうしてもと押しかけられたのだ。
「ただ歌って騒ぐだけだって。な?」
「嫌だ」
「好きな子がいるったって、どうせクリぼっちだろー」
「そうだそうだー」
 藤沢に続いて、周りのやつらも応戦してくる。
 つーか、合コンと何が違うんだよ。独り身だけが集められてる時点で、下心しか見えない。
 大体、俺には統真が——。
「……あ」
 昨夜の出来事を思い出して、動きが止まる。ファーストキスの感触が蘇って、顔が信じられないくらい熱くなる。
「理央?」
「どーしたー。急に放心して」
 あれって、結局どういうことになったんだっけ。俺の気持ちは信じてもらえて、キスを、されて……。
「あぁぁぁ……」
 わっかんねぇ。
 耐え切れずにしゃがみこむと、サッカー部のやつらは「ついにおかしくなった」と呆れ返る。
 だけどすぐ、背中を擦る体温にも気がついた。
「お前ら、マジでしつこい」
 そばで響く声に、体がピクリと反応する。顔を上げなくても、誰のものか分かった。
「うわ、まーた木崎だよ」
「お前らこそ、いい加減に懲りたら?」
 うん、統真だ。ぜったい統真。
 俺はこっそり隣を見上げる。それは昨日、俺のファーストキスを奪った男の、頼もしい横顔。
「こいつ、クリぼっちじゃないみたいだし」
 統真のその一言で、周りは一斉に声をあげた。
「え!? マジか!?」
「おいおい、抜け駆けかよー」
「嘘だろ、誰だよ! 春山!?」
​ 群がる野獣たちを制止して、統真は「立てるか?」と俺の腕を引き上げる。そして、吐き捨てるように言った。
​「——お前らには言わねぇよ」

​ 呆気にとられる藤沢たちを置き去りにして、統真は俺の手を引く。放心している間に、見覚えのある場所に連れ込まれて、目を瞬いた。
​ ここは、恋愛指南を頼み込んだときの、旧校舎の教室だ。
「と、統真……」
​ 重たい木製の扉をくぐって、統真は振り返る。
「油断も隙もねぇな、あいつら」
 諦め半分に息を吐き出した統真は、ゆっくり距離を詰めてくる。俺は一歩、後ずさった。
「なに逃げてんの」
「……いや、これは……」
「嫌んなった?」
「え?」
「キスして、やっぱ勘違いだって思った?」
 意地悪そうに細められる瞳。俺はぶんぶんと頭を振った。
「そんなわけ、ねぇじゃん」
 勘違いなら、あんなにドキドキするわけない。今だって、昨日の熱を思い出すだけで苦しいのに。
「でも、」
 そう継ぐと、統真は静かに屈んで、俺と目を合わせてくれる。それだけで、胸がきゅうんと鳴く。
「統真の、気持ちが知りたい」
「うん?」
「なんで……キス、したの……?」
 顔を火照らせながら訊くと、統真は途端に口を覆って、目を逸らす。それから「なるほどね……」とひとりでに頷いて、盛大に息を吐いた。
「理央には、ストレートじゃなきゃ伝わんないってことか」
「なに? それ」
「俺も、お前に関しては初心者だってこと」
 首をかしげると、統真の手がすっと伸びてきた。
 後ろ首を手のひらで包み込まれ、逃げ場を失う。そのまま引き寄せられるようにして、統真の胸元に額をこつんと預けた。
「——好きだよ。俺も」
 響いた言葉に、思い切り顔を上げる。すると統真は耳の縁を真っ赤にして、またそっぽを向いた。
「キスで、伝わると思ったんだけど」
「ほ、ほんと? マジ?」
「お前が疑うのかよ」
「だって……あ、じゃあ俺のアピールが効いたのか……?」
「ふっ……いや。たぶんその前から、とっくに惚れてたわ」
 真剣に巡らせる俺を、統真は笑う。もう吹っ切れたのか、『惚れてた』なんてさらにストレートに告げられて、俺にも熱が伝染した。
「なっ……じゃあ、なんで『勘違い』とか言ったんだよ!」
 好きだったのなら、告白したときに同じ気持ちを返してくれればよかったのに。恋愛強者の考えることは、よくわからない。
「確信が欲しかった」
「確信?」
 統真は、俺の頭を優しく撫でる。
「お前が俺を、恋愛として好きだって、確信」
 また同じ目線に降りてきた瞳が、ぽかんとした俺の表情を映しだす。
 ——怖かったのは、俺だけじゃなかったのか。
「っ、バカ統真!」
 その体に飛びつけば、「うぉっ」と声が耳を掠める。勢い余ってぐらついたけど、統真の腕はしっかりと俺の腰を支えてくれた。
「だから、危ねぇって」
「ごめん。大好き」
 ぎゅうっと力を込めて言えば、統真は呆れたように笑った。
「もう知ってる」
「統真は?」
「はあ? さっき言っただろ」
「何度でも聞きてぇの!」
「ハイハイ、好きですよ」
「……わかった。お前照れてんだな」
「なっ……初心者のくせに」
 ぐっ、と制服を引っ張られて、体を剥がされる。
 触れ合った鼻先で、統真はにやりと口角を持ち上げた。何かを企んでいる表情だ。
「恋愛は、ここで終わりじゃねぇぞ」
「わ……わかってるっつーの」
「大丈夫かなー、キスひとつであんなになってた理央クン」
 初めてのキスで、色っぽく塞いでくるのが悪い。
 その反論を押し込めながら、俺はそっと睨みあげた。
「……大丈夫だよ」
「ふーん。ほんと?」
「だって、ぜんぶ統真が教えてくれんだろ」
​ そう言い放つと、統真は一瞬目を丸くして、それから指先を俺の耳元に滑らせる。
 統真と同じ位置に埋め込まれたそれが、プレゼントしたピアスと色違いだって。いつか気づいてもらえるだろうか。
「喜んで」
 いや。もう、気づかれてるかも。
 満足げに目を細めた統真の左耳で、俺とお揃いのピアスが、静かに揺れていた。

END