手ほどきのお時間

 クリスマスなんて、別になんとも思ってなかったのに。
 統真への気持ちを自覚してから、街のイルミネーションがちょっと憎い。あれを恋人同士で見られるなんて、奇跡でしかない。
「ハァ……」
 辺りがすっかり色めくなか、白い息がさみしく、夕空に溶けていく。

 あれからの俺は、ちょっとズルをした。
『人はたくさん会う人を好きになる』
 そう教わったあと、俺はあの古着屋に行くことを口実に、統真を連れだした。
『たまに、目線を合わせて話す』
 なら、見本でやってみてよ。そう言って、統真の顔が降りてくるのを待っていた。
『同じものを使ってみるとか』
 そう言うから、統真と同じ位置にピアスを開けてみた。うちのサッカー部はそういうところ、緩くてよかったと思う。
 おかげで、愛莉沙さんとは顔見知り以上になってしまったけど、仲の良い店員と客の関係をうまく続けていた。

 それはきっと今日も同じだ、と思ったのだけど。
「休業日か……」
「おー、残念」
 古着屋の前に垂れ下がった『CLOSED』のプレートに肩を落とす。
 今日はここで、統真へのクリスマスプレゼントを選ぶつもりだった。恋愛レッスンのお礼に、とかなんとか。口実はいくらでも浮かぶ。
 そうまでして渡したくなるものなのだ、と。俺は初めて知った。
「どーする?」
 隣から聞こえる声は、少しだけ籠っている。今日も付き添いに来てくれた統真は、珍しくマフラーを巻いていた。
「統真……このあと、用事は?」
「特にねぇけど」
 こっそり、心のなかでガッツポーズをする。
「じゃあ、ちょっと俺に付き合って」

 統真を連れて向かったのは、雑居ビルのなかにあるゲームセンターだった。
 足を踏み入れた瞬間、ガチャガチャと響く電子音に包まれる。統真は感心したように言った。
「すげ、新しいゲーム増えてんじゃん」
「久々に来ると、テンション上がんねぇ?」
「理央、こういうとこ好きそうだもんなー」
 周りがうるさいせいか、いつもより近い距離で話されて、鼓動が逸る。統真の髪が耳に擦れて、ゴクリと喉を鳴らした。
 ダメだ……こんなんじゃ、すぐにバレる。
「せ、せっかくだし遊ばねぇ?」
「いいけど、なんか目的があんじゃねぇの?」
「それは後でいいからっ」
 傍にいたら、きっとボロがでる。分かっているのに、一緒にいたい。もっと、いろんな顔を知りたい。
 自分のなかの矛盾に戸惑いながら、統真の背中をぐいぐい押して進んでいく。突き当たりで立ち止まると、統真は苦笑まじりに振り返った。
「なに、これやりたいの?」
 前に佇んでいるのは、いかにもホラーな雰囲気の体験型アトラクション。ゾンビのイラストがやけにリアルで、「ひぃっ」と声を上げた。
「怖がりだと思ってたのに。意外~」
「え、いや俺は……っ」
「最新っぽいし、やろうぜ。一緒に」
 むりむりむり。絶対むりだって。つーか、お前の顔が近くて耐えられなくて、たまたまここに連れて来ちゃっただけで!
 そんな弁明を吐き出せるわけもなく、俺は統真と一緒に死闘をすることになった。
「おー、グラフィックめちゃくちゃ綺麗だな」
 つーか統真、気付いててわざと連れ込んだろ。
「な?」
 と向けられた表情は、にやりと微笑んでいる。絶対そうだ。
「うわああっ」
「おい理央、リロード!」
「む、むりむり、むりだって」
「乱射すんなバカっ……あ、おい、なに目つぶってんだよ!」
「統真ぁ、たすけて統真ぁ」
「ダメ、お前もう噛まれた」
 半ばパニックに陥った俺は、即ゾンビ化。手で顔を覆いながら、隣の勇姿を見届けた。
「……さすがに一人じゃ無理だわ」
 GAME OVERの文字に、統真は背を凭れる。だけど俺に向けられた表情は、爽快感に溢れていた。
「次、なにやる?」
「え?」
「本当はこれじゃねぇんだろ? やりたいの」
 やっぱり、分かってたんじゃねぇか。
「……いじわる」
 いじけたように言うと、頭をぐしゃっと撫でられる。
 怖いのは嫌なのに、本当はちょっと楽しかった、なんて。いまさら言えるはずもなく、俺は口を窄めた。

 そのあとは、お互いの希望を言い合いながら、他のゲームを回った。
 レースゲームで統真にコテンパンに負かされたり、サッカーのシューティングゲームでは圧勝したり。こんなに楽しくていいのかってくらい、遊び倒した。
「クソー、やっぱサッカー部強ぇー」
「ふふん、統真クンもいい線いってましたよ」
「調子乗んなっ」
 言い返してきた統真が、ふいに肩をぶつけてくる。グラリとよろめく俺を見て、統真は笑った。
 大人っぽいところもあるけど、やっぱガキだ。
「なあ、統真」
「うん?」
「最後にさ、これやっていい?」
 とあるUFOキャッチャーの前で立ち止まると、統真はガラスのなかを神妙に見つめた。
「おー。いいけど、もしかしてこれが目当てだった?」
 クレーンの下に置かれているのは、垂れ耳うさぎのぬいぐるみたち。
「うん、そーそー」
 まあ、本当は、今日じゃなくても良かったんだけど。統真と一緒にいたくて、思いついた口実だ。
 それがバレないように、ガラスケースのなかだけをじっと見つめる。
 狙うのは、このシリーズでも一番人気の『ユッキー』だ。特徴は白色で、しょんぼりとした瞳が特に愛らしいこと。
「垂れ耳シリーズねえ」
「いいじゃんっ、推しなんだよ!」
「お前ほんと、流行りモンとか好きなんだな」
「頼む、ユッキー! 俺のとこに来てくれーっ」
 統真のガヤを聞き流しながら、レバーを握る。アームが動いて一瞬ユッキーを持ち上げたが、一度目は失敗に終わった。
「あ、惜しい」
「そう簡単にはいかねぇよなぁ……」
「今月も金欠決定だな~」
「うるせぇ」
 隣でふふっと笑う統真を睨んで、コインを追加する。
 ユッキーをゲットできたのは、それから数回挑んだ後のこと。統真へのプレゼント代もギリギリ残して、金欠は免れた。
「よっしゃーっ! マジで嬉しい!」
「よかったじゃん」
 取り出し口から白いウサギを拾い上げる。手のひらサイズのふかふかした感触が、やけに愛おしい。
 足元から細い声が聞こえたのは、そのときだった。
「あ……ユッキー……さいごの、」
 視線を落とすと、五、六歳くらいの小さな女の子が立っていた。
 ガラスのなかに、もうユッキーはいない。俺が獲ったので、最後だったようだ。
「もしかして、欲しかった?」
 女の子の目線に合わせてしゃがみ込むと、彼女は遠慮がちに頷く。
「……ユッキー……」
 潤んだ瞳に、垂れさがった眉。ユッキーと同じ表情をしている女の子に、胸が痛んだ。
「お姉ちゃん。ユッキーのこと、大事にできる?」
「え……」
 俺の問いかけに一番に反応したのは、統真だった。
 見上げると、呆気にとられたように目を瞬いている。金欠ギリギリになるまで没頭しといて何やってんだよ、って顔だ。
「ね、どうかな? 『ぼくのこと大事にできる?』」
 ユッキーを前に出してアフレコをすると、女の子は頬を緩めた。
「おにいちゃん、あんまり似てないよ」
「えっ」
「ふはっ」
 容赦ない指摘に、統真が後ろで吹き出している。
 ……声真似なんて初めてやったし。仕方ないだろ。
「ほんとに、いいの?」
「うん。いいよ」
 ユッキーを手渡すと、彼女は小さな手で大事そうに包み込む。その姿に、俺の頰も緩んだ。
 それから女の子のお母さんがやってきて、何度も頭を下げられてしまった。お金、お支払いします!とも言われたけれど、丁重にお断りした。
「おにいちゃん、ありがと~!」
 女の子を見送りながら、手を振り返す。
「お人好しだねぇ」
 隣で手を振っている統真は、「金くらいもらったら良かったのに」と呆れたように笑った。
「いーの。俺は遊びたかっただけだし」
「ふーん?」
「……どうせお人好しですよ」
 あのまま女の子を放っておくほうが、気分が悪かった。それだけだ。
「いいんじゃねぇの」
「え?」
「理央のそーゆーとこ、知れてよかった」
 統真はそう言って、俺の顔をしばらく見ていた。それから、ふっと優しく目を細める。
「……なに?」
「別に」
 いつもの、からかうような笑みとは違う。胸の奥が、妙にざわつく。
 統真は何事もなかったみたいに、さっきのUFOキャッチャーへコインを投入した。放心状態だった俺は、再び動き出すアームを見てようやく我に返る。
 そんな風に笑うなんて、統真はずるい。
「統真、おまえなにして……」
 ゴトン。
 アームに捕まれた垂れ耳うさぎが、取り出し口に落ちていく。その一部始終はあっという間で、息を呑んだ。
「あのユッキーよりはブサイクだけど」
 ほい、と差し出されて、意味も分からないままそれを受け取る。ふわふわした感触が、手のひらに吸い付くみたいだ。
「これ……」
「おにいちゃん、大事にできる?」
「――っ」
 頭を撫でながら言われて、沸騰しそうなくらい体が熱くなる。俺のセリフをなぞった統真は、愉しそうに喉を鳴らした。
「俺からの、クリスマスプレゼント」
 手のなかを見つめると、ぬいぐるみの垂れた瞳と目が合う。その瞬間、なにかに貫かれたような甘い痛みが、胸の奥を走った。


 外に出ると、冷気が頬を刺す。吐いた息が真っ白に広がって、街の明かりに溶けていく。
「マジで、クリスマスだな」
 辺りは、ゲーセンに入る前よりもずっとくっきり、イルミネーションが浮き上がっていた。
「まだ一週間前だけどな」
「じゃあ、統真はあわてんぼうのサンタクロースだな」
 さっきもらったばかりのプレゼントは、まだ両手のなかに収めたまま。手のひらだけが、ずっと温かい。
 垂れた瞳のマスコットが、愛おしくて仕方なかった。
「俺にも来るかなー、サンタ」
「いい子にしてれば来んじゃね?」
「できれば、お人好しのサンタがいいんすけど」
「え、」
 顔を上げると、マフラーに口元を埋めた統真と目が合う。時間が止まったみたいに、周りの空気がゆっくりと流れだす。
「ダメ?」
 覗き込まれて、立ち止まる。
「統真に、プレゼントして……いいの?」
 好きな人に、初めてプレゼントをもらって。好きな人からも、欲しいと言われて。
 今日が、俺の人生のなかで一番幸せかもしれない。
「……うれしい」
「理央?」
 慣れたと思っていたはずなのに、名前を呼ぶ声が、とたんに体を熱くする。
「あげる。ぜったい、統真が喜ぶもの」
 何がいいかな。何だったら喜んでもらえるだろう。統真の笑顔を浮かべるだけで、堪らない。
 俺はぎゅうっとマスコットを抱き締めた。
「楽しみにしてろよ」
 満面の笑みを浮かべて、歩き始める。
 だけど、いつまで経っても隣にやってこない統真を振り返って、俺は足を止めた。なにかを考え込むように、俯いている。
「どうした?」
 傍まで走っていっても、統真は答えなかった。
 しばらくして、静かに口を開く。
「俺の勘違いだったら、ごめん」
「なんだよ?」
「お前さ。本当に愛莉沙さんのこと、気になってる?」
 ずっと心地よかった空気が、心臓を凍らせる。頭のなかが真っ白になって、背筋を冷たい汗が伝った。
「や……悪ぃ。変なこと訊いた。忘れて」
 凍った俺の横を通りすぎて、統真は歩き始める。その袖口に、気づけば手が伸びていた。
「うそだよ」
「え?」
「おれ——統真のこと、好きになっちゃった」
 絞り出した声が、寒さで震える。
 統真の肩が、ほんのわずかに揺れる。
「……勘違い、だろ」
 表情はわからない。いつもよりもずっと弱くて、絞り出したような声だけが鼓膜を揺らす。
「お前は、ちゃんと恋愛を知らないから。勘違い、してるだけだ」
 かん、ちがい……?
 冷たいも、熱いも、なにも感じられない。
 鋭いナイフで胸の奥が抉られるような、得体の知れない痛みだけが体を支配していた。
「……じゃ。また学校でな」
 統真が去っていったあと、眩いイルミネーションが点滅を始める。ギャラリーが、わぁっと盛り上がった。
「んだよ、それ……っ」
 置き去りにされて、ようやく声があふれ出す。どれだけ名前を呼んでも、雑踏に吸い込まれた統真の背中は、二度と振り返らなかった。