負けヒーローの俺でも勝ちヒーローになれますか

―――泣いてしまった。
あの後、ゆうに感情移入してしまった俺はそのままスマホを開いて、アニメの世界に浸ってしまった。
そうしてアニメ鑑賞をしていたら、いつのまにか画面に釘付けになりながらぽろぽろと涙を零す自分の姿がはっきりとスマホの端末に映し出されてさ。慌てて、我にかえったというわけだ。
朝からこんな失態をおかしてしまうとは。泣いたせいでメイクが崩れちゃったな。化粧直しのために早く家に帰りたいという矛盾。家に帰ったらメイクを直す必要なんてないのに。
髪だばパパッとトイレで直したあと、俺は負けヒーロー部の活動のために部室へと向かった。
どうして朝じゃなくて、放課後に髪を直したのか。それは今朝まで話が遡る。
アニメ鑑賞後。急いで家を出た俺は遅刻ギリギリでなんとかチャイムの前に教室についた。ホッと胸を撫で下ろしながら席に座ろうとしたら、昨日まで俺の写真を持ってニヤニヤしていたクラスメイトの男が俺の席の前に立っていたのだ。まだなにかあるのかと警戒していると、そいつは急にぺこぺこと頭を下げ始めた。「昨日はほんとすんませんした! もうしないっすから!」と。
突然のことに俺がなにも言えずにいると、後ろの席から優一が、「加害者は謝るだけでいいから楽だよね」と嫌味を放つ。優一の言葉に萎縮したそいつは、そそくさと自分の席に戻っていった。
それから休み時間になるたびに、そいつは俺の後ろをついてきた。俺がトイレに行こうとすれば、「ハンカチどうぞ!」なんて言ってきたり。挙句の果てには、個室トイレの扉の外から、「トイレットペーパーありますかー! なくても大丈夫っす! 予備がここにあるんで安心してください!」と声を張り上げたり。とにかくしつこかった。
もしかして、昨日優一が言っていた、「明日は俺に任せて」というのはこのことだったのだろうか。
なにがなんだかわからないけど、優一のおかげならお礼を言った方がいいのかな。
今朝のことを思い出しているうちに部室の前についた俺は、扉をノックしてから中へ足を踏み入れる。
「あ、真尋じゃん! おいでおいでー」
「お疲れ様、真尋。好きに過ごしていいから」
長谷川先輩と姫宮先輩が俺の姿を確認すると、目線をちらりとこちらに向けつつ、各々好きなことに集中していた。
姫宮先輩はスマホの端末から筋肉系VTuberの動画を流して、床で筋トレをしている。長谷川先輩は、たくさんのイケメンが紹介されている動画を真剣に見ていた。多分、動画の紹介の仕方的に乙女ゲームの動画だろう。
俺は二次元の推しぬいを集めるのが好きで、アニメは見るものの乙女ゲームはプレイしたことがない。それでも最低限オタクをやっていることもあり、乙女ゲームの紹介動画くらいは見たことがある。
長谷川先輩は、乙女ゲームオタクだったのか。これまた意外だな。
姫宮先輩はVTuberオタク。長谷川先輩は乙女ゲームオタク。
そして優一は―――
「ねぇ、真尋。やりたいキャラがいてね。真尋の意見が聞きたいんだ。久しぶりにコスプレしたくて」
そう、優一はコスプレオタクだ。
最後に優一とコスプレしたのはいつだったか。
幼なじみで、学校も一緒で、会おうと思えばいつでも会えたのに。なんだか気恥しかったんだよな、あの頃って。クラスで仲良しグループが出来ると、お互い違う友達と遊ぶようになったんだっけ。
だから、優一とのコスプレは実質俺にとって初めてみたいなものだ。
「コスプレってなんのキャラ?」
そう聞くと、優一はスマホ画面を見せてくれた。
端末にうつっているのは…………ネコ型配膳ロボット。ファミレスとかでよく見かけるやつ。ご飯とか運んでくれて、語尾に「にゃー」ってつく喋る猫のロボット。
「……………え? この子のコスプレするの?」
「そうだよ。この猫のコスしてるレイヤーさん、珍しいだろうし。楽しそうだろ?」
「………そもそも、その子に性別あるの?」
「さあ、どうだろう」
いい加減だな………性別もわからないで、どうコスプレするつもりなんだろうか。
「声的にはっ女の子、じゃないかな!」
筋トレしながら俺たちの会話を聞いていたのだろう。姫宮先輩は、筋トレを続けながら声を張り上げた。
「おとこの娘って可能性もあるだろ」
長谷川先輩がスマホ画面から目を離さずに素っ気なく答える。指は端末の上。たまに画面をスワイプしている。もしかしたら、ストーリーを読んでいるのかもしれない。乙女ゲームといえば、ゲーム機でプレイすることが多いんだろうけど、スマホでプレイできるものも増えているみたいだし。さっきの紹介動画を見て、気になってプレイをしているところだろうか。
「駿ってば、ほんと好きだよねーそういうの。男か女かはっきりしないキャラのなにがいいの?」
「お前、今の発言でオタクの半分を敵にまわしたぞ」
「否定なんてしてないじゃん、良さが理解できないだけ」
「ほぼ同じ意味だからな。それに、お前だって可愛いおとこの娘、好きだろ。この前だって―――」
「あのキャラはおとこの娘じゃなくて美少年!! ぜんっっぜん違うから!」
また始まった。入部したばかりだというのに、もうこの二人の喧嘩にも慣れたものだ。
「そうだ、真尋。スマホ出して。連絡先、交換しよう。オタ活するなら、なにかと連絡取れた方が便利だし」
そういえばそうだ。優一とは今まで連絡先を交換していなかった。小さい頃はスマホがなくても近所の公園で待ち合わせしてたけど、高校生になったらそうもいかないしな。
優一の言う通り、連絡先を交換した方が便利だろう。それに優一とは幼なじみだ。仲が悪いわけでもないから特に断る理由もない。俺は、「いいよー」と二つ返事で了承。
その場で優一と連絡先を交換した俺は、適当に猫のスタンプを送った。可愛らしい笑顔を浮かべて、「よろしくにゃー」と書いてある。無難なやつが一番いいだろ。
優一は俺のスタンプに対して、スタンプ返しをすることもなく既読をつけてスマホをズボンのポケットにしまった。
こいつ、既読スルーをするタイプだったか。スタンプくらい返せばか。
まぁいい。優一と連絡先も交換できたことだし、コスプレの予定を立てよう。これは特大チャンスだ。
コスプレオタクのあいつに、俺が完璧なコスプレをすれば「きゅん」ってなるだろ、絶対。それで早く写真を返してもらおう。
待ってろよ、優一! 俺の写真を何に使うか知らないけど、お前の好きにはさせないからな!!
◇◇◇
「どうぞ、真尋」
「お、お邪魔します……………」
あれから二週間。今日は優一の家に来ている。
そう、コスプレをするためだ。
優一と連絡先を交換した俺はさっそく、「いつコスプレする? 場所は? 休日がいいよね?  土曜とか?」と、メールで予定を聞いた。優一にメールを送っていたときは、コスプレの日程を決めるのに必死で何も考えていなかったが、読み返してみるとハテナが多くて、めっちゃ問い詰めてるみたいになっている。
そんな俺のメールにも優一は戸惑うことなく、「いいよ、土曜日にしよう。俺の家にする? コスの道具を揃えるから少し時間をもらえるかな。明日には日にちを送るから」と、スマートに連絡を返してきた。
優一とメールをしていると、こいつがモテるのは顔だけじゃないんだとわかる。悔しいけど。
確かに既読無視はするけど、その分既読をつけるのが早い。俺からの返信にも雑談を交えることなく、こちらが欲しい情報をすぐに返してくれる。
これがモテないやつだと、「当日の服装はどうする?」とか、「お昼はどこで食べる?」とか、そんなどうでもいいことを聞いてくる。
お昼をどこで食べるかはたしかに大事だけど、今聞きたいのはそれじゃないんだよな。でも相手は親切で聞いてくれてるわけだし、お店調べたりとかして、結局会う日を全然決められないなんてことがよくあるのだ。だけど、優一はすぐに空いている日を教えてくれたし、お店も何個か候補を探してくれた。それも、どれも優一の家から近いおしゃれなカフェ。行く時間帯によって、どのお店のサービスを受けられるかなんてのも丁寧に説明してくれた。
例えば、ランチタイムだけをやっているお店とか夕食時だけ安くなるキャンペーンがあるお店とか。
お店によってもサービスが違う。他にも人気のカフェだと、お昼時に行列になるから予約必須だとか。俺が気になっているメニューは人気だから品切れになりやすいらしく、行くなら早めのほうがいいなど。
優一とは幼なじみではあるけど、俺はまだまだあいつのこと知らないんだな。幼なじみだから何でも知っているっていう常識は捨てた方がいいのかもしれない。
昔から優一と一緒にいるから何でも知っているなんて、ちょっと傲慢な考えだったかな。
優一といると、もっとあいつのことを知りたいだなんて………そんな気持ちにさせてくる。ずるいやつ。
…………いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!
どうにか優一をきゅんってさせてやる。惚れさせるって、あれだろ。なんか、きゅんってなればいいんだろ。
―――きゅんってなんだ。えと、えと。
やばい、恋愛経験がないからさっぱりわからない。
俺は元々陰の人間だったんだ。外見を陽キャっぽくしたら、急に街で声をかけられるようになっただけ。根本的なモテ方なんて知らない。中学の時に女の子の友達は何人かいたけど、今思えば完全に女子会だったんだよな。「元がいいんだから、絶対化ける」って言ってくれたんだ。メイクのアドバイスをしてくれたり、髪型とかも、「ちょっと長い方が似合うよ」なんて言ってくれたり。でも当時、陰キャだった俺はメイクとか自分には無縁だと思っていた。だから、いろいろアドバイスをしてもらっても素直に受け入れることができなくて。
そうしてぐずぐずしているうちに中学を卒業してしまい、焦って何とか高校までにこの外見を完成させたわけだ。
だから、惚れさせるってなんなのかいまいちピンとこない。どうやるんだ。
(なんか悲しくなってきたな………)
―――今日は、優一を惚れさせるためにきたんだ。こんな弱気な態度じゃダメだよな。…………よし。
気を取り直した俺は、優一に案内されるがままリビングに足を踏み入れた。
リビングの床は、白の大理石。その上に高級そうなふかふかな絨毯が敷かれてある。そのままそこに座っても体が痛くならなそうだ。ソファーもあるけど、コスプレするなら汚さないよう、ソファーは使わない方がいいかもしれない。
「それにしても………本当にあの猫のコスプレするの?」
「もちろん。可愛らしい子だから、コスするのが楽しみだよ」
優一の自宅に両親はいない。仕事が忙しいため、家を空けることが多いのだ。
「性別は決めた?」
「両方試してみたい。今日は男でいこうかな」
「じゃあ、俺が女の子やるね」
今日のためにスカートを持ってきておいてよかった。コスプレに慣れてくると、女の子の服を着るのにも抵抗がなくなる。
女性レイヤーさんが男性のコスプレをしたり、そのまた逆も当然ある。だから、女の子のコスプレをすることに嫌って気持ちはない。むしろ少しワクワクするかも。
(絶対優一を惚れさせるんだ。やってやるんだからな……!)




ダメだ。全く惚れてくれない。そういう素振りすらない。
あれから数時間くらい経った頃だろうか。もう、お昼時だ。
「カラコン入れたし、服もおーけー。真尋、できた?」
「ん、もうちょい。………できた」
普段スクールメイクでコンタクトを入れているおかげかスムーズにカラコンをつけることに成功した。
優一は青系の、発色の良いコスプレ用のカラコン。俺はちょっと薄い水色のカラコンを装着している。
服は白のシャツに黒のベスト。これまた同じ、黒のスラックス。グレーのエプロンに黒い帽子。
そう、服は制服を使った。学生のコスプレは、とにかくお金の節約が大事。節約できるところは節約しないと無限にお金がなくなってしまうからだ。
服のイメージは、ファミレスの従業員。ウィッグは何色がいいか迷ったから、黒にした。ウィッグを買う前は、カラコンと同じ水色にしようか悩んだけど、ファミレスの従業員が水色のウィッグをしているのもおかしいと思い、最終的に黒を選んだ。優一は金髪のウィッグ。コスプレは自由度がある方が楽しいとのこと。金髪の従業員なんていないけど、優一が満足しているならそれでいいのかもしれない。
「………惚れた?」
「なにに?」
「俺!!」
「あーうん。可愛いけど、カラコンはもっと発色がいいのがあるよ。ウィッグもセットが雑だから、もっと丁寧に。あとは―――」
「なんで惚れないんだよ」
「コスの完成度が低いから」
優一はきょとんとしていた。まるで、「何を言っているんだ」とでもいうかのように。
「せっかくコスしたんだし、このままお昼ご飯食べたいよね。外で食べる予定だったけど、どうする?」
「たしかにそれもそうだよな。勿体ないし」
俺たちはコスしたまま、リビングで食事をすることになった。優一の家がデカイからか冷蔵庫もそれなりに幅があって、食材が大量にあったから食べるものには困らなかった。
ご飯を食べているとき、優一の金髪が視界にちらついて集中できない。
いつもと髪色が違うから気になってるだけだ。きっとそうだ。


それから夕方まで、俺はことあるごとに優一を誘惑した。押し倒したり、壁ドンしたり。アニメで見た知識をたっぷりと使った。それなのに優一は顔色一つ変えない。
「惚れた?」
「かわいいね」
「………惚れたかって聞いてんの」
「かわいい」
「うざい」
「あ、拗ねた」
「拗ねてない」
やっぱり優一は恋愛経験が豊富だから、こんなんじゃダメってことか。また作戦を練らないと。
その後、優一は家まで送ってくれた。一人で帰れると言ったけど、夜道が危ないからと一歩も引かなかった。気にしなくていいのに。
優一に送ってもらったあと、なぜかあいつの姿を思い出して中々寝付けなかった。
(これじゃあ、まるで俺があいつを意識してるみたいじゃん…………)