負けヒーロー部。負けヒーローの俺でも勝ちヒーローになれますか

◇◇◇
「俺が真尋を負けヒーロー部に誘った理由、わかる?」
「なんだよ、急に」
ファミレスを出て、数十分経ったくらいだろうか。俺たちは、人の少ない公園のブランコに乗っていた。ただ歩くだけよりも、遊具で遊んだ方がお腹の中のご飯を消費できるということだろう。鉄の錆びが手にくっつくなんともいえない感覚に襲われながらも、勢いをつけてブランコを漕いでいた。
ブランコを漕ぎ続けながら、優一に届くように声を少し張り上げる。すると優一が、ひょいっと自分のブランコから飛び降りたかと思うと俺が乗っていたブランコの取っ手部分を片手で掴んだ。
「ちょっ、危ないって!」
俺の静止する声も聞かずに、優一は錆のところを掴んだ。そのまま、あろうことか膝の間に両足を滑り込ませる。子供がよくやる、立ち漕ぎというやつだ。
「俺さ、あの男嫌いなんだよね。真尋の気持ちに気づいてたのに、無視して別の男と付き合った。そのおかげで、真尋を負けヒーロー部に誘えたけど」
あの男―――
一年のときに気になってた人で、春の桜よりも短く散っていた恋。あのときの俺は、彼と付き合えると思っていた。だって手を繋いだんだ。ただの手繋ぎじゃない、指先を絡める恋人繋ぎ。大学は同じところにしようね、なんて確定もしていない未来を語り合った。俺たちの距離は明らかに友達の一線を超えていた。恋人になるのも時間の問題。そんな呑気なことを考えていたらそいつは呆気なく彼氏を作って、俺と関わらなくなった。もう一年も前の話だ。正直、そいつに彼氏ができたとき、悲しいとか寂しいって気持ちより単純にムカついた。今までのはなんだったんだよ。友達以上、恋人未満の関係性を維持されてた。要はキープされたってことだ。もしくはただの遊び。本命になれなかった、負けヒーロー。
……………ん? 負けヒーロー?
「もしかして、俺が負けヒーローだから?」
「そうだよ。負けヒーロー部は、負けヒーローしか入れない。本命と結ばれた勝ちヒーローが、ボランティア部に入るわけないだろうし」
「すごい偏見………」
「事実でしょ?」
俺ちはブランコを漕ぎ続けた。
優一が俺を負けヒーロー部に誘った理由がわかったし、もう得体の知れないものではない。それに、先輩たちと過ごした時間は、居心地も悪くなかった。なにより、先輩たち――姫宮先輩はオタクを隠していなかった。グッズを買うのって、友達といたら遠慮しそうなのに。長谷川先輩も呆れていたけど、姫宮先輩の行動を止めていなかった。


先輩たちも優一も、誰かの好きを否定しない。


だからこんなにも居心地がよかったのか。
「―――優一、俺………負けヒーロー部に入るよ」
「もう入ってるんだよ」
…………そうだった、さっき入部届けを出したんだった。勇気を出して優一の目を見つめて自分の気持ちを口にしたが、あっけなく正論を返されてしまった。
「今の真尋の顔、好きだよ」
「えっ――」
俺が驚くと同時に、優一が立ったままの状態で大きくブランコを漕いだ。心臓がギュンッと縮んで、重心が自然と前へ傾く。満月をを背景に、お互いの顔が近づいた。
唇が触れ合う――のもつかの間、ブランコは前から後ろへと急激に下がった。スピードがついた分だけ、勢いが増している。錆びた鉄の部分を無意識に強く握った。冷たさが血管にまで浸透しそうだった。
ブランコには背もたれがない。だから手を離したら終わりだ。今は片手でしか掴めていない。―――もう片方の手は優一と繋いでいるから。
「優一! 手っ、手、離して!」
片手だけじゃ、バランスをとるのが難しい。だけど優一は離す気はないのか、逆に力をぎゆっとこめてきた。
やばい、後ろから落ちる―――
俺は目を瞑って、背中からの衝撃に耐えようと唇を結んだ。
だが、いつまでたっても痛みはなく背中は無事だった。その代わり、ポスッと腰のあたりに何かが当たった。
「真尋、怪我はない?」
後ろを振り返らなくてもなんとなくわかった。優一の足だ。
立ち漕ぎの体勢で、片足を俺の腰に固定して落ちないようにしてくれていたのか。すごい体幹だな………
優一は漕ぐのをやめた。少しずつ、少しずつ速度がゆっくりになっていく。古いブランコなのか、速度がおちるたびにキィィィッッキィィィッッと、不快な音が静かな公園に響いた。やがて、音が小さくなりブランコが止まった。優一がブランコから軽やかに降りる。
「あ、ありがとう、ゆう―――」
優一にお礼を言おうと口を開く。だが、ポケットからスマホの振動が伝わってきたため、言葉が途中で途切れてしまった。スマホの震えは一回で止まることはなく、二回、三回と続いた。ポケットからスマホを取り出すと、「いまどこにいるのー?」「ご飯は? いるの? いらないの?」と母から連絡がきていた。三件………いや、四件か。優一とブランコを漕いでいたらいつのまにか時間が経っていたみたいで、あたりはすっかりと暗くなっていた。優一に母からの連絡だと伝えると、家まで送ると言ってくれた。優一とは幼なじみだけど、だからといって家が隣同士なわけではない。俺の家は大通りから少し離れた、どこにでもある一軒家。一方で、優一はその大通りの中でも大きく目立つマンションの最上階に住んでいる。だから申し訳ないと断ろうとするが、優一の自宅には誰もいない―――つまり、両親の帰りが遅いため、俺を送ってから帰るのでも大丈夫だというのだ。そういう問題じゃないきもするが、せっかく家まで送ると言ってくれた優一の好意に甘えることにした。
◇◇◇
「わざわざごめん、家まで送ってくれて」
「いいよ、真尋を一人で帰すわけにもいかないから。―――明日は、俺に任せて」
宣言通り家の前まで送ってくれた優一とは、道中に他愛もない話をした。またご飯行こうねとか、オタ活しようねとか、そういう話。久しぶりに会話を交わしたにしては穏やかに素のままで話せた。もっと緊張すると思っていたのに。優一の作る空気が心地いいからだろうか。
だからこそ、「明日は俺に任せて」という言葉に疑問を抱かずにはいられなかった。
背を向けて去っていく優一の後ろ姿をボーと眺めながら、明日への不安を少しだけ胸に抱くのだった。



翌朝、俺は母さんが昨日作ってくれたハンバーグの残りを食べている。先輩たちや優一とファミレスでご飯を食べてきたと言えば、母さんがちょっとだけ寂しそうに眉を寄せるので朝に食べるからと昨晩冷蔵庫に入れておいたのだ。偶然、昨日も今朝もハンバーグだったが、どちらも美味しく完食した。ファミレスのハンバーグと家族の作るハンバーグは、同じハンバーグでも全く別の味なのだ。
朝ごはんを食べ終えたあとは、ささっとメイクをしていてく。スクールメイクというやつだ。なるべく校則の範囲で、先生に怒られないようにするのが鉄則だ。といっても、うちは男子校だからメイクへの校則はほぼ―――いや、全くないわ。だからといって、つけまをつけたりリップを塗れば普通にバレるし怒られる。チークもアウト。一見バレないと思うだろうが、チークはメイクの中でもダントツでバレる。特に中学の女友達からはチークの色までバレバレ。オレンジとか赤とかわかりやすいものならともかく、「今日は薄ピンクだ! 昨日のピンクよりもちょっと優しい色だね!」とか言ってくるからもはや怖い。まぁ、うちのゴリラ教師共はそういうのに疎いから多少は盛ってもいいかもしれない。カラコンなら、男にはバレにくい。スクールメイク用の自然なカラコンはもっと判別不可能だろう。よし、カラコン入れちゃお。
(俺ってば、今日も可愛い)
そうしてスクールメイクが完成したら、お気に入りのぬいと写真を撮る。
この子は"ゆう"
最近深夜帯で放送されている、恋愛アニメの当て馬男子だ。クラス一のモテ男で、男女問わず人気。性格も非の打ち所がなく、昔から主人公を一途に想っていた。それなのに、高校から主人公と知り合ったよくわからない男と結ばれてしまったせいで、報われなかったという典型的な負けヒーロー。 それも、主人公と結ばれた男は女の子を取っかえ引っ変えするクズ男。主人公に優しくしたかと思えば、他の女の子といるところを目撃した主人公が泣いてしまって、それをゆうが慰める。
俺含め、読者みんなが、「その男はやめておけ!! ゆうにしろ!」と何度思ったか。ゆうが報われなかった理由は色々と言われているが、その中でも目立っていたのが「幼なじみ」って単語。
(なんだよ、それ。 幼なじみは負けヒーロー確定なんて、誰が決めたんだ!)
幼なじみが報われない。そんな誰が決めたかわからないルールにもムカついているが………一番ムカつくのは、善人が報われないことだ。なんで頑張ってるやつが報われないのか。ゆうはこんなにもいいやつなのに。誰よりも主人公を想って、守ってきたのは幼なじみのゆうなのに。どうして気づかないんだよ。