◇◇◇
こうして俺は優一に連れられて、お店を出た。帰りはタクシーだった。いつの間に呼んでいたのか。俺たちがお店を出た頃には、もう外で待機していた。
高級店で食事をすることも、タクシーを使うことだって中々ない体験だった。
車内では、優一は窓の外を眺めていた。静かに、真剣な表情で。
違和感に気づいたのは、もう少しあとのこと。
最初はきらきらと眩しいほどに光っている高層ビルがたくさん並んでいたのだが。それもぽつぽつと無くなり、やがて何も見えなくなった。
それに、レストランから家までこんな遠かったっけ。
………………一体、どこに連れてかれているんだろう。
不安なのか期待なのか。胸が高鳴るのは気のせいだろうか。
暗い車内で、隣にいる優一の姿すらぼやけて見える。優一は今どんな顔をしているのか。なにを考えているのか。気になってしょうがない。
ふと、指先がなにかに当たる。それが優一の手だと気づくのに時間はかからなかった。お互い顔は見ないくせに、指先だけ絡めたまま。
どれくらいの時間が流れたか。だんだんと車のスピードが落ちていく。
運転手らしきスーツをカッチリと着こなした男の人が車から降りた。そしてゆっくりと後部座席の扉を開けた。
男が「お時間をいただき申し訳ございません、坊ちゃん」と口にしたことで、この人は優一のお付きの人なのだと察する。
車から降りた俺たちを男は追わなかった。
そして優一に連れられて歩くこと数分。目の前には景色の良い大きな展望台が静かに佇んでいた。
それは暗くても展望台だと認識できるほど立派で、柵の下には広大な海が広がっている。
波の音が心地いい。海の近くだからかそんなに暑くはなく、夜ということもあって涼しいくらいだった。
「真尋、いきなりごめん」
優一が背を向けたまま、ぽつりと小さくつぶやく。
いつもの優一らしくなかった。もしかして緊張しているのだろうか。もし、そうだとしたら少し嬉しい。俺も同じ気持ちだから。その緊張が同じ種類のものなのかはわからないが。
「どうしても真尋に言いたいことがある。今じゃないとダメなんだ。今じゃないと……………」
「優一………………」
あまりにも真剣な優一の声に、これはただごとじゃないとすぐに理解できた。
聞こう。優一が覚悟を決めたのなら、俺も受け止める。
「わかった。なんでも聞くよ。俺にできることならなんでも」
「ありがとう。真尋ならそう言ってくれるってわかってた」
そして優一は、ゆっくりとこちらを振り向いたかとおもうとそのまま床に膝まずいた。その手には、プラチナの高級そうな箱。
「好きだよ、真尋。俺と付き合ってください」
箱の中には―――小さく光輝く指輪があった。
「朝に店から受け取った新しい指輪。どうか受け取ってほしい」
朝から。それって、今朝用事を思い出したと言って部屋を出て行ったときのこと?
指輪を準備していたから?
誰のために?
―――俺?
「ちなみに、返事は「はい」か「はい」ね」
優一はニヤリと笑ってから立ち上がった。そして、ゆっくりと距離を詰めてくる。それから俺の手をとって、指輪を右手の薬指につけた。静かに、丁寧に。
「ちゅ」と軽く、口付けをされた。指輪の上から。
「返事は?」
こんなの―――こんなのずるい。だって、ここまでのことされたら嫌でも意識してしまう。
もうとっくに「意識している」段階を、過ぎているのかもしれない。
気づいていないだけで、認めたくないだけで。
いつの間にか俺は優一のことを好きになっていた。
だから返事は―――
「はい。こちらこそよろしくお願いします。…………俺でよければ」
「―――負けた」
優一は胸ポケットから写真を取り出した。それはずっと俺が処分したかった写真。中学の頃の黒歴史。
「真尋に惚れたから、俺の負け」
誰にも見られたくなかった、見せたくなかった。
前までの俺なら、きっとそう思っていた。でも今は違う。
この写真は大切な思い出だから。
優一が過去の俺も今の俺も全部受け入れてくれたからそう思えた。
「もういいんだよ、その写真。返さなくてもいい。優一の好きにしていい」
「…………本当に?」
「うん、ほんと」
「処分してもいいのに。この写真なら、百枚は印刷したから」
「え? 百枚!? や、やっぱり処分して!」
「なんで? 返さなくてもいいって言ったのは真尋でしょ? 記念すべき百一枚目だね」
「おめでとうございます、坊ちゃん」
いつからそこにいたのか。運転手の男が、パチパチとこちらに向かって拍手をした。
「お前、本当に空気読めないね」
優一が、運転手の男を睨む。
だが、男は慣れた様子で丁寧に口を隠して笑うだけだった。
「帰りは真尋と一緒に帰るから」
「いけません、坊ちゃん。旦那様に怒られてしまいます」
男は先程と同じく、後部座席の扉を開けた。
「夏休みの間は、ずっと真尋を独り占めするから」
優一がくしゃりと笑って、俺の手を掴む。
「真尋とやりたいことがたくさんあるんだ。コスプレも旅行もしたい。先輩たちに、やっと真尋と付き合ったって報告もしたい。だから、これからも俺の隣にいてね」
俺は今日という日を絶対忘れない。
優一が初めて俺の内面を見てくれた。過去も今も全部受け入れてくれた。
幸せで泣きそうだ。
負けヒーローの俺が勝ちヒーローになれた。
それは俺だけの力じゃない。
背中を押してくれる先輩の存在があって、俺のことを好きになってくれた幼なじみの存在があった。
だから今の俺がいるんだ。
誰だって負けヒーローから勝ちヒーローになれる。
たとえそれが今じゃなくても、きっと未来で素敵な出会いが待っているはずだから。
こうして俺は優一に連れられて、お店を出た。帰りはタクシーだった。いつの間に呼んでいたのか。俺たちがお店を出た頃には、もう外で待機していた。
高級店で食事をすることも、タクシーを使うことだって中々ない体験だった。
車内では、優一は窓の外を眺めていた。静かに、真剣な表情で。
違和感に気づいたのは、もう少しあとのこと。
最初はきらきらと眩しいほどに光っている高層ビルがたくさん並んでいたのだが。それもぽつぽつと無くなり、やがて何も見えなくなった。
それに、レストランから家までこんな遠かったっけ。
………………一体、どこに連れてかれているんだろう。
不安なのか期待なのか。胸が高鳴るのは気のせいだろうか。
暗い車内で、隣にいる優一の姿すらぼやけて見える。優一は今どんな顔をしているのか。なにを考えているのか。気になってしょうがない。
ふと、指先がなにかに当たる。それが優一の手だと気づくのに時間はかからなかった。お互い顔は見ないくせに、指先だけ絡めたまま。
どれくらいの時間が流れたか。だんだんと車のスピードが落ちていく。
運転手らしきスーツをカッチリと着こなした男の人が車から降りた。そしてゆっくりと後部座席の扉を開けた。
男が「お時間をいただき申し訳ございません、坊ちゃん」と口にしたことで、この人は優一のお付きの人なのだと察する。
車から降りた俺たちを男は追わなかった。
そして優一に連れられて歩くこと数分。目の前には景色の良い大きな展望台が静かに佇んでいた。
それは暗くても展望台だと認識できるほど立派で、柵の下には広大な海が広がっている。
波の音が心地いい。海の近くだからかそんなに暑くはなく、夜ということもあって涼しいくらいだった。
「真尋、いきなりごめん」
優一が背を向けたまま、ぽつりと小さくつぶやく。
いつもの優一らしくなかった。もしかして緊張しているのだろうか。もし、そうだとしたら少し嬉しい。俺も同じ気持ちだから。その緊張が同じ種類のものなのかはわからないが。
「どうしても真尋に言いたいことがある。今じゃないとダメなんだ。今じゃないと……………」
「優一………………」
あまりにも真剣な優一の声に、これはただごとじゃないとすぐに理解できた。
聞こう。優一が覚悟を決めたのなら、俺も受け止める。
「わかった。なんでも聞くよ。俺にできることならなんでも」
「ありがとう。真尋ならそう言ってくれるってわかってた」
そして優一は、ゆっくりとこちらを振り向いたかとおもうとそのまま床に膝まずいた。その手には、プラチナの高級そうな箱。
「好きだよ、真尋。俺と付き合ってください」
箱の中には―――小さく光輝く指輪があった。
「朝に店から受け取った新しい指輪。どうか受け取ってほしい」
朝から。それって、今朝用事を思い出したと言って部屋を出て行ったときのこと?
指輪を準備していたから?
誰のために?
―――俺?
「ちなみに、返事は「はい」か「はい」ね」
優一はニヤリと笑ってから立ち上がった。そして、ゆっくりと距離を詰めてくる。それから俺の手をとって、指輪を右手の薬指につけた。静かに、丁寧に。
「ちゅ」と軽く、口付けをされた。指輪の上から。
「返事は?」
こんなの―――こんなのずるい。だって、ここまでのことされたら嫌でも意識してしまう。
もうとっくに「意識している」段階を、過ぎているのかもしれない。
気づいていないだけで、認めたくないだけで。
いつの間にか俺は優一のことを好きになっていた。
だから返事は―――
「はい。こちらこそよろしくお願いします。…………俺でよければ」
「―――負けた」
優一は胸ポケットから写真を取り出した。それはずっと俺が処分したかった写真。中学の頃の黒歴史。
「真尋に惚れたから、俺の負け」
誰にも見られたくなかった、見せたくなかった。
前までの俺なら、きっとそう思っていた。でも今は違う。
この写真は大切な思い出だから。
優一が過去の俺も今の俺も全部受け入れてくれたからそう思えた。
「もういいんだよ、その写真。返さなくてもいい。優一の好きにしていい」
「…………本当に?」
「うん、ほんと」
「処分してもいいのに。この写真なら、百枚は印刷したから」
「え? 百枚!? や、やっぱり処分して!」
「なんで? 返さなくてもいいって言ったのは真尋でしょ? 記念すべき百一枚目だね」
「おめでとうございます、坊ちゃん」
いつからそこにいたのか。運転手の男が、パチパチとこちらに向かって拍手をした。
「お前、本当に空気読めないね」
優一が、運転手の男を睨む。
だが、男は慣れた様子で丁寧に口を隠して笑うだけだった。
「帰りは真尋と一緒に帰るから」
「いけません、坊ちゃん。旦那様に怒られてしまいます」
男は先程と同じく、後部座席の扉を開けた。
「夏休みの間は、ずっと真尋を独り占めするから」
優一がくしゃりと笑って、俺の手を掴む。
「真尋とやりたいことがたくさんあるんだ。コスプレも旅行もしたい。先輩たちに、やっと真尋と付き合ったって報告もしたい。だから、これからも俺の隣にいてね」
俺は今日という日を絶対忘れない。
優一が初めて俺の内面を見てくれた。過去も今も全部受け入れてくれた。
幸せで泣きそうだ。
負けヒーローの俺が勝ちヒーローになれた。
それは俺だけの力じゃない。
背中を押してくれる先輩の存在があって、俺のことを好きになってくれた幼なじみの存在があった。
だから今の俺がいるんだ。
誰だって負けヒーローから勝ちヒーローになれる。
たとえそれが今じゃなくても、きっと未来で素敵な出会いが待っているはずだから。
